理由ってなんだろう?
園原さんの所持品は、凶器である少し錆びた金属バットのみのようだった。
もし、スマートフォンなどを持っていた場合、GPS機能や基地局情報を元に位置情報が割れて現在地がバレてしまう、という話を昔テレビで見たことがあったので即座に処分するか電源を切るように言おうとしたが杞憂のようである。
金属バットは適当に見つかりにくそうな場所で処分した。
あくまでぼくのポンコツ頭で浮かぶ限りの範囲なので、きっと数日の時間稼ぎにしかならないだろうけど。
ぼくの指紋が付かないように慎重に扱った。
それから、街灯の少ない暗い道を歩いてぼくの家へ向かったのだ。
園原さんは目的地を知らないので、舵取りはぼくに一任された。
ドラクエの勇者のように縦一列に並んで進む。
存在確認に手を繋ぐなんてことはせず、ただ後ろから聞こえる足音を頼りにしていた。
美少女の手を躊躇なく握れるほど軟派な性格はしていないし、彼女とそんなに親しい仲ではないのだ。
夜目が利くわけでないので転ばないように気を配りながら、のんびりとした歩行速度で彼女の道標となる。
今のぼくは彼女の北極星なのだ。
ちょっと、いやかなり臭いセリフだった。
厨二病全開、黒歴史確定。
口から出なくて本当に良かった。
しかし、誰ともすれ違わずに我が家に帰還できたのは奇跡である。
園原さんの格好を数日遅れのハロウィン仮装と言い張るのは鉄分豊富な匂いからして無理があったので心底ホッとした。
家の明かりは点いておらず、共に暮らしている祖父と祖母は就寝中のようだ。
お年寄りは寝る時間が早いので助かった。
スニーカーを脱いで揃えて玄関の脇に寄せる。
祖父によって躾られたことの一つだ。
玄関でぼうっと立ち尽くしている園原さんに、変色した靴下を脱ぐように言う。
とっくに乾いていたので玄関が汚れることは無いだろうが、彼女のローファーは処分した方が良いかもしれない。
死の匂いに釣られて害虫がわきそうである。
「今からお風呂沸かすから、その前にシャワー浴びてくれよ。着替えは残念ながらぼくの洋服になりますが、園原さんの好みじゃなくても我慢してね」
ぼくの言葉に、園原さんはこくこくと頷いた。
廊下を真っ直ぐ通り、お風呂場まで案内して、ボディーソープの場所とシャンプーとリンスについて説明する。
両方とも詰め替え用の無地のボトルに入っているので分かりにくいのだ。
そして残念ながら、メイク落としなんて崇高なものは我が家には存在しない。
園原さんのプリティーフェイスには我が家のボディーソープこと牛印の固形石鹸で我慢して貰おう。
牛乳石鹸は万能の利器である。偉大なのだ。
シャワーの使い方は園原さんのお家のものと変わらないらしい。問題ないとのことだ。
他の家のお風呂場の設計なんて知る由もないが、どこも似たり寄ったりなのかもしれない。
別世界の人間であるはずの園原さんがぼくと同じお風呂を使うなんておかしな感じである。
変態的な意味ではないです。
彼女がシャワーを浴びている間に、ぼくは鉄分を含んだローファーをビニール袋に入れて固く結んだ。
靴箱に入れようかと思ったが、万が一祖母が開けたら困るので、ぼくの自室に非難させることにした。無難な選択だ。
自室の茶色のタンスを漁って、園原さんの着替えを用意する。
大変な美少女である園原さんに着て貰えるのだ。洋服冥利に尽きるだろう。
良かったね、ぼくの洋服たち!
幸い、園原さんとぼくは身長が余り変わらないのだ。つんつるてんは回避出来る。
比較的に新品な方である長袖のTシャツとスエットのズボンを用意する。
上が無地の赤で下が無地のグレーという、園原さんが着るには絶妙なダサさを演出してしまっているが、仕方ない。
デカデカとキャラクターがプリントされた洋服よりは大分マシなはずだ。
根拠はないけど、そう信じてる。
洋服を用意したあと、自室の押し入れを開けて新品の下着を探した。
ブラジャーのサイズが合う自信はないが、パンティくらいは支給したいのだ。
同じ女の肉体を持つ者として、ブラジャーのない生活の心許ない感じはわかるが、ぼくは園原さんのような発育の良い胸部を持っていないのである。すまないな。
恨むならぼくの遺伝子を恨んでおくれ。
ノーブラは我慢して貰うとして、ノーパンは流石に可哀想である。
安売りの時にまとめ買いした下着を発見して、デザインの地味さに胸を痛ませながらも、先程選んだ洋服と共に園原さんの着替えとしての任務を命じた。ズビシッ、と指をさしたりはしない。
再び廊下を通って、洗面所に向かい、お風呂場の前の籠に着替えを入れておく。
血塗れのセーラー服は、白い床の上で丁寧に折り畳まれて鎮座していた。
このまま洗濯機に放り込んで良いものなのだろうか。よくわからない。
血の跡は乾いていて今更洗ったところで落ちない気がした。
どのみち、園原さんがこの制服を着て学校に来ることは二度と無いのだろうけど。
「ねえ、神戸さん。聞いて良い?」
「なんじゃらほい」
浴室ドア越しに聞こえた固い声。対してぼくはネタを挟まないと死んじゃう病なのである。
「……なんで、ここまでしてくれるの?わたしのこと好きなの?」
ナルシズム全開な発言すら嫌みに聞こえないのだから、園原さんもとい美少女って凄い。
しかし、彼女の疑問はもっともだろう。
今日この瞬間まで、ぼくと園原さんに接点はない。
はっきりいってしまえば、リスクを背負ってまで彼女を助ける義理はないのだ。
パトカーのサイレンなんて無視して走り去れば良かった。
運動能力は人並みだが、逃げ足にはそれなりの自信がある。
頭髪が貼りついた血みどろの金属バットで彼女が何をしたか、なんてどんな間抜けでも安易に想像出来るだろう。
彼女は逮捕されても仕方が無いことをした。
それだけはわかる。
被害者が誰とか、動機は何とか、そんなことは何一つ知らないけど。
ぼくは洗面所の壁にもたれかかって、両腕を組む。
長方形の鏡がぼくの姿を反射させた。
結局、行き着く先は変わらないのだ。
それはわかっている。
彼女は自首するべきだ。それは正しい。
ぼくだって先延ばしにするつもりはあるが、彼女を庇うつもりはない。つまりは自己満なのだ。
理由なんてあってないようなものである。
「まあ、園原さんは可愛いからね。それに美少女殺人犯の知り合いが居るってなんか面白そうじゃん」
「神戸さんって、ポジティブだねって良く言われない?」
なんでバレたし。
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