毒薬にもならない友人
ハビィ(ハンネ変えた。)
出会いってなんだろう?
三連休の前日、ぼくは金属バットを引き摺る同級生の女の子と出会った。
彼女の名前は園原 創(そのはら はじめ)。
ぼくの地元もとい、うちの中学校のちょっとした有名人である。
園原さんは、ハジメという中性的な響きの名前に反して大変可愛らしい美少女なのだ。
教室でお人形さんが動いていると言ったのは誰だったか。花丸ぴっぴの大正解だ。
園原さんは、うちの中学校の王子様である狼谷五月くんと並ぶお姫様とまで呼ばれている。
その中学生と思えない完成された美貌は、都心に行けば読者モデルにスカウトされるらしい。
可憐という単語を擬人化したら、きっと園原さんになるのだ。
とんでもなく美少女である。大変好ましい。
腰まで届く長髪は一度染めてから飽きたのか、茶髪の残骸が黒髪に埋もれていた。
「……神戸(こうべ)さん?」
ぼくの名前を呼ぶ声は、寒さで凍えるみたいに弱々しい。
彼女とまともに話をするのは初めてのことだった。
園原さんはいつもパリピオーラ全開な女友達と三人グループでつるんでいて、会話をする機会なんて無いのだ。
園原さんはクラスの中心人物で、スクールカースト上位の存在である。
そんな天上人であるはずの園原さんが、ぼくの名前を呼んだ。
この瞬間、ぼくは園原さんと対等に立っていたのである。
遠くから聞こえるサイレンの音に耳を澄ませながら、ぼくは彼女をじぃっと観察をした。
園原さんは、高熱で魘されたみたいに呼吸が荒くて、尖った顎から細い首筋が汗で濡れている。
見る人が見たら勘違いを起こしてしまうような美しくも扇情的な姿だ。
金属バットがコンクリートの地面と擦れてカラカラと音を立てる。
距離を詰められる度に、彼女の足元から生える暗闇が蠢く。
街灯の明かりがぼくらを見下ろしていた。
ぼくが彼女と会ったのは本当に偶然である。
思い返すと、さっきまでぼくはコンビニにいたのだ。
九月頃にいた店員のおばちゃんはいつの間にか見かけなくなっていて、社会人の大変さを空想する。
そうして漠然と、大人になりたくないなぁ、と考えたのだ。
中三の秋にもかかわらず、ぼくは受験勉強をあまりしていない。
いや、白状すると一切していない。
率直に言うとクズだ。
勿論、高校に行くつもりはある。しかし、ぼくが進学を選んだ理由は中卒で働きたくないからという非常に不真面目な動機だ。
自らのちゃらんぽらんさを痛感してしまう。
現実から目を背けるように雑誌コーナーを見ると、ぼくの好きな少年漫画の単行本が全巻置いてあって、いくらかテンションが上がった。
たしか、二年前頃に映画化が決定して、現在絶賛上映中なのだ。
三連休のうちに見に行きたいな、と思う。
テレビでCMを見る限り、原作に忠実なアニメーションは原作絵をそのまま動かしているようで、SNSのフォロワー曰く、ファンからの評価は高い。
目当ての週刊少年漫画雑誌を見ると、映画化に因んで巻頭カラーを飾っていた。
ぼくはそれを迷わず手に取り、夕飯代わりのコンビニ弁当と共に会計を済ませて外に出る。
そして、月明かりが照り映える夜道を歩いていたのだ。
「……好きなの?」
園原さんは、空いた右手でビニール袋から透ける漫画雑誌を指さした。
主語がない話し方はいかがなものかと思うが、可愛らしいのでオールオッケーである。
可愛いは正義で、美少女は存在が法なのだ。
「園原さんって漫画とか読むの?」
偏見でものを言うなら、少年漫画よりも少女漫画を愛読してそうである。
ラノベじゃない恋愛小説とか。
「……神戸さんの好きな漫画ってなに?」
質問を質問で返すのは褒められたことではないが、存在が可愛らしいので許すことにした。
我ながらチョロいぼくである。
「色々あるけど、一番はMURDERPLANETかな。映画化したし、見に行きたいなって思ってる。はいここは正義である」
「わたしも!わたしもMURDERPLANETの元町試ちゃんが全ヒロインの中で最推し!」
「マジかよ」
二重の意味で本気かと疑いたくなった。
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべる園原さんのテンションは、同士であるヲタクのそれである。
そして、ジャンプする度に揺れる金属バットはお察しの通りに赤く染まっていて黒い髪が付着していた。
数分間の間に情報過多である。
正気度喪失待ったナシ。キャパオーバーしそう。
園原さんの目は瞳孔が開いていて、明らかに正気じゃない。どう見てもSAN値チェックに失敗していた。
サイレンの音が遠のいていく、詰みである。
「園原さんは、ぼくを殺しますか」
口から滑り出た言葉に、後悔した。
今の園原さんは所謂発狂状態なのだ。
刺激するようなことを言わない方が良い。
飛び跳ねるのをやめた園原さんは、表情の全部を落として能面のような顔をする。
無表情なのに可愛さが損なわれないなんて、純粋に凄いなと思った。現実逃避である。
「ううん、神戸さんは殺さない。理由がないもん」
「やはり殺人事件は起きた後なのですな。園原さんは探偵役の方が似合いそうですが」
「あはははっ、じっちゃんの名にかけて!とか、一度くらいは言ってみたいけどね」
「自首するんですか」
ぼくの言葉に、園原さんは形の良い眉を八の字にして、コテりと首を傾げる。
「するよ。そのうち。神戸さんが心配しなくても、ちょっと気持ちが落ち着いたらちゃんと警察に行くよ」
園原さんの格好をよく見ると、学校指定のセーラー服は犠牲者の血液を吸って茶色く変色していた。
水も滴るいい男、ならぬ血も滴るいい美少女である。不謹慎ジョークだ。怒られそう。
「そうなんだ。何日後くらい?そのうちなら、ポリスメンの前にぼくとおデートしませんか」
ぼくの渾身の口説き文句を聞いた園原さんは、睫毛に囲まれた瞳を丸くすると、両頬を持ち上げて笑みを作った。
「ううん。良いよ。でも、神戸さんはわたしのことちゃんと見なかったことにしてね。面倒事に巻き込まれたくないでしょ?」
言って、園原さんは覚束無い足取りでぼくの横を通り過ぎる。
園原さんは両肩を小さく縮こませて、暗い道を歩いていく。
夜風が頬を撫でて、ぼくは深呼吸をする。大きく息を吸って、吐いた。
それから、スニーカーの靴紐が解けていないかを確認すると、ぼくは園原さんの元へ全力で駆け出した。
彼女と親しいわけじゃ無いが、ぼくはあの後ろ姿に見覚えがある。
ぼくの勘が正しければ、園原さんはきっと死を選ぶ。
そう考えたら、彼女を引き止めないといけない気がしたのだ。
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