第167話

一歩一歩が大きく、速度も早い。たった数歩の移動だけで、オーガは俺たちの直ぐ傍まで迫ってきた。オーガが最初に標的に選んだのは、エルバさんだった。エルバさんの真正面から突っ込んでいき、そのままの勢いで、右腕を振るう。


「ガァア‼」(ダンジョンボス(オーガ))


エルバさんは、オーガの拳撃の速度を上回る速度で、その場から移動する。そこへ、入れ替わる様に、シュリ第二王女がオーガの背後に回り込む。


「ハァ‼」(シュリ)

「………ガァ‼」(ダンジョンボス(オーガ))


完全に後ろをとったはずにも関わらず、オーガは、驚異的な身体能力でもって反応し、両腕を盾代わりにして、シュリ第二王女の左ストレートを防御する。もの凄い鈍い音を響かせ、地面を抉りながら、オーガが後ろに下げられていく。


「………硬い」(シュリ)

「以前戦った個体よりも、強力な個体の様ですね。流石は、ダンジョンボスといった所ですか」(エルバ)


オーガが後退させられた場所は、砂埃で視界が遮られている。しかし、感じる魔力や闘気から、オーガがまだまだ健在なのは明白だ。舞っている砂埃を、オーガの太い腕が吹き飛ばす。シュリ第二王女の一撃によって受けたダメージは、オーガ自身の再生力・自然回復力によって、既に何事も無かったかの様になっている。オーガやオークは、他の魔人種や魔物に比べて、特殊な能力や技能が少ない代わりに、強靭な肉体・長時間戦えるスタミナ・高い再生能力など、肉弾戦などにおいては無類の強さを誇る。


「…………ガァア‼」(ダンジョンボス(オーガ))


オーガは、身体強化で身体性能を底上げし、先程の突撃よりも、さらに速度を上げた突撃で仕掛けてくる。


「…………フッ‼」

「……ガ‼」(ダンジョンボス(オーガ))


今度は、俺が前に飛び出して、オーガに向かって、こちらからも突っ込んでいく。左右の打刀に魔力を纏わせ、打刀を二本とも上段から振り下ろし、魔刃を二つ同時に飛ばす。オーガは、迫りくる二つの魔刃を認識すると、脚に魔力を圧縮させて、周りに積み上げられている魔物や魔獣の死体を、壁代わりの足場にして、迫る魔刃を避ける。


オーガは一連の流れから、周囲の魔物や魔獣の死体を、連続で壁代わりの足場として利用し、移動速度を加速させていく。俺が飛ばし続ける魔刃をジグザグに、三次元的な動きで避けながら、こちらに接近してくる。


「ガァアアアアアアア‼」(ダンジョンボス(オーガ))

「………ハッ‼」


オーガの巨大で太い右足が、空気の壁を越えた、音速の一撃となって襲い掛かって来る。俺は、二本の打刀に魔力を纏わせ圧縮し、折れない様に強化した刃で、音速の蹴りを受け止める。今度は俺が、地面を抉りながら後退していく。オーガは、さらにそのままの勢いで、蹴りと拳での、超高速の連撃を放ってくる。それに対して、俺も二本の打刀で連撃を放ち、超近距離で、互いに一歩も引かずにやり合う。


「………ガァア‼」(ダンジョンボス(オーガ))


そこに、シュリ第二王女とエルバさんの援護がオーガを襲う。シュリ第二王女の右ストレートが、オーガの左脇腹に突き刺さり、エルバさんの鋭き剣撃が、オーガの分厚い筋肉の背中を切り裂く。痛みによって動きの止まるオーガの胸を、風属性の魔力を染み込ませた打刀で、右斜め上から左斜め下に向けて一閃。間髪入れずに、水属性の魔力を染み込ませた打刀で、左斜め上から右斜め下に向けて一閃。斜め十字にオーガの胸が斬り裂かれ、血が噴き出してくる。


三連続で襲い掛かる痛みに、オーガもうめき声を上げる。そこに追撃を加えようとするが、オーガもそれを理解しているのか、急速に喉に魔力を練り上げて、大きく口を開ける。


「ガァアアアア―――――‼」(ダンジョンボス(オーガ))


俺たちは、オーガの魔力の籠った咆哮による衝撃波によって、それぞれの方向に吹き飛ばされる。しかし、俺たちもただでは吹き飛ばされない。シュリ第二王女は右拳を放ち、拳の形をした魔弾を飛ばし、エルバさんは自らの左腕を上段から振り下ろし、狼の爪を模した魔刃を飛ばす。俺も、二本の打刀を振るい、風属性と水属性の魔刃を飛ばす。


オーガの生存本能が、俺たちの攻撃によって刺激されたのか、全身に魔力を循環させ、身体を硬化させて、全力で防御態勢をとった。それぞれの攻撃がオーガに当たり、オーガも、俺たち同様に吹き飛ばされていく。


〈防御に全振りされたら、あの三つの攻撃でも、仕留められてないだろうな〉


俺は、二本の打刀を逆手に持って地面に突き刺して、減速しながらそう考える。シュリ第二王女も、エルバさんも、獣人の身軽さを活かして、体勢を整え終えている。二本の打刀を地面から抜いて、刃毀れなどしてないかをチラリと確認し、オーガが吹き飛ばされた先を見据みすえる。


俺たち三人、そしてオーガの動きが止まった事で、この場に静寂が訪れる。だが、直ぐにその静寂が破られた。


オーガの吹き飛ばされた方向から、グチャグチャ、ゴキボキといった、嫌な音が辺りに響く。その音が響き始めてから、オーガの魔力が、徐々に上昇していく。暫くすると、砂埃の奥からオーガが姿を現す。口元が真っ赤に染まり、身体にも、血が所々に付いている。オーガが放つ闘気も、最初とは比べ物にならない程に、肌にビリビリと感じる。


〈肌の色も、濃くなっているな。周りに残ってる、魔物や魔獣の肉や魔石を喰らって、一段階上の上位種、オーガロードに進化したか〉


胸に付けた斜め十字の傷が、完全に癒えた状態で、傷跡だけ残っている。体格も一回り大きくなっており、筋肉の鎧も、先程よりも厚みを感じる。


「ガァアアアア‼」(ダンジョンボス(オーガロード))


オーガロードが咆哮を上げて、勢いよく駆けだす。その速度は、最初の時とは比較にならない速度だ。一歩の踏み込みで進む距離も段違いで、たったの数歩で、互いの射程圏内が混じり合う。


「……ハァア‼」(シュリ)

「……フッ‼」(エルバ)

「………‼」

「………ガァア‼」(ダンジョンボス(オーガロード))


先手は俺とオーガロードだ。俺の二本の打刀の刃が、放たれるオーガロードの腕を斬り裂こうと触れるが、ガキンという音と共に弾かれる。咄嗟とっさに、二つの打刀を空中に放り投げて、ちょっとした細い木ぐらいはありそうな腕を、流れに逆らわずに受け流す。そこに、オーガロードが追撃の左ストレートを放つが、落ちてきた二本の打刀の柄を、スッと両手にそれぞれ収め、重ね合わせて拳を受け止める。だが、オーガロードの拳の一撃の威力も上がっており、威力を殺しきれずに、軽く後ろに飛ばされる。


拳を放った状態のオーガロードの左脇腹に向けて、後ろから、エルバさんのショートソードが横一線に振られる。しかし、それをオーガロードは、後ろにバク転し回避する。だが、着地したオーガロードの正面に、シュリ第二王女が立っている。


「フゥ~…………セイッ‼」(シュリ)


その拳は、朝の鍛錬で、兄であるアトル第一王子にアドバイスを貰った通りの、綺麗な右拳の正拳。身体の土台となる足腰・腰の捻り・柔軟で滑らかな上半身の動き、その全てが噛み合った、最高の一撃だ。重く鈍い音が響き、オーガロードの巨体が揺らぐ。オーガの身体の奥にまで、威力と衝撃が伝わり、たった数秒だが、オーガロードがふらついた。


〈ここが仕留めるチャンスだな〉


一気に魔力を練り上げて、身体全体に循環させる。さらに、魔力を両脚に圧縮させて、一歩踏み込み、爆発的な加速でもって、オーガロードに向かって駆けだす。


「刀身武装、《魔風まふう》・《叢雨むらさめ》」


右手に持つ、風属性の魔力を染み込ませた打刀の刀身が、漆黒の風を纏う。左手に持つ、水属性の魔力を染み込ませた打刀の刀身が、蒼き波を纏う。オーガロードの射程圏内に入ると同時に、姿勢を低くして、全力で踏み込んで超加速する。


「ガァアアアアアア‼」(ダンジョンボス(オーガロード))


驚異的な動体視力でもって、オーガロードは俺の動きを捉え、左右の拳を連撃で放ってくる。交差は一瞬。結果は、俺の勝利。オーガの両腕は、肩から切断され、大量の血を噴き出す。そこに、エルバさんが止めの一撃の為に仕掛ける。


「…ガァ‼」(ダンジョンボス(オーガロード))

「……ハァア‼」(エルバ)


オーガロードは、両腕が無くなろうとも、目が死んでおらず、今まで見た中で最高の、澄んだ状態で、右の蹴りを放ってきた。その蹴りは、目にも止まらぬ速さでエルバさんに迫る。しかし、その蹴りが、エルバさんに当たるかと思われた瞬間に、エルバさんの姿が掻き消える。次の瞬間に、オーガロードの右足が焼き切れており、オーガロードの身体が後ろに倒れていく。エルバさんの姿は、オーガロードの後ろにいた。そして、再び掻き消えたと同時に、オーガロードの首が切断された。


オーガロードが完全に地面に倒れこんだと同時に、その死体は姿を消して、宝箱と素材に変わった。俺たちは、暫く黒いローブの人物を警戒していたが、十分以上待っても現れなかったので、警戒を解き、ホッと一息吐く。報酬である宝箱の中身と、周りの魔物や魔獣の素材を回収し、幾つかの死体を証拠としてそのまま回収し、変則的な形になったが、二人に対して、一つのダンジョンの攻略を、無事に達成出来た事を祝福する。


「さて、色々あり過ぎましたが………これで、ダンジョン攻略です。…おめでとうございます」


二人は互いの顔を見合わせる。そして、次第に笑顔に変わり、喜びを分かち合い始めた。

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