第166話

ダンジョンボスとして、正式に召喚されたのは、黒い肌で、体長二メートル以上のオーガが一体。あの北の森で戦ったオーガとは違い、魔力溜まりから生まれたばかりのオーガ。上半身は裸で、腰に布の防具を纏っているだけ。だが、ダンジョンボスとして召喚されているため、通常のオーガよりも、ほんの少しだけ知能が高い。そんなオーガは、周りの状況に対して、なんの反応も示す事はない。俺たち三人を標的だと認識しつつも、狂乱状態の魔物や魔獣たちとは違い、俺たちに向けて駆けだしてくる事はない。


ただ、このような状況においても、こちらにとっても助かる点もあった。狂乱状態に陥っている魔物や魔獣たちは、自らの持つ生態、つまりは、糸や毒を吐いたりする事はない。オークたちやゴブリンたちなども、召喚時に持っていたショートソードや棍棒を、その手から落とし、ただただ俺たちを喰らいたいという欲求に従って、我先にと駆けている。最後尾には、ロックゴーレムたちが、ゆっくりと俺たちに向かって歩みを進めている。


〈もう一本追加しておいて、正解だったな〉


この最終階層に進む前に、新しい打刀をポーチから取り出しておいた。その際に、また折れてもいい様に、もう一本取り出して、二本とも腰に差している。新たに取り出した打刀二本は、十四階層まで使用していた打刀よりも、質の高い打刀になっている。この二本の打刀は、最近打ったものの中でも、上位に位置する二本だ。このクラスのものになれば、魔力を染み込ませても、ある程度は、折れずに保つはずだ。


腰に差している二本の打刀を、抜き放って構える。シュリ第二王女も、エルバさんも、既に戦闘態勢をとっている。その身から、溢れんばかりの覇気や闘気が、漏れ出ている。


「それじゃあ、暴れましょうか」

「はい‼」(シュリ)

「了解‼」(エルバ)


俺たちは、それぞれの方向に向かって駆ける。三百六十度、何処を見渡しても、魔物や魔獣がいる。右手に持つ打刀には、ロックゴーレム戦の時と同じ様に、風属性の魔力を纏わせて、刀身に風属性の魔力を染み込ませていく。左手に持つ打刀には、水属性の魔力を纏わせて、刀身に水属性の魔力を染み込ませていく。水属性の魔力が染み込んだ刀身は、鍔から切先に向けて、青藤あおふじ色に染まっていく。強化した二本の打刀で、迫りくる魔物や魔獣の群れに向かって、突っ込んでいく。


最初に接敵したのは、ゴブリンやホブゴブリンたちだ。ゴブリンたちは、涎を垂らして、目の前の俺の事を、ただただ美味しい獲物だという認識だけで、大きく口を開けて、噛みついてこようと飛び掛かってくる。それら飛び掛かってくる、ゴブリンやホブゴブリンを、頭・首・胴体などなど、一太刀で斬り殺していく。


〈通常種のゴブリンにしては、やけに皮膚が硬い。ただの狂乱状態じゃないな。なんらかの方法で、理性を犠牲にする事で、身体性能を引き上げたか。まあだが、その程度では………〉


迫りくるゴブリンとホブゴブリンを、全て斬り殺して片付ける。そのまま間髪入れずに、虫の魔物の群れが襲い掛かって来る。こちらは、魔刃を飛ばして、魔物の体表たいひょうや、体液に触れない様に斬っていく。虫の魔物の中には、体表や体液に、様々な毒が含まれている事がある。触れるだけでも危険な毒もあり、通常種の魔物であっても、油断は出来ない。基本的には、中距離・遠距離から仕掛けるのが定石ではある。


魔刃を飛ぶ斬撃として放ち、虫の魔物の群れを斬っていく。虫の魔物たちの体液や毒が、ゴブリンたちの死体に飛び散って触れる。ゴブリンたちの死体が、毒によって溶けていく。その際に、異臭と共に、毒の混じった煙が上がる。それを、まだまだ順番待ちしている魔物たちの方に、風属性の魔力を染み込ませた打刀を振るう。風属性の魔力で、周りの空気の動きに干渉し、毒の混じった煙を、順番待ちの魔物たちの方に向かわせる。


狂乱状態の魔物たちは、危機感が薄い様で、毒の混じった煙を無防備に吸い込む。だが、毒自体は効いている様だが、あまり効き目は薄い様だ。ここにも、謎の強化の恩恵が現れている様だ。しかし、毒によって、動き自体は鈍った様で、狂った前進の速度が緩む。


虫の魔物たちを片付けると、次はオークの群れだ。フゴフゴと、鼻息荒くしながら迫ってくる。ゴブリンたちの皮膚の硬化といった、謎の強化が施されているので、オークたちも、例外なく強化されているだろう。なので、こちらも、二本の打刀を強化する。それぞれの属性の魔力を、さらに深く染み込ませていく。風属性の魔力を染み込ませた打刀は、若竹色から老竹色に変化する。水属性の魔力を染み込ませた打刀は、青藤色から浅葱あさぎ色に変化する。


「《鬼雨きう》、《黒風こくふう》」


左手に持つ、水属性の魔力を染み込ませた打刀を振るう。振るわれた打刀の刃から、浅葱色の魔刃が飛んでいく。その魔刃は、周囲の水分を吸収し、ものすごい勢いで巨大化する。そして、その巨大な魔刃は、無数の雨粒の針に分裂して、左側のオークたちに襲い掛かり、オークたちを串刺しにしていく。身体を貫かれたオークたちは、絶命してバタバタと倒れこんでいく。


右手に持つ、風属性の魔力を染み込ませた打刀を振るう。振るわれた打刀の刃から、砂塵を巻き上げ、地面を削りながら進む、老竹色の竜巻を生み出す。この竜巻は、一般的な垂直に広がった竜巻ではなく、水平方向に伸びる竜巻だ。本来は、名の通りに、空を暗くする様な風の事を言う。この老竹色の竜巻は、オークたちの間を通り抜ける。竜巻が通り過ぎると、オークたちは、皆一様に、肉体を無数に斬り裂かれた状態で、血みどろのまま倒れこんで絶命する。


オークの群れを片付けると、ロックゴーレムの群れが襲い掛かって来る。十四階層では、様々な攻撃手段を用いてきたが、狂乱状態のロックゴーレムたちは、拳による攻撃のみとなり、動きも思考も単調になってしまっている。ただ、複数のロックゴーレムの拳が重なり合ったりすると、逃げ場がなくなっていくので、距離感や、ロックゴーレムたちの位置を、把握しながら戦う必要がある。


振り下ろされた拳を斬り裂き、バランスを崩すために脚を斬り裂き、適切な距離を保ちながら立ち回る。ロックゴーレムの核となる魔石を、一体一体確実に斬り裂いて、ロックゴーレムを行動不能にしていく。しかし、まだ生き残っているロックゴーレムたちの動きが、急激に変わっていく。


〈おいおい、まさか……〉


ここにきて、ロックゴーレムたちの生存本能が、狂乱よりも恐怖を選んだ様で、急速な魔力の高まりと共に、一斉に身体を分裂させて、核となる魔石を露わにする。そして、その魔石たちが一ヵ所に集まり、混ざりあい、巨大な魔石に変化する。その巨大な魔石は、辺りに散らばっている岩たちを自身に集め、身体を再構成していく。


〈こんな時に進化しなくても〉


ロックゴーレムの時には、体長が三メートルほどあったのだが、ロックゴーレムの進化個体である、アイアンゴーレムになると、体長が二メートル半ほどに縮む。その代わりに、全体的にゴツゴツした岩の身体から、少しだけ滑らかになり、より人型に近づいた鉄の身体になっている。感じられる魔力も、ロックゴーレムの時とは、比較にならないほど上昇している。


アイアンゴーレムは、ロックゴーレムの時の動きとは全く違う、滑らかな動きで、拳の連撃を放ってくる。俺はそれを、距離をとって避けたり、打刀で受け流したりして、対処していく。アイアンゴーレムは、両手を組んで、上から叩きつける様に振り下ろしてくる。その叩きつけを、大きく距離をとって避けて、風属性と水属性の魔力をさらに練り上げて、打刀の刀身に圧縮していく。


「《黒風白雨こくふうはくう》」


圧縮した魔力を結合させて、複合属性の技として放つ。老竹色の竜巻に、浅葱色の水の刃が混ざり、互いの色が螺旋状に組み合わさった、暴風雨の竜巻を生み出す。暴風雨の竜巻は、真っ直ぐにアイアンゴーレムに向かう。アイアンゴーレムの身体に傷を入れながら上に上昇し、垂直に広がっていく。アイアンゴーレムも、魔力を循環させて、鉄の身体を強化して、さらに硬化させるが、それを上回る威力と速度で、傷を深くいていく。アイアンゴーレムも、魔力を練り上げて、再生能力を上げて対応するが、間に合わない。


俺は暴風雨の竜巻を、垂直の状態のまま、幅を狭くしていく。アイアンゴーレムは、狭まっていく暴風雨の竜巻の刃を、必死に耐えている。俺は、暴風雨の竜巻に、さらに魔力を籠めて強化し、切れ味を上げる。


最後に、暴風雨の竜巻を完全に閉じる。それと同時に、アイアンゴーレムの身体が、輪切りの状態になり、バラバラに崩れていく。核となった巨大な魔石も、その姿を露わにしている。空中に浮かぶ、巨大な魔石に向かって、俺は跳び上がる。


「これで、終わりだ」


俺は、巨大な魔石を前にして、左手に持つ、水属性の魔力を染み込ませた打刀を、右から左に向けて横一線に一太刀。そのまま流れる様に、右手に持つ、風属性の魔力を染み込ませた打刀を縦に一太刀。十字に斬られた巨大な魔石は、ゴーレムの核としての力を失い、ただの四つの魔石の欠片となって、地面に落ちていく。俺は、ふわりと着地して、欠片となった魔石をササッと拾い、ポーチに仕舞う。


シュリ第二王女も、エルバさんも、魔物や魔獣の群れたちを片付け終わっている。残るは、本来の相手である、ダンジョンボスのオーガのみ。そのオーガは、腕を組み、目を閉じて、俺たちの戦いが終わるのを待っていたかの様に、召喚された状態のまま、ただたたずんでいた。


そして、俺たちの闘気を肌で感じたのか、ゆっくりと目を開き、身体全体から闘気が溢れ出す。


「ガァアアアアアア‼」(ダンジョンボス(オーガ))


オーガは、雄叫おたけびを上げて、俺たちに向かって駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る