第140話
『何故、魔術と弓くらいか取り柄のない、エルフ程度の弱い存在に、傷一つ付けることが出来ない!!…………冷静になれ。まず分かっていることは、この身体では、ダメだという事だ。ならば………』(術士)
術士が何やら呟き、自己完結すると、シーサーペントの身体が、スライムの様な、軟体の塊のような姿にグニャリと変わる。その軟体の塊が、ウネウネと蠢き、形を変えていく。
「あれは、ホワイトシャークですかね?」
『色違いだけど、間違いなくホワイトシャークね』(青の精霊)
「ですよね。もしかして、喰らった相手の姿になれるのは、自分もって話ですか?」
『そう、みたいね。姿形だけなのか、能力までを含んだものなのか。それは、実際に戦ってみないと、分からないわね』(青の精霊)
『さっさとエルフを殺して、あの竜を喰らい、祖国に復讐をしなければな。ああ、楽しみだ』(術士)
「なんか、復讐に囚われてるみたいですよ」
『そうねぇ。しかも、逆恨みの匂いがするわね~』(青の精霊)
どうやら、シーサーペントの身体が、術士の新たな身体ではなかったようだ。シーサーペントの体を含む、喰らった全ての存在が、術士の身体。そして、術士という存在でありながらも、呪という存在でもあるという、トンデモ生物の様だ。シーサーペントの身体は、あくまでも強い力を持った、呪の最初の宿主として選んだに過ぎないという事か。
恐らくは、時間をかけて侵食し、シーサーペントの身体そのものを、呪という存在に置き換えたのだろう。そういう意味では、シーサーペントも、呪に喰らわれたものだと言える。喰らったものの姿に変えることが出来るのなら、シーサーペントの姿になっていられるという事にも、説明が付く。
『さあ、さっさと私の一部になりたまえ』(術士)
術士の戦意の高揚と共に、シーサーペントの時と同様に、その身体に漆黒の鎧を纏う。シーサーペントの時と違うのは、頭部の部分には、鋭い槍の穂先の形をした突起物が延びている事。さらには、ホワイトシャークの持つ、全てのヒレの部分の鎧が、切れ味が良さそうな刃になっている。術士は、ホワイトシャークの身体に慣れているようで、淀みなく動きながら俺に迫る。
術士が淀みなく動けるのは、処刑されてから、ヨートス殿に手傷を負わされ、眠るまでの間に、相当海で暴れまわったのだろう。その際に、海の魔物たちを喰らいに喰らって、己の一部として取り込んできたのだろう。問題は、青の精霊様が言っていた様に、喰らい取り込んだ魔物の能力を、使用できるかどうかだ。魔物の中には、厄介な能力を持つ魔物もいる。術士が喰らった魔物の中に、そういった存在がいる可能性がある。
ホワイトシャークとなった術士は、俺との距離を加速して一気に詰めてくる。さらに、ヒレの刃に水属性の魔刃を纏わせて、さらに切れ味を上げてきた。
『これでお終いだ』(術士)
術士は、正確に俺の首を斬り落とすために、左のヒレの刃で仕掛けてきた。しかも、二枚目の刃を巧妙に隠している。海と同化する様に、色を合わせている魔刃を、もう一枚伸ばして重ねている。術士は、自らが戦闘に
俺は、スッとトライデントの先端を首の左側を守るように掲げる。そのすぐ後に、金属同士をこすり合わせた様な、嫌な音が響き渡る。術士は驚いた様子でいながらも、高速で旋回して、再び襲い掛かってくる。その攻撃も、トライデントで受け流す。その後もヒレの刃で攻撃してくる。回数を増す事に、旋回する速さも、襲い掛かってくる間隔も短くなっていく。さらに、ヒレの刃だけでなく、鋭く尖った歯での噛みつき攻撃など、攻撃手段を変えたりしてくる。
そして、ガレンさんたちとの、魔道具の実験の際に出会った、ホワイトシャークの様に、氷属性の魔力も使ってくる。あの時のホワイトシャークと同じように、尾ヒレの真ん中を中心にして、氷の剣を生み出して、連撃を放ってくる。連撃の途中から、氷の剣を切り離して飛ばしてきたり、氷属性の魔刃を視認しにくい透明な刃を振るってきた。全てが必殺の刃も技も、トライデントを巧みに操り、流れるように受け流したり弾いていく。
『これならどうだ‼』(術士)
綺麗に受け流され、弾かれ続ける事に
『どうするの?』(青の精霊)
「とりあえず、身体を魔力で覆って、ぶん殴ります」
『なんか、魔力制限を解除してから、脳筋になってない?』(青の精霊)
「ハハハ、気のせいですよ。気のせい、気のせい」
俺は、今までとは比較にならない、超高密度の魔力で自らの身体を覆う。イメージしたのは、近未来を題材にした映画に出てきそうな、万能のパワードスーツ。迫りくる術士に対して、俺はトライデントを一旦魔力に戻して、力を抜いて無防備に立つ。術士はさらに加速して、俺の心臓目掛けて突っ込む。
勢いのよかった高速の回転も、時間を経つ事に回転が弱まっていく。術士の回転が完全に終わったと同時に、まずは一発。何の抵抗もなく、綺麗に術士の左の脇腹に、右の拳が突き刺さる。そのまま流れる様に、音を置き去りにした、光速の拳による無数の連打を叩き込んでいく。暫く殴り続けたのちに、最後の右ストレートを顔面に放ち、吹き飛ばす。
かなり遠くまで飛ばされた術士は、意識を失っているのか、身体から力が抜けているかのように見える。しかし、油断は出来ない。そのまま、近づかずに観察を続けていると、術士の身体がピクリとしたのちに動き出す。しかし、その動きは人間味のない、機械的なものに感じる。
『今は、呪の方が身体を動かしているようね』(青の精霊)
「もしかして、本当に術士の方は気絶してしまったんですかね?」
『あれだけの拳を、連打でモロに受け続ければ、気絶するでしょ』(青の精霊)
「でも、あれくらいなら、ヘクトル爺に何度もやられましたけど」
『師弟共々に、色々と感覚がズレ過ぎてるわよ』(青の精霊)
青の精霊様と話していると、再び機械的な動きから、元の感じに戻る。術士は、強烈な殺意を俺にぶつけながら、軟体の状態になる。その姿を再び変える。
今度はシェルオルカだ。ホワイトシャークとは違い、速度と氷属性の魔術での戦闘をメインに仕掛けてくる。先程の連打を受けた事で、必要以上に接近する事を警戒しており、ヒットアンドアウェイの戦法で、俺との距離をとりながらの戦闘している。なので、俺の方から距離を詰めにいく。
攻撃する側と防御する側が変わる。ひたすらに俺から距離をとるために逃げる術士を、俺が追っていく。トライデントを再構成し、追いついては攻撃を放つ。術士も必死に逃げていくが、俺の方が速い。トライデントのみならず、拳に蹴りにと、繰り出していく攻撃の幾つかは、確実に術士にダメージを与えていく。
『クソ‼クソ‼クソ‼』(術士)
術士は、ヒットアンドアウェイをしつつも、逃げから攻めに意識を切り替えた様だ。先程よりも積極的に、魔術による近接戦を仕掛けてくる様になった。機動力と氷属性の魔術を、上手く組み合わせて、様々な角度からの攻撃をしてくる。それに対抗して、海流を操作して機動力を奪い、氷属性の魔術には、同じく氷属性の魔術で打ち消す。
術士がいきなり
『次はブラッククラーケンね』(青の精霊)
ブラッククラーケン。その名の通りに、全身黒色のイカだ。得意な魔術は闇属性の魔術。元々のイカとしての、生物的な能力も有しており、吸盤の吸いつきや、墨を吐くなどの事もしてくる。そこに、闇属性の魔術である、体力や魔力を相手から奪う魔術などを使用してくる事で知られている。
〈足の数が尋常じゃないほどに多いな。こりゃ、幻影を使われてるな。つか、これ百本以上あるだろ〉
無数のイカの足の中に、本物と思われる、八本の足が存在するはずだ。それを見つけ出すのは、時間がかかる。なら、次も脳筋思考でいこうか。
俺は、トライデントに魔力を流して強化する。腰を少し落とし、右腕を引いて、大きく深呼吸を一回繰り返す。そして、目にも止まらぬ神速の突きを放っていく。
百本以上の偽物の足があり、探す時間がないのなら、全部の足を一突きでもって破壊すればいい。それに、全部破壊するつもりで攻撃すれば、幻影も本物もない。俺の放つ突きによって、次々と幻影の足が、もの凄いスピードで消えていく。術士の方も、速攻で対応されるとは思っていなかったようで、俺の突きに為すがままの状態で、いい様にやられてしまっている。
術士は急速に減っていく幻影を、補うために、新たに幻影を生み出していく。だが、俺が直ぐに、それすらも突き刺して破壊するため、結局は徐々に足の本数が減っていく。全ての幻影が消え去り、本物の足だけがその場に残る。俺は、そのまま動きを止めることなく、本物の足も破壊していく。
『理不尽め!!化け物め!!お前らみたいな脳筋は、何時だってそうだ!!俺の組み上げた、呪であろうと何であろうと、勘やら適当にやってみたら、壊れた出来たと、ふざけた事を言ってぶち壊しやがって!!お前らみたいなのが、研究の発展を妨げるんだよ!!』(術士)
術士の苛立った声が、大きく響く。
「脳筋に対して、相当な
『何時の時代も、常識をあっさりと越えていく、アホみたいに強い奴がいるのよ。運悪く、そういう奴と出会ってしまったようね』(青の精霊)
「なるほど。それで、一線を越える事を決意したって事ですか。………もしかして、その脳筋が、術士の処刑に関わってたりするんですかね?」
『ああ、その線もありそうね。長年溜まった鬱憤が爆発してって事なのかしらね』(青の精霊)
術士は、脳筋に対する恨み辛みが爆発し、徐々に興奮すると共に、ブラッククラーケンの身体が崩れていく。そして、ブラッククラーケンの身体の様々な場所から、サメ・シャチ・タコ、さらにはタイラントクラブにクジラまで、本当に様々な魔物の顔が、身体から現れては消えていく。
『そうだ、そうだ!!私はアイツを越えるんだ!!アイツを越えるためにはどうすれば?』(術士)
様々な魔物たちの顔が、ピタリと現れなくなる。術士の感情に、過去の思いに反応するように、ブラッククラーケンの身体が球体の、軟体の塊になり、四方八方に刺のような突起が出たり戻ったりし始める。
『アイツのような強靭さ』(術士)
術士が呟くと、突起がピタリと収まる。そして、球体が徐々に、ゆっくりと形を変えていく。
『アイツのような常人離れした身体能力』(術士)
球体から四本の突起が左右上下へ、それぞれ四十五度で伸びていく。上の二本の突起は少しだけ下に下がり、平行な高さで横一列になる。下の突起は、真下に下がっていき、横幅を空けて縦に二本並ぶ。
『アイツのような未来予知かの様な直感』(術士)
徐々に四本の突起が、空気を入れた様に膨らんでいく。それと同時に、球体が縦長に変形していく。それが次第に、筋肉質な人の体格になっていく。
『そして、アイツにはない魔の力を』(術士)
四本の突起は変化し終わると、人の両腕と両脚にであることが見て分かる。だが、頭部だけは違う。明らかに人の頭部ではなく、シーサーペントの頭部を、人のサイズに合わせた頭部だった。そして、身体の
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