道筋(3)

「ほう。お前が、久喜輝とやら……だな?」


 豪奢な鎧の兵士は俺を見つけると、傲慢さを感じる話し方で応対してきた。フルフェイスの兜に覆われているので顔こそわからないが、声は男のものだった。

 彼の問いかけに俺は素直に首を縦に振る。


「はい」


「身分証はあるか?」


 手を差し出して催促する兵士。貴重品袋を漁って身分証を提出する。奪い取るように受け取った彼は銀色に光る金属製のカードを検分してから軽く頷く。


「こんなガキが銀級ね。……久喜輝、確かに。……馬車がある、乗れ。さっさとしろ」


 酷い言葉に反論する隙もなく、半ば兵士に押しこまれるように俺は馬車の後部座席に乗り込んだ。続いて兵士が隣に乗ってくる。俺は奥にずれる。扉が兵士によって封じられてしまった。逃げるつもりは毛頭ないが、これじゃもう、逃げられない。


 軋む馬車の前方で馬に鞭を入れる音がした。馬のいななく声が響く。


 そういえば、ラーズやラルガさんも乗っていたけど、この世界にも馬がいるんだ、と今さらのように思いながら窓から流れる景色を見る。向かうは王都にそびえ立つ、暴力的なまでに巨大な王宮だ。


「出身は? その様子だと、城に近づくのも初めてだろう?」


 スピードを出す気のないゆったりした馬車に揺られていると、兵士が話しかけてきた。俺は引きつった笑みを浮かべる。


「田舎の方です。城に近づくのも、初めてです」


「ふん。まあ、腕っぷしばかりあっても結局、日雇いしか出来ぬようだしな」


「どうして、日雇いのことを……」


「ああ。お前の所在についての情報を教えてくれたのが、クーリという人夫だったんだよ。一緒に働いたことがあるんだろう? やつも今、城の補強工事に来ていてな。お前の話はそいつから聞いたんだ」


 俺が王都にいるという情報を漏らしたのは、門番をしていた衛兵でも、王立図書館でもなく、あの人夫だったらしい。そこから港の雇用主、宿屋と辿ってきたわけか。

 隠れているつもりもないし、別に不満があるわけではないけれど。


 もやもやした気持ちで更に揺られること一時間。隣に座る兵士が口を開いた。


「外を見ろ。王宮の敷地内に入ったぞ。……そろそろ降りる」


「……わかりました」


 窓の外には巨大な城壁。見渡す限りに白い石の壁が積み上げられている。どれだけの労力と年月を注いでこれだけのものを造ったのか、ちょっとだけ気になる。

 遠くからそれを眺めていると、その一部に小さな扉がついていることに気がついた。どうやらこの馬車はあの扉に向かっているようだ。


「お前は正門から入れるような身分ではないからな」


「はあ、そうですか……」


 兵士に言われながらも扉にどんどんと近づいていく。近くまで来てみてわかったが、扉は小さいとはいっても巨大な城壁に比べたらの話で、実際には馬車一台が悠々と通れる程の大きさだった。


「裏口から入る。……王に粗相の無いように」


 裏口だという扉を通ってすぐのところで俺は馬車から下ろされた。目の前には石積みの地味な灰色の塔の入り口がある。塔の中腹からは渡り廊下らしきものが延びていて、城の本丸に繋がっているのが外からも確認できた。


「立派なもんだな……それで」


 俺はこれからどうすれば良いのだろう?

 馬車を振り返ると、兵士は早く行けと言わんばかりにそっぽを向いた。ついてこないのか?


 もう一度、塔やら渡り廊下やらを見上げる。……うん。複雑そうで、迷いそうだ。困ったな。どこに行けば良いのかも、どうやって行けば良いのかもわかりそうにない。

 不安そうな俺の視線に気付いたのか、兵士は石造りの塔にある木製のドアを指差した。


「あの扉の奥で案内人が待っている。早く行け」


 ああ、なんだ。道案内がいるのか。良かった。

 最後までぶっきらぼうな兵士に俺は軽く頭を下げて礼を言い、急ぎ足で扉を開いた。


「ん……やっと来たか」


 灰色の塔に足を踏み入れると同時に、男の声。


「よう。輝。まさかあんたが王宮に来るような偉い人間だとはな」


「……クーリさん!」


 灰色の塔にいたのは、船の荷降ろしの仕事をした時に一緒だったクーリその人だった。彼は港で力仕事をしていた以前とは違い、上下黒色の礼服のようなものを着ている。上等なものではなさそうだったが、この城で仕事をする上では必要なのだろうか。

 確か、工事をやってるんだっけ……。


「今は、城の補修、してるんですよね」


「そう。兵士に聞いたか? そんで、あんたが王様に会いに来るってんで、ちょっと話がしたくて本来の案内人と代わってもらったわけよ」


「……話、ですか」


 返事を返すと礼服のクーリはニコリと笑い、塔の内部にあった階段を指さす。


「ま、進みながら話そうや。この城は随分広い。さっさか進まねえと謁見の間につく頃には日が暮れちまう」


「あ、はい」


 塔の中も外壁と変わらず石造りで灰色だ。入った瞬間ひんやりした石の冷気を感じる。

 塔の入り口のすぐにはクーリが先程指さしていた螺旋階段があり、彼はそこを登っていく。俺も置いていかれないようについていった。

 しばらく登り、途中で渡り廊下を渡る。外から見た光景を思い出す限り、ここを渡ると城の本丸に行けるのだろう。


 それにしても、城っていう割には簡素だなと思った。豪華な外見とちぐはぐだ。


「あんまり質素で驚いたか? この城はすっげえ昔から、幾度もの増築を繰り返して今の姿になってるんだ」


 前を歩くクーリが振り返りながら、俺の考えを読んだように話しかけてきた。


「隠し通路だのなんだのと大量にあってな。古いところも多いから、いつもどこかで工事してる。おかげで俺みたいな人間は仕事には困らねえ」


「はあ……」


 なんとも中途半端な声を出して相づちをうつ。


「そんなわけで、これを渡しておく。王様が嫌になったら開けろってさ。とある人間からの伝言だよ」


「え、ああ。ども……」


 クーリに手渡されたのは一枚の封筒だった。蝋で封じられているが、封筒の右下にかかれていた差出人の名前には見覚えがあった。

 リザ・ヒューイット。俺の知る限り、リザという名前の持ち主は王都の情報屋のリザさんしかいない。恐らく彼女本人だろう。

 しかし『嫌になったら』とはどういうことだろうか。怪しいし、今開けて内容を確認しておくのが良いかもしれない。


「あっ、おい。それはまだ開けるな。……『嫌になったら』って話だぜ」


 クーリに止められて、俺は封筒を開く手を止めた。


「『嫌になったら』って、どういうことですか?」


「さあな。でもまあ、王様に会う前に開けそうだったら止めてくれとも言われてるんだよ。そういう依頼なんだ」


「じゃあ……わかりました」


 俺は渋々手紙をポケットにしまい込む。クーリが口走った『依頼』という言葉から考えるに、リザさんも何かの仕事でこの手紙を俺に手渡したのか。

 結構アバウトな指示だが、何かしらの意図があるのだとしたら……。仕方ない。俺が王を『嫌になったら』開けるとしよう。


 そんなやりとりをしている合間に迷路のような道を抜け、その先には急に豪華な扉が現れた。


「さあ、ついたぞ」


 そう言うクーリのあとに続いて扉を開けると、目の前には高校の体育館の何倍もある広い空間と、上に登る為のこれまた異常に大きい階段が現れた。

 シャンデリアだか何だか知らないが、宝石なりガラスなりが散りばめられた光が爛々としている。鏡のごとく磨かれた大理石の床。その上に赤いカーペット。メイドらしきものや兵士、礼服を着た人間たちの姿もある。


 豪華絢爛。その言葉がこれほどまでにしっくりくる場所もそうそうあるまい、と感じた。


 同時に、小学生の頃にハマったゲームを思い出す。ここの空間は昔やったRPGに出てきたお城に似ている。RPGの通りならあの大きな階段の先には『謁見の間』があって、そこに王が待ち構えているのが定番だ。

 あまりの眩しさに目を細めていると、クーリは微笑んだ。


「王様はこの階段を登った先だ。謁見の間に入ってからのことはその場で考えて身を振ってくれ」


「え? そんないきなり……」


「あまり王様を待たせない方がいい。……実は若干予定より遅刻してるんだ。さ、急げ急げ」


 そう言ってクーリは俺を中央の巨大な階段の方へと押しやると来た道を戻る。工事に戻るのだろうか。


「また、どっかの仕事場で会おうな」


 笑顔を崩さないクーリを見送った俺は緊張から来るため息をついて、厚いカーペットによって足音を殺されながら大きな階段を登り始めた。


 というか、遅刻って……。


 嫌な気持ちになってうなだれる。周りの人間が俺を不審そうな目で観察してきている視線を感じとりながら階段を登りきり、謁見の間に続くであろう巨大な扉の前についた。


「……はあ」


 ずいぶん長い階段で息が上がる。緊張とプレッシャーのせいか、体が鉛のようだ。


「久喜、輝だな?」


 扉の横で待ち構えている衛兵が確認をとってくる。俺が身分証を出しつつうなずくと、その重そうな扉を衛兵がゆっくりと開けた。開いた扉の先には広い部屋が。赤い絨毯の道の先には誰かが玉座に座っているのが見える。

 俺は緊張しながら謁見の間に足を踏み入れた。


「ほう。久喜輝か。遅かったな」


 絨毯を歩いて玉座の前まで行くと、玉座に座った若い男が俺を見定めるような目で見下している。

 この男が、王か。


「やあ。国王のバルク・メルセリア・ガイラルディアだ」


 バルク王は自己紹介をする。名前は長すぎてしっかり覚えられなかったが、まあ、彼を本名で呼ぶタイミングなんて無さそうなので、良いか。それにしても――。


「初めまして。久喜、輝です」


 ――目が濁っている。この目を見ているだけで、何故か嫌悪感を感じる。

 物語の権力者のように太っているわけでもない。恐らく引き締まっている方だろう。顔も整っている。青がかった色の髪は艶やかだ。それなのに、何故だ。フルに対するものとは別の嫌悪感が沸々と沸き上がってくるのが止まらない。

 俺は特別人を見る目がある訳じゃない。むしろ無い方だ。

 でもこれはわかる。誰でもわかる。腐った排水のような目の色だ。その濁った水晶体で俺の姿はちゃんと見えているのだろうか。


「闘技大会で、決勝まで進んだのに不参加だったな」


「……はい」


 玉座の周りには美しい女官たちが侍(はべ)っている。どうやって集めたのだろうか。ひとりひとりが本当に美しい。さっきまで一緒だったミアも綺麗な女の子だとは思っていたが、ここにいる女官と並べたらそれすら霞んでしまう。

 俺はその正面で立ち尽くしている。斜め前には王の側近らしき人や近衛兵がいて、俺を冷ややかな視線で睨(ね)めつけている。視線に耐えきれなかった俺は自ら口を開くことにした。


「あの、用件は……」


「無礼者! 王の許可なくして話すとは!」


 斜め前の若い男の家臣だろう人が俺を罵倒した。突然怒鳴られて肩が震えてしまった。普通に恥ずかしい。


「……構わん、構わん。驚かしてやるな、可哀想だろう。ははは」


 家臣を制してバルク王はいやらしく笑う。俺は下手をこかないように口を閉ざして慎重を心がけた。


「で、用件が気になるのだったな。簡単なことだ。……ジャックス、前へ出ろ」


 バルク王が玉座の近くにいた騎士を呼ぶ。ジャックスと呼ばれたその騎士は玉座と俺の間に立ちはだかった。

 革素材っぽい軽鎧をその身に纏い、剣(つるぎ)をその腰に帯びている。浅黒い肌と鋭い目付き。軍人特有の威圧感。


「……ん?」


 その声、その名前。聞いたことがある、と思った。

 そうだ。死人が出た闘技大会でバルク王の言葉を伝えて大会の続行を命じていた男だ。名前は確か……ジャックス・レクリューズ。

 バルク王は自信たっぷりにその手をジャックスに向けた。


「ジャックスは優秀な近衛騎士でな。十七で近衛隊長になってから十年もの間、仕えてくれている。あんまりにも強いもので、誰が相手でも負けたことはない。だが、武を誇るお前なら倒せるかもしれん。闘って見せろ」


「……え?」


 急な言葉に頭がついていかなかった。戦えって……どういう……。


「不満か? なら……」


 王様はそばにいる女官を一人、戸惑う俺がいる方へ突き出した。


「これを与えよう。中々美しいだろう? これなら不満はあるまい?」


 バルク王は得意気な顔をしている。その最悪の話しぶりに俺の心は煮え立ってきた。ジャックスといい、この女官といい。この男は……。


「……人のこと、モノみたいに……」


 俺は目を伏せ、控え目な声で反論した。自らで怒りを感じてはいたが流石に一国の王に対して怒鳴るほどの度胸はない。

 俺の言葉に罵声を上げようとする家臣たちを制してバルク王は若干苛立った顔をした。


「不満か。なら、ジャックスに勝てたら何でも願いを言え。一つだけ叶えてやろう。もう不満はないな」


「そうじゃなくて!」


「おい」


 バルク王に抗議する俺に向かって、ジャックスと呼ばれた騎士が初めて口を開いた。


「これ以上グダグダ言うのは止めとけ。こちらも『ミア』と『エレック』の安全は保障できなくなる。……まあ、早い話あの二人は人質だ」


 エレックとミアが!

 ……そうか。俺の情報が割れているということは、俺と同行していた人間の情報も割れているということだ。それに、ハリア貴族のサターンあたりから話が行っていてもおかしくはない。


「……く」


 ……もう何度も迷惑をかけたんだ。これ以上あの二人に負担を強いるなんて、俺にはできない。それが自分のためだとしても。


「……わかりました。勝負を受けます」


 ジャックスを挟んで向こうの玉座で、バルク王が満足そうに笑う。


「良し良し。ジャックスに勝てば願いを叶えよう。……最高の暇つぶしだ」

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