第163話

洞窟タイプのダンジョンの、一階層から十階層までは、基本的には、下位の魔物や、その魔物の一つ上の上位種になる。ゴブリン・ホブゴブリンといった種から、コボルトなどの少し強い魔物、蜘蛛などの魔獣たちなどがメインの階層だ。十階層までは、シュリ第二王女とエルバさんの二人で、戦闘を行ってもらった。二人の実戦での動きから、警戒状態での動き、その際の身体や思考の癖などを、細かく観察していった。


仕掛けてくるならば、十階層より下だろうと、現段階ではそう予測している。序盤の階層で仕掛けると、ダンジョンから、早急に逃げられる可能性が出てくるからだろう。ここの様な、低階層のダンジョンであっても、ダンジョンはダンジョンに変わりない。誰であろうと、一瞬の油断を突かれれば、死ぬ可能性もある。それを分かっている冒険者は、些細な危険でも、直ぐに撤退を判断する。だからこそ相手は、それを逆手にとって、初心者用と言われるこのダンジョンで、俺とエルバさんを、シュリ第二王女を無暗に、命の危機に晒した者にしたいはずだからな。


そうするためには、初心者が一旦退くためのいいポイントになる、十階層を超えさせる必要がある。ダンジョンには、俺たちが用いる転移の術式とは、まったく別物の転移術式が存在する。その転移術式は、十階層と十一階層の、転移するためだけの空間があり、台座の上に置かれている水晶の中に、永久付与されている。この転移の間は、俺が生まれる、遥か昔から存在している。幾人もの魔術師が、水晶の解析、転移術式の解析に挑んだが、成果を出した者は、今もまだ出てきてはいない。何故俺が、術式すら違うというのを知っているのかというと、酔った精霊様方が、口を滑らせた事があるからだ。


精霊様方も、術式を生み出した者に関しては口を滑らせなかったが、その時の表情は、いつもと変化がなかったので、友好的な相手でもなければ、敵対している相手でもない事だけは理解出来た。後から聞いた話によると、長やヘクトル爺たちも、精霊様方から、同じ様な話を酒の席で暴露された事がある様で、引きつった笑みで流した事が、何度かあったらしい。


「さて、ここから十一階層になります。お二人は、ここから先は初めてなんですよね?もし、例の者たちが仕掛けてくるならば、この階層からになります」

「ええ、そうです。お父様たちから、ダンジョンに潜る時の条件を付けられてしまって。それが十階層までという事でして」(シュリ)

「ああ、なるほど。そういう事ですか」

「……それで、今更になるんですが、仕掛けるといっても、何をどう仕掛けてくるんでしょうか?」(シュリ)

「例えば、魔物や魔獣が、強制的に興奮してしまう匂いを発する、薬草や薬物を使用して襲わせる。テイマーが契約している魔物や魔獣を、このダンジョンに召喚して、襲わせる。ダンジョンの至る所に罠を仕掛けて、身動きをとれない様にしてから、仕掛けに来るなどなど色々手はありますね」

「なるほど。ダンジョンの中という環境を生かしてくる方法で、様々な手を使ってくるという訳ですか」(エルバ)

「まあ、そういう事です。その時その時の、環境や状況に応じて、暗殺者たちは二つ三つと、策を色々と持ってますし、奥の手も当然持っていると思いますよ」


シュリ第二王女はウンウンと頷いて、自らの知識として、頭の中に入れている様だ。王族として生まれたが、シュリ第二王女の人生に、暗殺者などの仄暗い存在の関りが、ほとんどなかった様だ。エルバさんからも、先代の王の時代から、安定期に入っていたと聞いている。今回の様な、国全体を巻き込む様な騒動は、約一世紀ぶりの事になるそうだ。ここまで安定期が続くと、暗殺などの、後ろ暗い行動に対しての対応が、一歩遅くなるのも理解できる。それくらいに、今の今までは、平和な日々が続いていたんだろう。


十一階層で最初に接敵したのは、十体のオークだった。オークといっても下位の通常種の個体であり、ここまでの戦闘で見てきた、シュリ第二王女とエルバさんの実力から考えても、二人だけでも対処できるが、三人での連携を深めるためにも、十一階層からは、三人で戦闘をしていく。


先陣を切ってきたのは、十体のオークたちの方だった。ダンジョン外に生息しているオークたちと同じ様に、腰に布一枚を纏い、棍棒を持つオークたちだ。オークはゴブリンと同じ様に、他種族の女性を襲い、自らの拠点に攫って来て、繁殖の為に女性を苦しめる、胸糞悪い魔物の一種。目の前にいるオークたちも、例に漏れず、シュリ第二王女とエルバさんしか目に入らないとばかりに、二人に向かってのみ、興奮し、涎を垂らしながら、突進してくる。


シュリ第二王女は、フゥ~と深呼吸を一つして、突き進んでくるオークたちに向かって、一歩踏み込んで、一気に加速する。エルバさんも、シュリ第二王女をカバーするために、踏み込んで加速して駆けだす。俺も同じく加速して、戦線に加わる。


「……フッ‼………ハッ‼」(シュリ)

「………ハ‼」(エルバ)

「……………‼」


シュリ第二王女は、真正面にいたオークの懐に潜り込み、さらに一歩前に踏み込んで、左のアッパーで顎を打ち抜く。この一撃によって、打ち抜かれたオークの動きが止まる。魔物とはいえ、身体構造的に、脳を揺らされたり頭部にダメージを負えば、人と同じ様に動きが鈍ったり、行動不能に陥る。動きの止まったオークに向けて、シュリ第二王女の流れる様な連撃が、顔面・胴体に叩き込まれていく。オークに、拳や蹴りが叩き込まれた瞬間に、籠手や脛当の表面に、術式が薄っすらと浮かび上がっていた。恐らくは、威力向上などの効果が付与されているのだろう。その術式は、籠めた魔力によって、威力がさらに向上する様で、オークの顔面と胴体は、内出血で紫色に腫れあがって、遂には膝から崩れ落ちて絶命した。


エルバさんの方は、腰に差したショートソードを抜き放ち、狼人族の俊敏さを活かした高速の立ち回りで、オークを翻弄しながら接近する。オークは、エルバさんの動きについていけずに苛立ち、前方に向けて適当に棍棒を振るい、自らに近づけない様にするが、既にエルバさんはオークの正面にはいない。その速さを活かして、オークの背後に回っていたエルバさんが、オークの左腕を切り落とす。オークは切られた痛みで声を上げながら、一気に身体を回転させて、背後に向かって棍棒を振り下ろす。エルバさんは、それをヒラリと避けて、棍棒を振り下ろした右腕を切り落とす。オークは、両腕を失いながらも、大きな口を開き、エルバさんを噛み殺そうとする。だが、既に手遅れだ。オークの首が、ズルリと落ちていく。既にエルバさんの一振りによって、切られていた。


俺も、オークに対して真正面から突っ込む。俺をターゲットにしたオークは、棍棒を、俺の頭目掛けて振るってきた。オークの強靭な腕力から振られる一撃を、俺は迎え撃つ様に、打刀を抜き放つ。互いの得物がぶつかり合って、火花を散らす。俺と対峙しているオークは、棍棒に魔力を籠めて強化した様だ。俺としては、一振りで棍棒を真っ二つにするつもりだったのだが、そう簡単にはいかない様だ。互いに超近距離のまま、オークは俺を叩き潰そうと棍棒を振るい、俺は棍棒ごとオークを斬ろうと打刀を振るい、棍棒と打刀がぶつかり続ける。だが、互いの得物の優劣が、次第にハッキリとしていく。徐々に、オークの棍棒にひびが広がっていき、最後には、バラバラに砕けて散っていく。オークは、すぐさま魔力を右拳に圧縮し、俺に向かって放つ。俺は、左拳に魔力を圧縮し、オークの右拳にぶつける。


「…………フゴ‼」(オークA)


オークの右拳は、ボキボキという音を響かせて、血だらけになり、使い物にならなくなった。それならばと、オークは左拳を放つ。俺は、打刀を逆手に持ち替えて、右拳を放つ。再びぶつかり合った拳の軍配は、再び俺に上がる。両拳の潰れたオークは、最後の悪足掻わるあがきをしようとした。俺は、打刀を高速で納刀し、一歩前に出して踏み込む。そこから加速。そして、抜刀。最後にゆっくりと、打刀を納刀する。カチンという音と共に、オークの胴体の、右斜め下から左肩にかけて、大きく深い斬り傷が現れる。その斬り傷から、血を大量に噴き出して、オークが絶命して、ドスンと地面に倒れる。


そのまま残りのオークを、三人で上手く連携して、一体、また一体と倒していった。そして、オークの死体たちが、ダンジョンの機能によって、素材に変えられていく。俺たちはそれを回収し、連携に関する反省会を行い、十二階層に向けて、歩みを進める。

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