第164話

十二階層から十三階層は、蜘蛛や百足などの、虫の魔物などが中心の階層だった。さらには、一階層から十階層までで出てきた虫の魔物の、上位種も混ざり始める。虫の魔物の階層では、魔術をメインにして、戦闘を進めていった。ただ、ダンジョンの内部の環境は、基本的には、俺たちの生きる世界の環境と変わらない。この洞窟タイプのダンジョンも同様で、外の世界にある普通の洞窟と、環境は変わらない。なので、火属性の魔術や、広範囲殲滅術式などの、大規模な魔術の使用をせずに、簡単な魔術を使用する事で、手数で対処した。


虫の魔物の上位種は、様々な系統に進化していく。毒に特化して進化する個体や、特殊な進化をする個体もいる。毒に特化する個体に関しても、色々な種類がいる。単純に、触れるだけで溶ける猛毒を持つ様になる個体から、じわじわと獲物を追い詰めていく、麻痺毒がメインになる個体もいる。さらには、再生能力も上がり、進化する事に、虫ならではの生命力が強化されていく。


この二つの階層では、時間をかけて念入りに、倒せたのかどうかを確かめながら、進んでいった。生命力の高さもあるが、虫の種類によっては、頭が潰れても生きていられる様な虫もいる。倒したと油断して、警戒を解いた所で返り討ちに会うなんてのは、虫の魔物に限らずに、どんな時でも起こりうる。ただ、虫の魔物に関しては、それが多いというだけだ。上位の冒険者や傭兵、軍歴の長い兵士や、間引きに積極的な国の、騎士団の騎士たちなんかは、その事を、身に染みているほどに知っている。


そして、今俺たちは、十四階層を進んでいる。この階層は、ダンジョン最終階層の一歩手前という事で、今までの階層で出てきた魔物たちに、ゴーレムなどが追加された階層になる。この階層に進むまでに、三人での連携は、結構深まってきたと思う。互いが互いのカバーも、滑らかに出来るようになってきたし、どういう風に動きたいのかも分かってきた。まあ、パーティーの組み始めで起こる、魔術が味方に当たる事や、戦闘中に移動した先で誰かとぶつかる、なんてよくあるミスが、初めからなかったのは、幸いだった。初めて合わせる相手なので、こういったミスが出るかと思ったが、何事もなかったので、内心ホッとしていた。熟練のパーティーならいざ知らず、初めて合わせる相手とは、なかなか合わないのも、急造パーティーの難しさの一つと言えるだろう。


「ここは、今までと違って、広さが段違いですね」(シュリ)

「そうですね。ここだけが、大きな空間になっていますね。天井も、ものすごく高いですし」(エルバ)

「お二人とも、中央を見てください」

「あれは………」(エルバ)

「…………魔術術式?」(シュリ)


シュリ第二王女の呟きに反応するかの様に、術式が薄く発光して起動し、術式の効果が発動する。起動した術式によって、通常種のロックゴーレムが、三体召喚された。


「あの術式は、召喚術式でしたか‼」(シュリ)

「あのタイプの召喚術式は、術式から一定の距離内に、術式以外の魔力を感知すると、自動的に起動して、発動する術式ですね。術式の規模や、籠められた魔力量によって、召喚される魔物や魔獣の位の高さや、召喚される数が、ある程度決められます。初心者用と言われるこのダンジョンでも、最終階層目前の階層ですからね。ダンジョン側も、それなりの防衛機構は存在します」

「それで、ロックゴーレムを三体ですか。確かに、最終階層の一つ前と考えれば、強大な力を持つ魔物と考えてもいいですね」(エルバ)


三体のロックゴーレムが、俺たちを完全に敵性対象として認識し、魔力を練り上げて、身体全体に循環させて、岩の身体を強化していく。俺たちも、身体強化して、迎撃態勢をとる。


「丁度良く三対三なので、一人一体ずつで、相手をしましょうか」

「分かりました」(シュリ)

「了解です」(エルバ)


俺たちは、それぞれの相手を決めて、その相手の前に立つ。誰かを集中的に狙われる前に、こちらから仕掛ける事で、それぞれの個体のターゲットを、それぞれが引き付ける。シュリ第二王女は、火属性の魔力による身体強化で、一撃の力を増して、ロックゴーレムに向かって一歩を踏み込み、地面に罅を残して向かっていく。エルバさんは、雷属性の魔力による身体強化で、自身の俊敏性を上げて、ロックゴーレムに向かって一歩を踏み込み、その姿が幻だったかの様に、超高速で向かっていく。


俺は、無属性の魔力で身体強化をして、腰に差している打刀を抜き放ち、風属性の魔力を纏わせ、さらにそこから、刀身に吸わせて染み込ませていく。打刀の刀身は、纏わせ、染み込ませた魔力によって、鍔から切先に向かって、若竹わかたけ色に染まっていく。まるで、風属性の魔鉱石そのものを加工して、刀身に仕上げたかの様に、妖しく刀身を輝かせている。軽く踏み込んで、羽が生えたかの様に、軽やかにロックゴーレムに向かっていく。


ロックゴーレムたちは、俺たちの思惑通りに、それぞれに近づいてきた相手を標的と定めた様だ。ロックゴーレムは、先制攻撃とばかりに、自らの両腕を俺に向けて、拳の部分の岩を、砲弾として打ち出してきた。俺は速度を一切落とすことなく、迫りくる巨大な岩の塊二つを、それぞれ一太刀ずつ振るい、綺麗な断面を生み出して両断していく。


ロックゴーレムの両拳は、既に新たな岩によって、再生されている。ロックゴーレムの様な、岩石・金属などが元の魔物は、身体の一部を失っても、魔力さえあれば、そこら辺にある岩などでも、身体として再生する事が出来る。しかも、その再生した岩も、自分の身体として、直ぐに馴染ませる事が出来る。その代わりに、魔力が底を尽きると、身体全体の動きも悪くなるし、再生する事も出来なくなる。ゴーレム系統の魔物も、上位種になればなるほど、周りの環境や素材から、自身の身体を構成する鉱物などを抽出ちゅうしゅつして、自らの身体として再構成する事が可能になる。


〈まずは、距離を詰める。その後は………〉


そんな事を考えていたが、以外にも、ロックゴーレムは、その巨体に似合わぬ速さで、巨大な右拳を放ってくる。迫りくる右拳を避けることなく、打刀で受け流す。受け流した状態から、さらにロックゴーレムに接近しようとするが、流れる様な連撃で、左拳を放ってきた。俺は、一旦距離をとるために、打刀で受けながら後ろに跳び、威力を逃がしながら後退する。


距離をとった俺に、ロックゴーレムは追撃を仕掛けてくる。両腕を地面に突っ込んだと思ったら、俺の真下から突き上げる様に、ロックゴーレムの腕が飛び出してきた。俺は、空間に魔力の壁を作り出し、それを利用して空中に逃れる。飛び出してきたロックゴーレムの腕に、魔力が圧縮されていく。そして、ロックゴーレムの両腕が、切り離された様に分離し、魔力を推進剤すいしんざい代わりにして、ロケットの様に飛び上ってくる。さらに、飛び上ってきた腕は形状を変える。縦長の岩石の塊が、容易く命を奪い取る、巨大な針に変わった。それが二つとも、俺を穿ち殺そうと迫る。


〈もう少し、魔力を籠めて、染み込ませてみるか〉


先程染み込ませた魔力よりも、質を少しだけ上げた風属性の魔力を上乗せして、さらに深く刀身に染み込ませていく。染み込ませていく度に、若竹色から老竹おいたけ色にと、刀身の色が変化していく。ゆっくりと深呼吸を一回。自らの心を静め、明鏡止水の、静の領域に入る。そして、刀身に魔力を圧縮させて、上から下へに一振り、下から上に一振り、打刀を振り抜く。すると、迫って来ていた二つの巨大な岩石の針が縦に真っ二つになり、地面に向かって落ちていく。


自分の背後に魔力の壁を作りだす。魔力の壁に両脚を乗せて、腰を落として力を溜める。そして、一気に開放して、魔力の壁を蹴り付けて、足場にした魔力の壁を粉々に壊して、ロックゴーレムに向かって急降下していく。ロックゴーレムは、急降下してくる俺に対して、左腕の岩石を右腕に移動させ、一回り以上大きい、巨大な腕に変化させて、その巨大な腕での一撃を放ってくる。


俺は、打刀を両手で持ち、刀身から魔刃を伸ばして上段に構える。そして、迫りくる巨大な腕ごと、ロックゴーレムを左斜め上から、右斜め下に向かって、袈裟斬りに打刀を振り下ろす。そして、綺麗に着地をして、ふぅ~と一息吐き、打刀を血振りをして鞘に納刀する。最後の、カチンという打刀が収まる音と共に、巨大な腕を伸ばしきった状態のロックゴーレムが、斜めにズルリと滑り落ちていく。ロックゴーレムの身体の中心の切断面には、核となる魔石が、切断された状態で見える。最後に、素材を残して、その巨体を消していく。


俺と同じタイミングで、シュリ第二王女とエルバさんもロックゴーレムを倒した様で、残された素材を拾い上げて、警戒しながらも、仲良く談笑しながら、こちらに近づいてくる。そんな二人を他所に、俺は完全に別の事を考えていた。


〈いや~、こりゃ無茶させ過ぎたな。完全に折れたな〉


俺が打刀を抜き放ち、刀身を軽くコンッと小突くと、刀身が、真ん中でポキリと折れた。

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