第143話

狩っても狩っても、次々と湧いて出てくる。辺り一帯には、大量のタイラントクラブが、砂浜で息絶えている。最初は、人魚や魚人の人たちの、援護もあり、少ない労力で討伐出来ていた。しかし、海中でカイルの戦闘が始まるにつれて、徐々に、タイラントクラブ以外の、海の魔物が集まってきた。


人魚と魚人の戦士たちは、そちらにも手をとられ、次第に状況は悪くなっていった。それでも、ユノックの人々のために、私たちは、ここで踏ん張らなければいけない!!


「やっぱり動きがおかしい。こいつら何で、俺たちを無視して、町の方に向かいたがる?」(ガンダロフ)

「分からない。今までのタイラントクラブなら、真っ先に、目の前の獲物に向かってくるはずだものね」

「もしかして、カイルがやり合ってる呪の方が、何かしらの干渉をしてるのかもな」(シュナイダー)

「……その可能性は高い。ユノックを襲う、全ての魔物の思考に干渉して、操っているのかもしれん」(ラムダ)


最初に現れたタイラントクラブや、その後に現れた個体も、特にそんな様子は見られなかった。海中でカイルの戦闘が始まり、暫く経つと、動きのおかしいタイラントクラブが現れ出した。


先程までは、地上に現れれば、直ぐ様私たちを襲ってきたのにも関わらず、地上に現れてから、躊躇うことなく、ユノックの方に向かおうと、移動し始めた。私たちは、予想外の行動に一瞬遅れたが、強さ自体は変わらない事から、問題はなく討伐した。


だが、一体一体は問題なくとも、群れになってユノックを目指されれば、話は変わる。急遽きゅうきょ、予定を変更し、海の魔物よりも、タイラントクラブを優先的に対処する事にした。人魚や魚人の戦士たちは、陸上でも問題なく活動できる事は、事前に情報共有していたので、彼らにも陸に上がってもらい、タイラントクラブの討伐を優先してもらった。


その結果、人魚や魚人の戦士たちとは違い、魔道具を持たない海の魔物たちは、陸に上がる事が出来ない。私たちを襲う事が出来るのが、魔術での遠距離攻撃のみとなった。私たちも、人魚や魚人の戦士たちも、魔力感知の範囲も精度も高かったので、魔術を放たれても、避ける事が出来た。


「だが、このままでは、いずれ俺たちの魔力も尽きる。さて、どうするか………」(ガンダロフ)


ガンダロフの言う通り、こちらは少数精鋭のパーティー。一人欠ければ、その分の負担が、残された者たちに、のし掛かる。様々な、強力な魔物と戦ってきた私たちでも、魔力切れには勝てない。魔力を回復させるポーションも、飲み過ぎると、効果が効きづらくなっていく。


もう既に、そんな魔力回復のポーションも、飲み過ぎるくらいに飲んでいる。魔力の回復量も、そんなに期待する事が出来ない。


「我らが残りましょう。貴方たちは、逃げなさい」(魚人の戦士)


私たちは、驚きながら、魚人の戦士の方を向く。


「貴方たちは、よくやってくれました。しかし、命を散らす事はない。生き延びて、次のために、力を蓄えなさい」(魚人の戦士)

「いえ、我々も覚悟は出来てます。光栄ですよ。貴方方の様に、高潔な戦士たちと、最後まで肩を並べて戦える事に」(ガンダロフ)


ガンダロフの言葉に、私たちも頷く。この戦いが始まる時に、死ぬ事も覚悟の上で、この場所の防衛を、カイル君から引き受けたのだ。そして何より、上位の冒険者としても、一人の戦士としても、このユノックという場所を守りたいからこそ、私たちはここに残った。


私たちの覚悟と決意を感じ取ってくれた、人魚や魚人の戦士たちは、ただ黙って、私たちと連携をとれる位置に、移動してくれる。


地面から、新たなタイラントクラブたちが、地上に次々と現れていく。タイラントクラブも、時間が経つ事に、身体のサイズも大きくなり、魔力量も多くなっている。カイル君が狩ってきた、主には及ばないものの、主に近しい力を持っている個体がウジャウジャいる。新たに現れたタイラントクラブも、そういった個体ばかりだ。


もう一度、全員と顔を見合わせて、腹を括る。ここが死地しちよ。己の全てを、皆を守るために使う!!


「各自の一番近い奴が、それぞれのカバーをしてやってくれ!!だが、無理はするな!!一体でも多く、奴らを、道連れにしてやるぞ!!」(ガンダロフ)

『応!!』


ユノックの方向に、動き始めるタイラントクラブたちを、それぞれが各個撃破していく。全員が全員ともに、余裕はない。最早、身体強化に魔刃など、少ない魔力でも使える様なものしか使えない。魔術の一つでも放ってしまえば、それすらも維持できなくなる。


それでも威力は健在。ガンダロフたちは、一振りとはいかないものの、確実に仕留めていくし、人魚や魚人の戦士たちも、見事な魔力操作と、得物であるトライデントの、練度の高さを見せてくれる。歴戦の戦士ならではの、細かいフェイントや小技などを用いて、確実に手足を破壊して、最後に的確に命を刈り取っていく。


五体・十体・十五体と、苦しいながらも、タイラントクラブを狩っていく。しかし、こちらも疲労によって、徐々に動きが鈍っている。いくら身体強化をしていても、身体が弱っていけば、効果は薄まっていく。次第に思考と身体の反応が遅れて、細かい傷が出来ていく。


「うっ!!」


疲労と、血を流した事で、立ち眩みを起こし、意識が朦朧もうろうとし、フラついてしまう。そして、そんな私の前には、タイラントクラブが迫ってきていた。


〈間に合わない!!〉


タイラントクラブが、邪魔物を払いのける様に、その巨大なハサミを振るう。視界の端には、ガンダロフたちが、私を救おうと、近寄ってこようとしているのが見える。


死の間際に、走馬灯を見るというのは、本当の事だったみたいね。幼い頃からの記憶から、ガンダロフたちとの思い出、ナバーロさんとの出会い、ウルカーシュで出会った優しい人々、次々と常識を打ち破っていくレイアたち。そして、ここを私たちに託して、自らの戦場に向かったカイル君。それらが、時間が停まったかの様に、次々と流れては消えていく。


「シフィ!!」(ガンダロフ)

「シフィ姐さん!!」(シュナイダー)

「シフィさん!!」(ラムダ)


タイラントクラブのハサミが、私を襲う。だが、何時まで経っても、衝撃も痛みもない。目の前にいるタイラントクラブを見ると、身体の各所を水で拘束されている。私に迫っていたハサミも、直ぐ傍で、水に絡み付かれ、さらには氷の盾が展開されている。


「大丈夫でしたか?」(?)


私が、声がする後ろを振り向くと、そこには、上位の精霊たちがいた。私に声をかけたのは、カイル君と一緒にいた、上位の水精霊だった。


その上位の水精霊は、私に回復魔術を発動しながら、拘束していたタイラントクラブの周囲に、無数の水の槍を展開する。それらの水の槍は、一斉にタイラントクラブに突き刺さり、消えていく。後に残ったのは穴ぼこになった、タイラントクラブだけだ。


その、穴ぼこになったタイラントクラブが倒れた瞬間に、他の精霊たちが動き出す。ガンダロフたちも、人魚や魚人の戦士たちも、精霊たちに保護されていく。そして、保護された私たちに、近づいてくる存在がいた。


「何とか、間に合いましたか。良かったです。こちらの相手が、少し厄介だったので、倒すのに手間取りました。付近にいた、海の魔物も対処済みです。遅れて申し訳ありませんでした」(カイル)


カイル君は、本当に、心の底から申し訳なさそうにしている。そう言えば、いつの間にか、海側からの魔術が飛んでこなくなっていたわね。申し訳なさそうでいて、しかし、全くもって何時も通りなカイル君の様子を見て、私たちは戦闘の意識から、気が抜けてしまう。まだやれると、身体に力を入れようとするが、急速に意識が薄れていく。


「後は、俺と精霊様たちとで、片付けておきますから、ゆっくりと休んでください」(カイル)


私たちは、その言葉を最後に、強制的に休まされてしまった様で、意識がプツリと途切れて、闇に沈んでいった。


―――――――――――――――


ガンダロフさんたちと、人魚と魚人の戦士たちを、回復させつつも、強制的に眠らせる。


地上に戻る際に、途中で呪の精霊と戦闘をしていた、上位の精霊様たちと合流した。そのまま急いで地上に戻ると、シフィさんが、やられそうだったので、思わず上位の水精霊様に‟指示”を出してしまった。


今の俺と、上位の精霊様たちは、仮とはいえ、契約関係にある。基本的に、精霊と契約者の関係は対等だ。例外となるのは、どちらかの力が、大きく離れている時のみだ。


しかし、上位の精霊様に対して、指示や命令を出せる様な存在は、ごく少数に限られる。そして、そのごく小数の存在というのが、俺のような調停者たちであり、この世界に君臨している、高位存在や超高位存在の者たちになる。


「すいません。指示を出してしまいました」

「いえ、気にすることはありませんよ。仲間を救うには、最善の行動だったと思います。それに、あの方々と契約している、貴方に指示を出された事の方が、我々にとっては光栄な事です」(上位の精霊)

「そう言ってもらえると、助かります」

「ですから、気にせずに、指示をください。貴方の指示通りに動いて見せましょう、今代の契約者よ」(上位の精霊)

「では、お言葉に甘えて。タイラントクラブを殲滅し、ユノックを守れ」

『了解!!』


各属性を司る、上位の精霊様たちが、一斉に動き出す。術士を消滅させた事で、呪の影響はなくなっているが、直ぐにでも、冷静な状態に戻るわけではない。暫くは、興奮状態が続くし、狂暴な攻撃性は元には戻らない。


次々と休まる事なく、呪に影響を受けていたタイラントクラブが、砂浜に姿を現していく。自らの内にある、衝動的で、本能的な何かに従って、人という存在を喰らいたいという思いのままに、突き進もうとする。


だが、そんなタイラントクラブたちを、土や石の腕が掴んでいく。そこに、風の刃・水の槍・炎の剣など、色とりどりの様々な魔術が、拘束されているタイラントクラブに向かって、襲いかかる。


それらは全て、タイラントクラブの命を刈り取り、残っているタイラントクラブたちに、その威力を示していく。この場にいる、全ての上位の精霊様たちには、十分過ぎるほどの魔力を、俺の方から供給している。ガンダロフさんたちの容態が安定したので、俺も主を討伐した時に使用したロングソードを取り出して、積極的に、タイラントクラブを狩っていく。


〈大分数は減ってきたが、まだまだいるな。少しギアを上げていくか〉


身体全体には、風属性の魔力を練り上げて、循環させ、圧縮して身体強化をする。さらに重ね掛けで、術士との戦いで行ったように、肘から先、膝から先に、雷属性の魔力を圧縮して強化する。


ロングソードには、主との戦闘の時と同様に、火属性の魔力を纏わせる。剣身が真っ赤に赤熱する。触れるもの全てを、焼き尽くすかのような、紅蓮の刃。その刃を、その身に受けるタイラントクラブは、全身を焼かれながら、静かに命の灯火ともしびを消していく。


タイラントクラブを狩り続けていると、ユノックの方から、大きな魔力をもつ存在が、近づいてきているのを感知した。しかし、その存在が近づいてくる事に、その存在の異質さが際立ってくる。


明らかに、魔力は人間族特有の魔力を感じるのにも関わらず、もう一つ、魔力を感じる。そしてそれは、何度感知し直しても、竜種の魔力であった。


「助太刀は要らんかもしれんが、加勢するぞ!!」(?)

「分かりました!!それなら、都市に近い方に向かってください!!」

「了解した!!」(?)

『味方の援軍が、そちらに向かいました。協力してあげてください』

『分かりました。何人程ですか?』(上位の水精霊)

『一人です』

『ひ、一人ですか!?大丈夫なんですか?』(上位の水精霊)

『見た限りだと、大丈夫そうです。それに、見てもらえれば、分かると思います』

『分かりま………、なるほど。確かに、これ程ならば、一人でも十分でしょう。こちらで、対応しておきます』(上位の水精霊)

『お願いします』


たった一人だが、援軍が来た所から、流れが変わった。一体にかかる討伐速度は上がり、数が少なくなった事で、より連携をとって討伐を行えるようになっていく。遠目から見る、たった一人の援軍の動きも観察するが、手に持つ青色の槍で、的確に突き貫き、タイラントクラブを討伐していく。その無駄のない動きも、技の冴えや練度も、上位の冒険者に遜色ないどころか、一部においては、上回っているのではないかと思う程だ。


最終的には、援軍による何十人分にも及ぶ、獅子奮迅の活躍もあり、ものの数十分で、呪の影響を受けていたタイラントクラブは、完全に殲滅出来たようだ。


徹底的に、生き残りがいないかを確認し、一息吐いていると、たった一人の援軍である紺碧こんぺきのプレートアーマーの騎士が、近寄って来た。


「此度は、貴方方のお陰で、都市に被害がなく、住民たちも傷付かずに済みました。ありがとうございました」(紺碧の騎士)


紺碧の騎士が、感謝の言葉を俺に言う。そのまま、槍を地面に突き刺して、兜を取る。紺碧の騎士の素顔は、短い刈り上げで、キリッとしたつり目をした、爽やかなイケメンさんだ。


だが、重要なのはそこイケメンの部分ではない。紺碧の騎士の髪と瞳は、身に纏うプレートアーマーと同じ、紺碧色をしている。それが意味する事は、目の前に立っている騎士は、海神セルベト様から、加護を授かっている者という事だ。


「私は、ユノック領主である、イーサル様の武芸指南役を勤めております。ネストール・ジェレミアと申します。以後、お見知りおきを」(ネストール)

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