神様の仕事

「どうしてこうなった」


目の前のジジイは消え、俺の体には明らかに異質な力が入っているのがわかる。


「神様」


椅子でうなだれる俺の手を膝を付いたサチナリアが両手で取り、こちらを見つめてくる。


うん、美人の上目遣いはいいな。ジジイとは大違いだ。


ちょっと顔が近いぞ。どきどきするからもう少し離れてほしい。


「神様?あぁそうか、俺神になったのか」


「そうです。こちらの勝手でこのような形になってしまい、大変恐縮ですがよろしくお願いします。私も全力でサポートしますので」


握った手をぎゅっとしてくる。


くそう、女性に免疫があまり無い俺には効果がありすぎる。


「はぁ・・・わかったよ。やるだけの事はやってみるわ」


「ありがとうございます。私が見込んだ方です、きっと上手くいきます」


仕方ないという雰囲気で答えたにも関わらずぱっと表情が明るくなるのがわかる。


そうか、そういえば提案したのはこいつだったっけ。


あーあ、ホントめんどくさいが致し方ないか。美女の頼みだしな。


「で、何すりゃいいんだ?」


神とやらになったとしてもはっきり言って何すればいいのかさっぱりわからん。


体の中に何か力があるけど使い方もわからんから片っ端から聞くことにする。


「まずですね、神様」


「待った」


「?」


「俺の事を神様と呼ぶんじゃない」


なったばかりで神様呼びとかむず痒くてたまらん。


「では何と?」


「爺さんも言ってただろう。ソウイチロウでいい。あとこの世界じゃお前の方が先輩なんだから呼び捨てでいい。敬語もいらない。基本上下関係は対等で考えてくれ」


「・・・わかりました。ですが敬語と名前呼びはできません」


一瞬驚いたような表情を見せたが直ぐにきりっとした顔に戻り答える。


「なんで?」


「神の真名をおいそれと簡単に口にできないのです。あと敬語ではなく私は元々この口調です」


関係をイーブンにしたせいか同じ口調なのに遠慮を感じなくなったのは気のせいだろうか。


「じゃああだ名とか略称ならいいのか?」


「そうですね、それなら大丈夫です」


「じゃあソウで。ついでにお前もサチと呼ぶわ」


「わかりましたソウ。不本意ですがサチとお呼びください」


不本意とかいうなよ。しれっと毒が出てきた辺りこれがこいつの地か。


「よし、じゃあ改めて何をすればいいか教えてくれ」


「わかりました。ではこちらへ」


席を立ちサチに付いてく。


サチからはほんのりいい香りがしてきて神様も悪くないなと思えてきた。ちょろいな俺。




「そちらに座ってください」


サチにいわれ何も無い空間に一つだけある椅子に座る。


「んー・・・よし、これで」


俺の横でサチが空間に向かって念じるとヴォンと機械音と共に大きな画面が前に表示される。


そして前の世界の映像作品の司令室のような近未来的な装置が次々周囲に現れる。


「おおう、なんだこりゃ」


「貴方の能力レベルに合わせて作業しやすいようにしました。普通なら念じるだけで色々出来るのですが、恐らく無理でしょうから」


おのれ、間違ってないだけ何も言い返せない。


大体念じるだけで出来るのか普通。


そういえばあのジジイの周りには何もなかったな。


「今画面に映ってるのは地上の祭壇です」


画面には苔むした石段が見える。


「は?え?祭壇?階段の間違いじゃなくて?」


「祭壇です。信仰が無くなって人が訪れなくなってしまってこんな風になっていますが」


こんな風にって結構時間が経たないとこんなびっしりとは苔生えないと思うんだが。


「当面の目的は人々からの信仰を取り戻すことでしょうか」


「取り戻すってお前、どうすりゃいいんだよ」


「そこは貴方が考えてください。神は貴方ですから」


丸投げかよ。


「じゃあとりあえず現状をもう少し詳しく教えてくれ」


そう言うとサチは画面をあれこれ操作して現状を教えてくれる。


正直言って酷い有様だった。


まず信者は各地の町にもならない集落に点在するのみ。


更にその集落でも熱心な信者はいるかいないか程度。


魔族の支配下じゃ邪教とか言われ、魔族の支配下以外でも良い顔はされないので信者であっても黙ってるらしい。


「このまま消えたほうがいいんじゃねぇのかコレ」


「そ、そういわず何とかしてください、お願いします」


呆れた俺にサチが振り向いて懇願してくる。


くそぅ、一見平静として強気そうなのに少しつつくとすぐ涙目になるのはずるい。


「じゃあ一番熱心な信者の居る所を映してくれ」


「わかりました。・・・ここですね」


地図が拡大したり縮小したりする。


前の世界の航空写真の地図みたいで馴染みがある。これが俺レベルってことか。


「大陸の端の森の中じゃないか」


「そうですね。あ、この者が最も熱心な信者になります」


「子供じゃないか・・・」


「女児ですね。五歳ぐらいでしょうか」


苔むした祭壇に小さい花を供えてくれている。


「・・・いい子だな」


なんだか心が温かくなる。


「はい、とても良い娘ですね、ぐすっ」


お前ガチ泣きかよ。思ったより精神的に追い詰められてるのかもしれない。


「じゃあまずこの子から始めるか」


「はい、では早速勇者への準備を・・・」


「待て待て待て待て」


俺の言葉を聞いて早速画面のパネルを操作しようとするサチを止める。


「え?この娘を勇者に仕立て上げるのではないのですか?」


頭の作りはあのジジイと同じかこいつは。


「違う。そんな事はしない」


俺はサチに娘の身辺情報を出させる。


「この娘の母親が病気のようですね。このままでは数年以内に死に至ると思います」


「やっぱりか」


先ほど娘が祭壇に向かって母親の回復を祈っていた。


「それならまず、この母親の病気が数年で治るようにしてくれ」


「は?今すぐではなくですか?」


「そうだ、下向きなのを上向きにするだけでいい。あと誰にも気付かれないように寝てる間とかにこっそりやるんだ」


「は、はぁ・・・わかりました」


サチがパネルを操作すると画面の中の動きが加速する。


「おぉ、なんだ?スピードアップしたぞ」


「はい、神ともなれば時間の加速、減速、停止などが可能です。ただしあったことを見返すことは出来ますが、時間を巻き戻して事象を変えることはできません」


なるほど、映像装置のように過去の閲覧は可能でリアルタイムで進んでる時間も操作可能か。ただ、起きた事は戻せないのか。


そうだよな、戻せたらあのジジイがこんな状態まで酷くしないはずだしな。


つまり求められることは一発でアタリを引かなくてはいけないクジ引きのような事なんだな。そう考えると結構きついぞ神の仕事。


そんな事を考えてるうちに画面は夜になり通常速度に戻っていた。


「ではこの母親の病気を回復方向に変化させます」


「うん、よろしく」


「では目の前の承認ボタンを押してください」


目の前の空間に画面パネルが現れ、真ん中に承認と文字が書かれたボタンらしきものが映し出される。


いや、前の世界のタッチパネルみたいでわかりやすくていいんだけどさ、なんだろうこの負けた気分。まぁいいか、承認っと。


承認を押すと母親の体がぼんやりと光り、直ぐに元に戻る。


「これで母親の病気は回復方向に向かうと思います」


「うん、よかったよかった」


「本当にこれでいいのですか?もっと手っ取り早い手段もあると思うのですが」


サチの言う事はもっともではある。


「あー、サチ。一段落したからここで今後の方針を話すわ」


「はい」


俺の考えてる方針。


そもそも前の爺さんが失敗した原因は行動の短絡さにあると考えている。


確かに勇者等の強い者を仕立て上げ、直近の問題を解決するというのは可能だろう。


だが、人の心というのは移り気しやすいものだと思ってるので根気良く地道にやっていこうと考えてる。


俺には一発でくじ引きのアタリを引くようなことは出来そうにないからリスクを最小限に抑えていくしかない。


地道な作業だが続けていけばきっと実を結ぶだろう。今の新生魔族が神の信仰をここまで減らしたように。


「なるほど・・・」


一通り聞いたサチは何か思案するような顔で考える。


「どうだ?やっぱり厳しいかな」


「いえ、そんな事は。ただそのような考えに今まで至りませんでした」


「ま、俺は元は異世界人だしな」


「そういえばそうでしたね。とりあえず今日の作業はここまでにしましょう」


一瞬微笑んだように見えたサチは、手早く周りの映像を消していく。


「は?終わり?え?どういうこと?」


急な状況変化に付いていけない。


「気付けばもう三時間も働いてしまいました。今日は頑張りすぎたので後は休息時間になります」


サチがわけのわからんことを言い出す。


「サチ、待て、状況がわからん。説明してくれ、頼む」


静止するように手を前に突き出して止めたが、既に最初の椅子だけの空間に戻っていた。

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