お前はそのエンターキーを159521回押してろ

@yukkurisensei

お前はそのエンターキーを159521回押してろ

小綺麗なレストランから出てきた男女は、どちらからともなく腕を組む。女は少し恥ずかしげな表情を浮かべ、男は腕を少し強ばらせた。やがて二人は見つめ合いはにかむ。

男は心の中で呟く。

「この女は騙されている。俺は彼女を愛してなどいない。あくまで、頼めば金を貸してくれるだけの都合のいい存在だ。この女はATMに過ぎない」


女は目を細める。男と過ごす幸せな時間を噛み締めるように。あるいは男の心を見透かすかのように。女は心の中で呟く。

「この男は騙されている。私はこの男の本心を知っている。私にとって本当に用があるのは彼の父親だ。息子から一方的に嫌われている可哀想なあの老人は、息子が病気だとか言えばいくらでも金を出す。この男に貢ぐ金は必要経費に過ぎない」


立派な日本家屋の一室。居間で老人が一人、新聞を読みつつコーヒーを嗜んでいる。その老人はふと、息子のことを思い出す。連絡のひとつもよこさず、今では彼の恋人を通してしか息子の近況を知ることが出来ない。彼女曰く病床に伏している哀れな息子を思いつつ、老人は心の中で呟く。

「あの女は騙されている。彼女が立場を利用し金を騙し取っていることなどお見通しだ。既に儂は探偵を雇っており、詐欺の証拠を集めてもらっている。あの女は暇を持て余す老人のおもちゃに過ぎない」


調子の悪い中古車の中で、男は一人スマートフォンを片手に退屈そうにしている。すると電話がかかってきた。依頼主の老人からだ。男は電話に出ると、くだらない世間話をしてからすぐに本題に入る。その顔は笑みをたたえている。人の良さそうな笑みを、あるいは人を馬鹿にするような笑みを。

男は心の中で呟く。

「この老人は騙されている。俺はあの女を調査するつもりは無い。女から依頼料の倍を受け取ることでこの依頼を放棄しているのだ。この老人は金のなる木に過ぎない」


公衆電話で受話器を握りしめる男は、調子の悪そうな中古車をにらみつけていた。公衆電話からはツーツーと音が流れるのみで、彼の全神経はその中古車の中の男に集中力している。その目の異様な鋭さから、彼の執念が伺える。

男は心の中で呟く。

「あの探偵は騙されている。我々警察は彼が不当に利益を上げていることを知っており、あと少しの証拠を集めれば彼の逮捕状を取れるのだ。彼は手のひらで踊らされているに過ぎない」


ビルの屋上で、一人の男が缶コーヒーを飲んでいる。街を見下ろしながら、彼はこの世界を手に入れたような気さえしていた。物心着いた時から知略謀略に長け、普段の努力を積み重ねた彼は、そう思えるのも納得が行くほどの結果を残していた。男は心の中で呟く。

「あの警官は騙されている。彼がどれほど懸命に証拠を集めようとも、警視総監たる私が揉み消せばそれで終わる。あの探偵の詐欺グループと私は繋がっているのだ。彼の努力は徒労に過ぎない」


豪勢な部屋の中、一つ置かれた椅子に男が座っている。まさか本当にここまでこれるとは。思わず顔が緩む。しかし、気を抜いては行けない。むしろ気を引き締めなければいけないのはここからなのだ。彼は自分にそう喝を入れると、大仕事に取り掛かる。そのために、彼は心の中で呟く。

「あの警視総監は騙されている。警察のトップと詐欺集団との癒着に、総理大臣たる私が気づかないはずがない。何を勘違いしているのか。しかし、もう間もなく私はこのことを公にする。彼はただの一人の犯罪者に過ぎない」


この様子を他人事のように眺める女がいた。彼女はつまらなさそうに鼻で笑うと、画面を消した。やがて窓を見つめる。そこには無数の星が映っている。その光景は神秘的だが、彼女にとってそれは見飽きたつまらないものだ。いつか訪れるその時を待ちながら、彼女は心の中で呟く。

「この星の住人は騙されている。地表環境等の調査が終わり次第、我々宇宙人がミサイルを打ちこの星を侵略するのだ。それにしても、この星の住人は誰もが黒幕でありたがるらしい。全くくだらない。彼らは新天地に居座る邪魔な先住民に過ぎない」


陽の光が一切差し込まない暗い部屋で、モニターだけがこうこうと光っている。前に座る一人の男は、全てを見つめてなお一切の表情を見せない。ただ無感情に、客観的に、この光景を監視し続ける。そうでもなければこの仕事は務まらない。男は心の中で呟く。

「あの宇宙人は騙されている。地上人はとっくの昔に自滅し、地表は既に焼け野原だ。宇宙人共は遺跡を元に作られたCGを見ているだけだ。彼らが地表を整備したところで、我々地底人が寝首をかいて乗っ取るのだ。彼らは我々の発展の道具に過ぎない」


ここまで書き終えたところで、私はため息をついた。紙とペンの時代ならば推敲はさほど苦ではなかったが、デジタルの時代であれば肩にも腰にも目にも負担がかかる。一度休憩しよう。パソコンの画面を閉じ、私は心の中で呟く。

「あの地底人は騙されている。彼がどう足掻いたところで、その命運は作者である私が握っているのだ。彼らはただの登場人物に過ぎない」


目の前に男が立っている。彼はカクヨムの者だと名乗った。嫌な予感がする。案の定、彼は私のパソコンを指さすと勝ち誇った顔で呟いた。

「お前は騙されている。お前がどれほど素晴らしい作品を書こうと、選考するのは我々だ。結局は、お前も一人のユーザーに過ぎない」


私は楽しくて仕方がない。次は一体誰だろうか。

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