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そんな私が、6年ぶりに帰省しようかと思い立ったのは、この春、遂に北海道新幹線が開業したからである。北海道新幹線の函館への誘致活動は、私が子供だった頃から行われており、函館市民の悲願ではあったが、どこか「そうは言ってもまぁ無理でしょ」という諦めムードも漂っていた。「今更新幹線でもないっしょ。東京行くんなら飛行機ですぐだし」みたいな感じの。
私自身、子供心に、新幹線が北海道に来ることは絶対ないのではないかと考えていた。だって何十年も「北海道に整備新幹線を」と言い続けているのに、全く動きがなかったから。
そう思っていたのに、新幹線は北海道まで来ることとなった。まずは函館までの延伸が決まり、函館と函館市民が湧き立っていることはネットニュースなどを見ればわかった。
私の心も躍った。というのは、私は電車の旅が大好きで、かつ、「墜ちたら死ぬから」というシンプルかつ身も蓋もない理由で飛行機が苦手だからだ。上京してからというもの、私が数年に1度しか帰省していない理由のひとつは、できるだけ飛行機に乗りたくない、というものだ。好きで飛行機の距離に移り住んだくせに、とは我ながら思うが。
これからは怖くてたまらない飛行機ではなく、速くてカッコ良くて安全な、新幹線で帰省することができる。これは大事件である。
つまり、私は「とにかく新幹線に乗って函館に行きたい」というだけの気持ちで、帰省しようと思い立ったのだった。
正直なところ、離れてから20年ほども経ってしまうと、実家に立ち寄ったところでこれといってすることもなく時間を持て余すだけだし、あの陰気な空間に滞在することを想像するだけで気が滅入る。だから私は今回も市内にホテルを確保して、実家には昼間少し顔を出すだけにしようと決めた。
まぁついでだから観光客が行くようなところもウロウロするとして、ただ「新幹線にン乗りたい」というだけなら別に1泊2日でも構わないのだが、それはそれでどうかと思うし、余裕を見て、日程は2泊3日。時期はゴールデンウィークを敢えて外した6月。真夏や真冬だと、函館と千葉の温度差が大きすぎて身体に負担が掛かるが、6月であれば函館はちょうど夏前の爽やかな時期で、他方、千葉は梅雨真っ最中で気温はさほど高くない。だから、行き来しても身体がつらいことはあまりない。なんなら函館の方が過ごしやすい。だから私は、時期を選べるなら6月に帰省するのが常だった。
新幹線とホテルの予約はネットで済ませ、職場に有給休暇を申請した。私は責任が軽い代わりに給料も安く、休みを取りやすい契約社員という立場だから――それはつまり「いてもいなくてもどちらでもいい存在」ということなのだが――申請はあっさり通った。
必要な手続きを全て終えてしまってから、私は実家の父に連絡することにした。1人1台スマホを持っているのが当たり前のこのご時世に、父はガラケーすら持っておらず、連絡手段といえば家の固定電話か、手紙だけである。父は「子供とメールをやりとりする」といったことに興味を示すような性格でもないし、人付き合いというものをほとんどしない人だから、携帯電話の類はなくて一向困らないというところだろう。
昼休み、誰もいない更衣室でスマホを手に取り、実家の電話番号をプッシュした。さすがに18年住んでいた実家の番号は当たり前に覚え込んでおり、電話帳から呼び出すまでもない。
呼び出し音3回で父が出た。父は私が電話を掛けるといつも、きっちり呼び出し音3回で出る。ずっと電話機の前で構えているわけでもあるまいに、律儀な性格の現れだろうか、と思う。
「もしもし。和美か」
「お父さん、久しぶり。私、北海道新幹線に乗ってみたくて。そのために来月そっちに行くんだけど、家に寄ってもいい?」
「あぁ。別に構わないが。しかし――アイツはまだ家に住んでるぞ」
私は、軽く溜息をついた。
「なに? 兄さんまだ、えーと――家に、いるの?」
「あぁ。――アレは仕方ない」
仕方ない、ねぇ。
何がどうして「仕方ない」のかわからないけど、そんな悠長なことを言ってる場合なのかな。
これは、父には言わないし言えないことなので心で思うにとどめた。その後は、実家に顔を出すとしたら何日のいつ頃になるか、函館滞在中のホテルはどこか、といった事務的な話をし、
「じゃ、そういうわけで。そっち着いたらまた電話するからよろしく」
と通話を終えた。
私が数年に1度しか帰省しない理由のもうひとつには、家族の事情が絡んでいる。ここ10年近く、兄が実家の一室に引きこもっており、そうなってしまった兄と、手をこまねいてそれでよしとしているように見える父が住む、息が詰まるような空気が充満している実家に帰るのは、とにかく気が進まないのだ。
兄が引きこもるに至った経緯を、私は知らない。兄が引きこもり始めてすぐ、父が自らした「会社での人間関係で、ちょっと何かあったらしくてな。まぁ、しょうがねぇべな」という、曖昧な説明以外、何も。兄と私は3歳違いだから、今年39歳になる計算だ。30 歳前辺りから引きこもり始め、今や中高年引きこもりといわれる年齢まで、あともう少しというところだ。
きょうだいが引きこもり。まったくもってありふれた話であり、「8050問題」とか、「親亡き後をどうするのか」といった話題を、しばしば見聞きする。ネットニュースのコメント欄などでは、「引きこもりは甘え!」「引きこもりは迷惑だから早く死んでほしいね!」といった辛辣な意見が多く見られ、私は、同意してよいのかどうか微妙な気持ちでそうしたコメントを読む。
実際、ずっと兄に引きこもっていられたら迷惑には違いないし、このままではよくないだろう、とも思う。しかし、重い事情があるならば仕方がないのだろう、とも思うのだ。
ありふれた話であっても、当事者としては堪らない。父に面と向かって「兄さんのこと、ずっとこのままにしておくの? 何かしなくていいの?」などと訊くことも憚られるし、まして「お父さんがいなくなった後のことってどうするつもり?」などと訊けるはずもない。
兄には父がいなくなったら他に頼れる家族は誰もいないし、「病気の兄の面倒は妹が看るもの」みたいなしょうもない規範は、地方だからこそ強く働くものだ。明文化されたルールではないけれど、「そうあるべき」みたいにみんなが思っているから従わなければならない、そういう規範が。
私は今更兄さんの世話のためにUターンなんかしたくないけど、でも、そうするしかないのかもしれないな。そうした場合、働き口とかあるんだろうか。ていうかその頃、私は何歳なんだろうか。
父と電話で話した後は、いつもそうしたことを考えているうちに思い詰めた気持ちになってしまう。だから私は、何か用事がない限り、父に電話を掛けないようにしている。
今日も、父との通話を終えた私は、兄と私の将来のことを考えているうちに悲しくなり、なんだか泣きそうな心地になってきたので、その思考を振り切り、気分を変えるためにSNSのチェックを始めた。
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