第160話

「ハッ‼……フッ‼」(シュリ)

「まだ踏み込みが甘いぞ‼体幹を、しっかりと意識しろ‼」(獅子人族の第一王子)

「ハイ‼」(シュリ)


王城を拠点にして生活し始めてから三日目。ギルドの方では、王女様襲撃の事もあり、忙しい様で、手紙の件については遅れるかもしれないと、ギルマスから直接謝罪をされた。なので、猫人族の受付嬢、ミンさんが初日に言っていた様に、王都内の依頼を受けて時間を潰したり、王都内に存在するダンジョンなどに潜って、素材などを集めたりしていた。


シュリ第二王女は、お兄さんであるアトル第一王子と共に、朝一番から鍛錬をしている。アトル第一王子も、シュリ第二王女も、どちらも近接戦闘を主とした戦闘方法だ。アトル第一王子は、獅子人族の強みを活かした、パワー重視の戦闘スタイル。シュリ第二王女は、兎人族の強みを活かした、スピード重視の戦闘スタイル。積極的に、シュリ第二王女が仕掛け、それをアトル第一王子が受けて、一つ一つの動きが終わると、こうしたらいいんじゃないか?というアドバイスをしている。


俺は、演習場に設置されている休憩スペースに座り、二人の鍛錬を眺めている。聞いた所によると、鍛錬などでの魔力及び魔術の使用は、例外の一つとして、術式が反応しない様に調整されているらしい。今、演習場には王城勤めの騎士たちもいる。騎士たちもまた、額に汗を垂らして、演習場で鍛錬をしている。俺が王城に来た初日は、騎士たちも俺を見ていたので気づかなかったが、一部の騎士たちの、二人の王族を見る目が、少しだけ不穏な感情が混じっている様に感じる。特に、シュリ第二王女の方に、その視線が集まっている様に思えるな。


中でも、マント付きの黒いプレートアーマーを着込んでいる、牛人族の若い青年が、二人の事を苦々しく見ている。その表情も、視線も、ロクに隠そうという気持ちはないのか、王族に対して、不敬ともとれる感情を示している。不穏な感情を抱いて王族を見ていた騎士たちは、その青年側の騎士なのか、その青年が演習場を出ていくと、同じく演習場を出ていく。その騎士たちを、不安や怒り、様々な感情を抱きながら、見ている同僚であろう騎士たちもいる。彼らは、王族側の騎士なのだろう。


〈黒幕候補の一人が、彼なんだろうな。まあ、今の感じからいっても、あまりいい印象は持てなかったがな。だが、彼には彼なりの正義や、考え方があるのだろうな。そこに、折り合いが付けれればいいんだがな〉


シュリ第二王女が、休憩に入る様で、こちらに近づいてくる。少し息が切れている。基礎体力の高い獣人が、息を切らすとはな。アトル第一王子も、妹とはいえ、一人の戦士として鍛えている様だ。シュリ第二王女が、エルバさんに汗を拭くものを渡す。汗を拭きとりながら、同じく用意された水を一杯のみ、ホッと一息吐く。


お兄さんであるアトル第一王子は、周りにいた騎士たちに声をかけて、アドバイスをしながら、鍛錬を続けている。シュリ第二王女は、その様子をジッと見つめている。休憩中であろうとも、貪欲に自分の強さを高めようと、アトル第一王子を観察している。その視線は真剣そのもので、一つ一つの動きを、自らに取り込もうと集中している。


アトル第一王子が、騎士たちと鍛錬しているのを三人で眺めていると、演習場にザリス第二王子が入ってきた。彼も、鍛錬をするために演習場に来た様で、身体を動かしやすい服装をしている。彼は、俺たちに気づくと軽く手を上げる。俺とエルバさんは頭を下げて応える。だが、シュリ第二王女は、ザリス第二王子に気づく事はない。エルバさんが気を遣って、肩に触れようとするが、ザリス第二王子が止める。


「そのままでいいぞ。シュリの邪魔をするつもりはないんだ。さて、俺もあそこに混じりに行こうかな」(ザリス)


シュリ第二王女は、ザリス第二王子が混じり始めた事で、存在を認識出来た様で、ハッとした様子で我に返った。集中していた事で喉が渇いたのか、もう一度水を飲み干し、深呼吸を一度して、鍛錬に戻っていく。俺は静かに、一言も喋らずに、それを見送る。


「姫様の鍛錬の様子はどうですか?」(エルバ)


エルバさんが、不意に問いかけてくる。エルバさんの様子は、何処か不安げなものが混じっている様にも感じる。何故、そんな不安げなのか分からないが、俺の正直な気持ちを話す。


「基本的な身体性能は、獣人だけあって、かなり高いと思います。十七という年齢を考えても、戦いにおける戦士としての技量も、高いと思いますね。……そういえば、何故あの時は戦わなかったんです?」

「………視察に出掛けた何処かに、相手の手の者が潜んでいたらしく、遅効性の薬草か何かを、料理に混入させたと思われます。姫様によると、魔力が上手く練り上げる事が出来ず、倦怠感や僅かな痺れを感じていた様です」(エルバ)

「なるほど。王女様の戦力は知っているから、まずはそこを封じてきたわけですか」

「その様です。姫様の不調が現れ、急遽王都に戻る事にし、そこにあの襲撃です。相手は、確実に姫様を仕留めるために、綿密な計画を立てていた様です」(エルバ)

「そこに俺が介入し、助けた事で、計画を修正せざるを得なくなった。俺は黒幕からは、要注意人物扱いになっているでしょうね」

「………恐らくは」(エルバ)

「エルバさんも、王女様も、気にしなくていいですよ。厄介事になると分かっていて、首を突っ込んだんですから。自分の尻くらいは、自分で拭き取りますよ。それに、そんな簡単にやられるような、鍛え方はしてませんからね」

「……はい、ありがとうございます」(エルバ)

「それ以外で、何か変わった事はありますか?」


俺の問いかけに、エルバさんは少しの間、目を閉じて黙り込み、記憶を呼び覚ましていく。数分間静かになって待っていると、エルバさんは、何かを変化を見つけ出せたのか、目を開けて口を開く。


「変化と言えば一つ、姫様の襲撃があってから、一部の騎士たちが、外出の際の護衛の数の増員や、騎士たちによる、王族の身辺警護の復活を議題に出し始めた事が、噂になっています。それとカイルさん、貴方を敵視していた、キトラの軍の男を覚えていますか?」(エルバ)

「ああ、あの狼人族の男の方ですか?確か、聞いたところによると、附いてきたとか?」

「ええ、困った事に。まるで、自分が助けたかの様に、自慢げにしていましたよ。しかし、保身が上手い様で、直接的には自分が救ったとは明言せず、さらには、姫様を救ったカイルさんが怪しいといった、勝手な自分の考えを吹聴していました。その関係で、先程言った様な提案が、再び騒ぎ出されました。まあ、グース様や奥様方は、姫様の言葉の方を当然信じたので、ほとんど相手にしてませんでした」(エルバ)

「彼は、今どうしてるんですか?」

「何故か、一部の騎士たちや騎士長によって、従騎士に推薦され、騎士見習いになっています。しかも、王城勤めの騎士の従騎士にです」(エルバ)

「人柱にでもするつもりですかね~。議題に上がったのも、タイミングが良すぎますしね」

「その可能性はあります。あの男、野心が強そうでしたから、いい様に利用されているのかもしれません」

「暫くは警戒しつつ、静観ですね。あの男を起爆剤にして、何か仕掛けてくるかもしれません。その点は、注意した方がいいかもしれないですね」


俺の言葉に、エルバさんが頷き返してくれる。それにしても、あの狼人族の戦士、騎士になっていたのか。獣王様がその事を知らないわけがないが、この国では、騎士に関しての、ある程度の裁量権が、騎士側にあるのかもしれない。そういった事を、エルバさんに聞いてみる。


「いえ、今でも騎士の叙任じょにんに関しては、グース様に権限があります。ただ、従騎士、騎士見習いに関しては、騎士たち個人個人に裁量権があります。今回は、そこを上手く利用された様です」(エルバ)


なるほどな。それならば、獣王様の方も、迂闊うかつに手出しが出来ないか。もし、そこに不用意に手を入れると、王族側の騎士たちまで、離反する可能性があるか。色々と考えていると、王女様たちが、こちらに近づいてきていた。


「そろそろいい時間ですし、お昼を食べに行きましょう」(アトル第一王子)

「ああ、もうそんな時間でしたか。了解です」


エルバさんと情報を共有して、様々な事を頭の中で考えながら、今日も王城の食堂に向かう。食堂のオバちゃんの作る料理は、どれもこれもが絶品で、初日の夜から、朝・昼・夜とずっと通っているほどだ。朝食の時に、オバちゃんが、昼食は楽しみにしておきなと言っていたので、少しばかり足取りが軽くなってしまった。

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