暖
@araki
第1話
とかく都会の冬は寒々しい。
電飾できらびやかに飾り付けられたショッピングモールには多くの人が群がる中、この寂れた公園に人っ子一人見られない。まるで舞台裏のようだった。
――だからこそ、こんなことができるんだけどな。
雅也は一人ほくそ笑んで目の前の炎を見つめる。近くのゴミ捨て場からくすねてきた一斗缶、そこに小枝をこれでもかと詰め込んで作った即席の焚き火だ。普段なら警官が血相変えてすっ飛んできそうな行為だが、幸い今日はクリスマス。ちょっとしたおいたは目を瞑ってくれるだろう。
「……そろそろ頃合いかな」
雅也は缶の傍で温めていた熱燗を手に取り、口をつける。ほっと人心地つける良い温度。墓参りから引き返す途中で買った安酒だが、空腹の身体には染みる味だった。
「相席してもいい?」
不意に上から声が降ってくる。顔を上げると、ファーコートの女性が傍に立っていた。
雅也は呆気にとられ、とりあえず彼女の姿を検める。控えめな化粧にパーティドレス、下ろし立てと思しきハイヒール。その完璧なコーディネイトは明らかにこの場に似つかわしくないそれだった。
「どっかのパーティ会場と勘違いしてないか?」
そう確認すると、ファーコートの女はくすりと笑みを漏らす。それから、今も火花をぱらぱら散らす炎を指さした。
「近くを通りかかったら、この灯りが目についたの。暖かそうだなって。で、ご相伴にあずかろうかなと思って」
家に帰ればいいのに。そんな言葉で追い返そうかとも思ったが、
「勝手にしな」
「ありがと」
雅也は結局許可を出した。面倒な押し問答で酒が冷めるのはいただけない。
ファーコートはその場に腰を下ろし、一斗缶の炎に手をかざす。その手は目の前の火と同じくらい赤くかじかんでいる。どうやら長い間、外にいたらしい。
「薪足りてる?」
「別に気にしなくていい。尽きたらお開きにするだけだ」
「それは困るかな。今暖まり出したところだし」
そんなことは俺の知ったことではない。雅也は再び熱燗を呷った。
ファーコートが言葉を継いだ。
「継ぎ足してもいい? 場所代代わりってことで」
雅也は何も言わず顎で促す。すると、ファーコートはがさごそと上着のポケットを探り出した。
やがて取り出したのは、一冊の手帳。彼女はそれを躊躇いなく焚き火の中に投げた。
火に触れた瞬間、紙束は一瞬にして燃え尽きる。それのどこが薪なのか。
「焼却炉じゃないんだけど」
「ばれちゃったか」
ファーコートはばつの悪い顔を見せる。それから膝を抱えると、視線を炎に向けたまま、ぼやくように言った。
「色々予定を立ててたんだけどな。全部ぱあになっちゃった」
ははは、と彼女は乾いた笑みをみせる。それは見慣れた表情だった。
何かあったのか、などと訊く気は毛頭ない。これまでずっと、面倒を避け続けてきた。それは今だって変わらない。
だから代わりに、雅也は言った。
「泣きたいなら泣けばいい」
ファーコートは一瞬目を見開く。けれどすぐにおどけた表情を雅也に向けた。
「別に泣きたいわけじゃないよ。ただ文句を言いたいだけ――」
「悲しみは悲しみのままだ。その事実は避けてる限り薄まらない」
逃げ続けている人間が言うのだから間違いない。それに、
「ここにいるのはうらぶれた赤の他人だ。憚る必要なんかないだろ」
雅也は目を合わせず、思ったことを口にした。
ファーコートはじっとこちらを見つめていたが、やがて炎へ視線を戻した。
「本当に違うんだけどなぁ……」
そう呟くと、彼女はしばらく黙り込む。そして、
「じゃあ、お言葉に甘えて」
微かな啜り泣きが聞こえ始めた。
雅也は何も言わず、彼女の傍にもうひとつの熱燗を置いた。
暖 @araki
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