第144話
ネストールと名乗った紺碧の騎士は、どう見ても、二十代前半から真ん中辺りの、若い男性だ。ガレンさんたちに聞いた話だと、五十代の黒髪黒目の男性だと言っていたんだが。そんな、俺の困惑に気が付いたのか、ネストールは、ああ、といった納得顔をして、俺に説明をしてくれる。
「武芸指南役を引き継いだのは、つい最近でして。正式に、引き継ぎが終わってはいるんですが、ユノックに住む皆さんには、まだお知らせが出来ていなくてですね」(ネストール)
「そうなんですね。では、私が聞いたのは、お父上の方ですかね?」
「恐らくは。父は、ガレンさんたちとも親交が深いですし、何より、酒飲み仲間ですからね」(ネストール)
「なるほど。しかし、その髪と瞳の色は………」
俺の濁した言い方にも、気分を害した様子もなく、普通に説明してくれる。
「ああ、カイルさんは、帝国にお住まいでしたよね。それなら、知らなくても無理はないです。この髪と瞳は、母方の血筋から受け継いだものです」(ネストール)
「というと、ネストールさんは、王族の方なんですか?」
「母は、公爵家の次女でした。ですが、私は王族とか、公爵家とか関係なく、ジェレミア家の騎士であり、ジェレミアの血を継ぐものです。なので、私は
「分かりました」
公爵家、つまりは王族の親戚である事から、ネストールさんも、海神セルベトからの加護を授かったのだろう。だがまあ、神から加護を授かれるのは、血筋だけではない。神とて親バカではあるのかもしれないが、愚か者ではない。加護を授けるに相応しい者なのかどうかを、しっかりと見定めている。
つまり、ネストール・ジェレミアという人間は、海神セルベトにとって、加護を授けるに相応しいと、思えるようなものを持っているという事だ。それは、武力であったり、知力であったりと様々だ。そこは、授ける側の、神たちがそれぞれ独断と偏見で選んでいる。
「カイル、終わったのか?」(ガンダロフ)
ガンダロフさんたちが、人魚や魚人の戦士たちと、肩を貸しあって、こちらに向かっていた。見たところ、なんの障害も残っていない様なので、心の中で、ホッと安堵する。
「はい、終わりました。精霊様たちと、こちらにいらっしゃる、ネストールさんの助力によって」
「何!?」(ガンダロフ)
「遅れて申し訳ありませんでした。丁度、タイミング悪く、他の都市からの帰りだったもので……」(ネストール)
「こうして、私たちも生きてる。助けにも来てくれた。それだけで充分よ。ネストール、貴方には貴方のやるべき事があった。ただ、それだけよ」(シフィ)
「その通り。流石はシフィ姐さん。良い事を言う」(シュナイダー)
「………むしろ、俺たちの方が情けない。………鍛え直しだ」(ラムダ)
ガンダロフさんたちには、まだ身体を休めてもらって、俺とネストールさん、それに精霊様たちで、汚れた砂浜を綺麗にしていく。タイラントクラブたちは、一ヶ所に集めておき、上位の水精霊様たちの力を借りて、砂浜全体を水属性の魔力で綺麗にする。
何人かの上位の精霊様たちに、ガレンさんたち漁業組合と、冒険者ギルドに向かってもらった。その際に、騒動が収まった事や、砂浜で人手が欲しいという事を記した、手紙を渡しておいた。
そのお陰もあって、砂浜を完全に元通りにし終わった段階で、タイミングよく、増員が来てくれた。彼らの視線は、ものすごい数が積み上げられている、タイラントクラブの山に、視線が釘付けにされている。増員の中にいた、ガレンさんやギルマスも、同じ様に呆然とした様子で、タイラントクラブの山を見ている。
だが、場数を踏んできた二人は、直ぐに我に返り、他の漁師や、冒険者たちに指示を出していく。指示を出された者たちも、我に返って、急いでタイラントクラブを、空間拡張された鞄に詰め込んでいく。
「ガンダロフ、シフィたちも、よくやってくれた!!あとで、たんまりと食わせてやる。だから、しっかりと休んでくれ!!」(ガレン)
「こっちからも、たんまりと報酬は払うし、上手い酒を、とびっきり上等な酒を用意するぜ!!後の事は、こっちに任せておけ。……こんだけ大量なら、領主や教会から、鞄を借りてきたのは、正解だったな」(ユノックギルドマスター)
ガレンさんと、ギルマスの言葉に、ガンダロフさんさんたちも、疲労が残りつつも、笑顔で応える。ネストールさんと俺も、まだまだ余力があるので、ガレンさんたちに混ざって、タイラントクラブを回収していく。
若い冒険者も、熟練の冒険者も、タイラントクラブの山に意識をとられていたので、ネストールさんがいる事に気付いた時には、ざわついていた。同じ様に、漁師の皆さんも、老いも若きも関係なく、ネストールさんの存在にざわついていた。冒険者からも、漁師さんたちからも、ネストールさんは好意的に見られているようで、
ギルマスが持ってきた鞄の容量の余裕が、徐々になくなっていく。だが、まだまだタイラントクラブは残っている。困っている所に、真打ち登場とばかりに、ナバーロさんと、ユノックに住む人々が、砂浜に姿を現した。
ナバーロさん自身も、住民の皆さんも、魔物を乗せて移動させる台車を、引いてきてくれている。持ってきてくれた台車の数があれば、残っているタイラントクラブも乗せて帰れるだろう。
「皆さん、早く英雄たちが英気を養えるように、手際よくいきましょう」(ナバーロ)
『応!!』
住民の皆さんが参加すると、さらに回収速度が上がっていく。最後の一体を回収し終わると、この場の全員で協力して、冒険者ギルドに運んでいく。
「カイル、俺たちも一緒に戻ろう。普通にしてる分には平気なほど、俺たちも回復した」(ガンダロフ)
「本当に大丈夫ですか?無理してませんか?」
「ああ、本当に大丈夫だ。無理をしてるわけでも、意地を張っているわけでもない。精霊さんの回復魔術のお陰だよ」(ガンダロフ)
上位の水精霊様が、ガンダロフさんの言葉に、少し気恥ずかしそうにしている。確かに、上位の水精霊様の、回復魔術の精度も練度も、凄腕と言ってもいいほどだった。それに、個人個人に魔術を発動するのではなく、ガンダロフさんたちと、人魚や魚人の戦士たちの全員の状態を把握し、個別に判別して展開・発動していた。
人魚や魚人の戦士たちは、一旦メルジーナ国に戻りたがっていたが、上位の水精霊様たちが、何人かの精霊様を戻らせて報告させる事で、戦士たちを納得させていた。俺たちは、最後尾で行列に続いて、冒険者ギルドにたどり着いた。
そこには既に、各種の準備を整え終えた、冒険者ギルドの解体班と、タイラントクラブを含めた海の魔物に精通し、豊富な知識を持つ、解体のプロフェッショナルな漁師たちが待ち構えていた。
彼らは、鞄の中のタイラントクラブよりも、食材としても素材としても傷みやすい、台車に乗せられている方を、優先的に解体していく。次々と、冒険者として使える素材の部分と、食材としての部分を、綺麗に分けていく。
「さあさあ、私たちも腕を振るうよ!!此度の英雄たちと、子供たちに優先的に配っていくよ!!」(料理担当のオバちゃん)
『はいよ!!』
解体班の近くには、元気のいい主婦連合が率いる、料理班が控えている。その中には、ナバリアさんと、ジェイクさんもいる。その主婦連合は、食材として分けられている部分を、手際よく料理としての姿に変えていく。単純に足を鉄板で焼いたものから、カニ鍋、カニ雑炊にカニ飯など、多種多様な料理が、物凄い連携速度で仕上がっていく。
オバちゃんの言う通りに、まずはガンダロフさんや、人魚や魚人の戦士たちへ、一番に振る舞われていく。その後に、俺やネストールさんへ。そして、精霊様たちにも、料理が振る舞われていく。
次から次に、空きっ腹に、美味しい料理を口に入れていく。ガンダロフさんたちも、人魚や魚人の戦士たちも、ただただ無言で、料理を食べていく。子供達も、料理を受け取って直ぐに口に入れる。普段とは違う、都市の様子や家族たちの様子に、戸惑ったり、不安になったりした気持ちが、吹き飛んだようで、笑顔になっている。
都市中の住民が、冒険者ギルドに集まっている。その全ての人々が、全員笑顔になっていく。ここまでの大事になるのも、そうそうないだろう。ありとあらゆる、都市としての機能が止まるほどの災害。そんな事が、そうそうあっても、困るけどな。
「カイルさん、例の方は?」(ナバーロ)
「大丈夫です。解決しています。海の方も、汚染されてはいません。念のために、後でもう一度、海の状態を確認にいきます」
「そうですか。それを聞いて安心しました。………復活の可能性はありますか?」(ナバーロ)
「それはありません。念には念を入れて、確認済みです。ただ、海の魔物に関しては、別の話です」
「と言いますと?」(ナバーロ)
「完全に侵食された魔物については、問題はありません。これは後程、関係者を集めておき説明したいと思います。むしろ問題になるのは、今回の襲撃のような、中途半端に、侵食や影響を受けていた魔物になります」
「それはいったい?」(ナバーロ)
「それは………」
ナバーロさんに、説明をしようと思っていたら、冒険者ギルドの入り口が騒がしくなっていく。そこに目を向けると、青い髪に青い目の男性が、ギルドに入ってきていた。美味しい料理に舌鼓を打っていた皆が、突然膝をついて畏まる。
「皆、今この時は、一丸となって苦難を乗り越えた、祝いの席だ。畏まる必要はない」(イーサル)
ナバーロさんの様子や、今の光景から考えるに、目に前にいる人物こそ、このユノックを治める領主さんなのだろう。目の前にいる領主さんも、海神セレベトから加護を授かった者の一人なのは、どう考えても明らかだ。
その領主さんは、子供たちと笑顔で話ながら料理を楽しんでいる、ネストールさんの所に向かう。子供たちは、領主さんが近づいてきた事に気付いて、その場から離れようとする。だが、その領主さんが、逆に子供たちに気を遣って、少し離れた位置で止まる。
「ネストール、怪我はないか?」(イーサル)
「ええ、傷一つありませんよ。心強い仲間もいましたしね」(ネストール)
「そうか。ならば、いいんだ。後で時間をくれ。今回の件を、関係者で情報共有する」(イーサル)
「分かりました。場所はどちらで?」(ネストール)
「恐らくは、私の屋敷か、ジェイクの所の、夕凪亭になるだろうな。まあ、使いをナバーロたちにも出す。ネストール、お前はここでゆっくりとしておけ」(イーサル)
「了解です」(ネストール)
領主さんは、それだけをネストールさんに伝えると、子供たちの頭を、笑顔で一人一人撫でていき、その場から去る。子供たちも、照れ臭そうだが、嬉しそうにしている。領主さんは、その後も住民の皆さんと、笑顔で話して交流している。
そして、ナバリアさんやジェイクさんと話ながら、料理に舌鼓を打つ。ガレンさんやギルマスとも、和やかに会話をしている。そして最後に、ナバーロさんの所に来る。だが、その目は興味深そうに、俺や、人魚や魚人の戦士たちを見ている。
「ガンダロフ、シフィたちも、改めてユノックを治める者として、礼を言わせてくれ。ありがとう。ガンダロフたちのお陰で、誰も傷付かずに済んだ」(イーサル)
「いや、俺たちは、出来ることをしただけだ。だが、ユノックの領主としての礼は受け取った。……イーサル、元気だったか?」(ガンダロフ)
「ああ、今日という日までは、平穏無事だったさ。だが、何度も言うが、それもガンダロフたちのお陰で解決された」(イーサル)
「いや、俺たちだけの力では、早々にやられてたさ。ここにいる、人魚や魚人の戦士たちの協力があってこそ、今回の魔物の襲撃を切り抜けられたんだ。それに、大本の原因を解決してくれたのは、そこにいるカイルと、美味しく料理を食べている精霊たちだよ」(ガンダロフ)
ガンダロフさんの言葉に、改めて領主さんがチラリと、俺と人魚や魚人の戦士たちを見る。上位の精霊様たちが、然り気無く、俺の前に立とうとしてくれる。領主さんは、それを見て、少しだけ口角を上げて、俺に近づいてくる。
『どうしますか?』(上位の精霊)
『大丈夫ですよ。貴女方は、料理に集中して楽しんでください』
『分かりました。用があれば、何時でも呼んでくださいね』(上位の精霊)
『はい。頼りにしています』
そう伝えると、上位の精霊様たちは、フラフラと新たな料理に向かっていく。領主さんが、俺の前に到達する。
「初めましてだな。私は、このユノックを治めている領主の、イーサルという。よろしく頼む」(イーサル)
イーサルさんが、俺に向けて、右手を差し出してくる。
「初めまして、領主様。俺は、カイルと言います。よろしくお願いします」
俺もまた、イーサルさんに右手を差し出して、互いにしっかりと目を合わせながら、その手を握り合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます