並行世界の記述(あるいは回顧)

坂口航

ユリウス・ベッジ

束の間の平穏

 ――戦争は終わった! 我々は勝った!




 各地に歓声を挙げる国民や軍部がいるなか、一人だけ浮かない顔で部屋に籠っている男がいた。


 彼はユリウス・ベッジ、大学で教鞭を執る考古学者である。


 彼が浮かない顔をしているのは、戦争で勝った。これだけで争いが終わる訳がないと確信していたからだ。



 必ず相手国から報復がくる。そうでなくても他国から、いやこの国が調子付いてどこかへと再び喧嘩を売りに行くかも知れない。


 そうなれば生徒はどうなる。私の授業を今受けている生徒はどうなってしまうのだ。


 考古学など戦争には役立たないと、この戦いが始まった時点でかなり冷ややかな目で見られ、給金も研究費用も減らされたのに、これ以上どうしろと言われるのだ!



 彼の不安は、終わる気配のない戦争で生き甲斐である考古学までも奪われてしまうのではないかと言う部分までに繋がった。



 もう奪われたくない、誰からにも!



 その思いは決して表に出そうとはしない。腹の奥底へと閉まっておかなければ今にでも奪われてしまいそうだから。


 せめてもの救いは、このわずかに平穏の間だけは何の研究をしていても、軍の老獪共に何も言われない事だ。

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