第141話

術士は身体を一通り眺めた後に、満足したのか、身体に魔力を循環させて、身体の調子を確かめている。術士の身体全体への魔力の通りも良く、シーサーペントや、ホワイトシャークなどの時と比べると、遥かに質が上がっているのが分かる。


術士は、さらに自らの力を知るために、際限なく魔力を練り上げていく。練り上げ続けた魔力は、魔物の状態の時に比べると二から三倍にまで、膨れ上がっている。一通りの確認に満足したのか、ニヤリと口角が上がっている。


「ご満悦みたいですね」

『そうみたいね』(青の精霊)


術士は膨大な魔力を、循環させて身体強化をした。そして、一歩を踏み込み、一気に加速。


俺は、術士の放った右の拳をただ掴んで止める。術士は、止められた事を気にもせずに、今度は左の拳を放ってくる。当然、左の拳も掴んで止める。


『死ね。忌々しい脳筋が!!』(術士)


驚く事に、俺が掴んで止めた術士の拳が、俺が手を開いても離れない。何故?という疑問と共に、俺の腹に衝撃が走る。


術士の蹴りが、俺の腹を何度も襲うが、一向に俺の掌から、術士の拳が離れない。蹴られながらも、俺は術士とその両拳を注意深く魔力感知を行うと、僅かにだが、術士の拳が俺の掌に触れている部分から、魔力を感じる。


だが、仕組みが分からない。一体どの様にして、強制的な超近距離戦闘の状態にしているのかが分からない。成すがままの状態でいる俺に、術士は先程のお返しだとばかりに、速度と威力を上げてくる。


『カイル、一体どういうことなのかしらね?』(青の精霊)

「今のところは何とも…………。正直、驚いています」

『私もよ。似たような効果を発揮する魔術は幾つか知ってるわ。けれど、今回はどれにも当てはまらないわね。なんというか、固定されているというよりも、吸い付かれてるって感じね』(青の精霊)


青の精霊様の言葉に、俺の脳裏には、今までの術士との戦闘の記憶が、思い起こされる。


『何か分かったのね?』(青の精霊)

「はい。確証はありませんが、試してみます」


俺は、術士の拳から感知できる魔力量よりも、質と量を高めた魔力を練り上げて循環し、両手に魔力を圧縮させる。


そのタイミングで、術士が蹴りを放ってきた。俺の腹に直撃し、衝撃と共に吹き飛ばされる。その際に、俺の仮説が正しかったのかどうかを確かめるために、術士の拳を、確認しておくのも忘れない。


術士は、自分の拳が離れたことに、驚きを見せる。だが、直ぐ様追撃に意識を切り替える。今度は高密度の魔力を拳に纏わせて、再び俺の正面から殴りかかってくる。


『な、何だと!?』(術士)


術士の拳は、俺の掌に吸い付く事なく、受け流されていく。何の事はなかった。今までの戦闘で、答えは既に、術士自身が示してくれていた。


術士の組み上げた呪は、他者を喰らう事で、存在を取り込み、己の物とする、といったものだ。狂化と祖国に説明していたのは、術士の所属していた国が、戦争を推奨し、他国を侵略し、略奪によって栄えてきた国の様だ。上位の水精霊様たちが、術士の祖国に向かった際には、勝った国と負けた国の、貧富の差や身分制度による、生活レベルの差が酷かった様だ。そういった事から、実験的な意味でも、狂化と説明しておいた方が、国の上層部を説得しやすかったのだろう。


今の術士の身体は、取り込んだ、海の魔物の集合体の様な状態であると推察する。俺の掌と、術士の拳を離れさせない様にしていたのは、俺の掌と接する拳の指の表面に、ブラッククラーケンやポイズンオクトパスのような、吸盤が存在していたからだ。拳から感知した僅かな魔力は、この吸盤の力を使っていたからだろう。しかも、吸盤がタコの吸盤と、イカの吸盤が合わさった様な、ハイブリットな吸盤だった。


だが、吸盤の吸いつきにも限度というか、限界があるようだ。高密度の魔力や、圧縮された魔力を纏った部分には、流石に吸いつく事は出来ない様だ。対処法さえ分かれば、吸盤に関しては対応出来る。


『チッ‼………次はこいつでいってみるか』(術士)


術士は拳の表面に吸盤を残しながら、再び蹴りを放ってくる。今度は腹ではなく、顔面に向かってだ。吸盤の件もあり、俺は慎重に、放たれる蹴りの全てを避けていく。その際に、注意深く術士の両脚を観察していくと、脚に凶悪な尖った歯が、口を開いていて、獲物に喰らいつくかの様になっている。


ブラッククラーケンや、ポイズンオクトパスの吸盤の様に、凶悪な尖った歯は、ホワイトシャークなどの、サメやシャチなどの歯の良い所取りをしたハイブリットなのだろう。


術士は拳と蹴りを織り交ぜ始める。拳の吸盤に関しても、対処できるとは言え、油断は出来ない。そう思って、右の拳を受け流そうとすると、右腕に痛みが走る。


『ハハハ、これで終わりだ‼』(術士)


戦闘中に、右の拳の表面だけを、ハイブリットな吸盤から、ハイブリットな歯に切り替えていたようだ。そして、術士の勝利の宣言。まあ、自分の呪の凶悪さに自信があるだけに、傷口から侵食出来たという事で、勝利を確信したのだろう。


だが、甘い。何よりも、ヘクトル爺を筆頭に、師匠たちが超凶悪な呪の数々を扱えるのに、その弟子である俺が、仕込まれていないわけがない。それこそ、徹底的に、血反吐を吐くまで、本当に死ぬと感じたくらいには仕込まれた。


悪いがその経験から、この程度の呪に対して、何も恐れる要素はない。この呪よりも、侵食速度の速い呪も、痛みを伴う侵食も経験済みだ。この程度の呪は、師匠たちとの鍛錬の、初期の段階で仕込まれている。それでも、ナバーロさんやガンダロフさんたちの様に、耐性のない人たちからしてみれば、劇薬の様なものだ。だから、対応を急いでもらった。もし、術士がユノックの人々に呪を撒き散らしたら、間違いなくユノックという都市は滅ぶ。


俺は、勝利を確信して油断している術士の右腕を、トライデントで貫いて捩じ切る。俺の一連の動きは、強化された状態の術士の、知覚速度や反応速度を大きく超えたものだった様だ。ほんの少しの間を置いて、術士は腕を捩じ切られた事と、強引に捩じ切られた事の痛みが襲ってきた様だ。


『グッ……………。だが、甘い‼』(術士)


術士が笑う。トライデントの穂先に突き刺さっていた術士の右腕が、グネグネとその形状を、急速に変えていく。それはポイズンオクトパスの頭部になり、俺の顔面に向けて、墨を吐きかけてくる。視界を塞いだと判断した術士は、ポイズンオクトパスの頭部を、小さいシーサーペントの姿に変化させて、自らの右肩の部分にくっつける。


術士の笑みは崩れない。右腕の傷口から、侵食した呪が、俺を苦しめていると思っているんだろう。まあ、俺の体内に、呪が入り込んでいる事は事実としてある。入り込んだ呪が、俺を侵食しようとしている。俺は、呪に干渉する。ほんの数秒で、呪を掌握する事に成功する。


一分、二分と、互いに動かないまま、時間が過ぎる。徐々に、術士の顔から笑みが崩れていき、笑顔から困惑の表情に変わっていく。何時まで経っても、俺の様子に、何の変化もないからだろう。


〈師匠たちと、比べるのはどうかと思うが………。この程度の呪か〉


俺は、右腕をかかげる。既に右腕の傷は再生して傷跡はないが、噛まれた場所から、漆黒の呪が逆再生の様に、体外に出ていく。その呪を一纏めにして固めて、右手の人差し指で、そっと触れる。それだけで、呪は自己崩壊するように、粒子となって消えていく。


『………一体、何をした⁉』(術士)

「…………」

『答えろ‼エルフ‼』(術士)


術士は、自分の知らない呪に関する技能を見て、興奮したようにも、羞恥を隠すために怒っている様にも見える。背中から大量の触手を生み出して、俺に伸ばしてくる。迫りくる触手を、トライデントで捌いていく。だが、数本を捌き切ると、トライデントから煙が出ているのに気づく。


よく観察すると、触手が少しだけ、テカっている様にも見える。トライデントの、煙の上がっている部分をよく見てみると、酸によって溶かされている様だ。あの無数の触手の一本一本には、取り込んだ海の魔物の酸が含まれているのだろう。トライデントを確認しながら、時間差や太さなどを変えた触手を避け続ける。


避けられた触手は切り離されて、俺の背後から、ウツボの様な魔物の姿に変わって、噛みつこうとしてくる。それも、魔力感知によって把握しているので、後ろを見ることなく避ける。避けられたウツボは、術士の身体の中に突っ込んで、戻っていく。


『…………フン‼』(術士)


背中の触手で俺を攻撃しながら、迫ってくる。無数の触手に、術士の拳と蹴りも追加される。拳と蹴りも避けていたが、術士もワンパターンではない様だ。さらに、両拳の形は、甲殻類最強とも言われている、シャコの脚の形に変化する。


俺に向かって、光速の拳の連撃が放たれる。周囲の海水が、一瞬で蒸発する。両拳も、放たれる瞬間に、ピカリと光って見えるほどに速い。


無数の触手を避けながらも、術士の光速の拳を受け流していく。シャコの一発は、ガラスに罅を与えることが出来ると聞いたことがある。それほどまでに、術士の放つ光速の拳には威力がある。


『まだまだ‼もっと速くなるぞ‼』(術士)


術士は、魔力をさらに籠めていく。それによって、両拳の威力と速度が上がる。


トライデントに魔力を圧縮させる。腰を落とし、型を意識して、構える。そして、一突きで、相手を殺すという意思を、トライデントに籠めて放つ。術士の光速で放たれる両拳と、俺の放つ、光速のトライデントによる突きが、激突する。


両拳とトライデントが、互いの破壊力によって徐々に壊れていく。最終的に、タイミングを合わせたかの様に、同時に拳とトライデントが、使い物にならなくなる。


術士は、背中の触手を引っ込めて、サメやシャチなどの背ヒレを、背中に現れる。壊れたシャコの両拳は、人の拳に戻り、両腕と両脚から同じくヒレのようなものが現れる。腕は手首から肘にかけて、脚はかかとから細長いヒレが伸びている。


『まだまだ私の強さは、こんなものではない!!』(術士)


俺は、静かに、魔力制限を解除した状態での、全力の魔力を練り上げ、循環させる。身体の外にまで溢れていこうとする魔力。その魔力を、圧縮させて身体にとどめる。


『終わらせるのね?』(青の精霊)

「はい」


術士は、今の俺の全力の魔力量に、戦慄している。まあ、誰がこの場にいても、この魔力量は、尋常ではないと感じるのは、間違いないだろうけど


『何だ、この魔力量は!!これは、人が到達できる領域ではない!!貴様、ただのエルフではないな!!…………危険、危険だぞ!!貴様は、私の野望の前に立ち塞がる、危険な存在だ!!』(術士)

『ですって』(青の精霊)

「ああいう奴は、揃って似たような事を言うものです」


術士がホワイトシャークや、シェルオルカの時の様に、高速で移動して、ヒットアンドアウェイの戦法で仕掛けてくる。先程と違うのは、より高度な三次元的な動きに、海の魔物の力を他にも使えるという点。


術士の身体に現れたヒレは、ヒレであり刃でもある。的確に人の身体の構造的弱点、つまりは腕や脚の関節や、アキレス腱などの、身体を動かすという事における、人の身体にとって大切な部分を集中して狙ってくる。


『まだ、足りないか!!それならば………』(術士)


術士の皮膚が、魚の鱗の様に変化する。それに加えて、身体全体に甲殻類の外骨格の様な、装甲が生み出される。 最後に、その装甲を強化するように、呪の漆黒の鎧が覆う。


『ハハハハ、これで終わり………!!』(術士)


術士が俺に、漆黒に鎧で強化されたヒレの刃を放ち、興奮しながら叫んだ。だが、次の瞬間には、俺の超高密度に圧縮された魔力で身体強化された、音を置き去りにした光速の蹴りが、術士の顔面にめり込み、術士は派手に吹き飛んでいく。


「じゃあ、始めましょう」

『そうね。始めましょうか』(青の精霊)


――――蹂躙じゅうりんを――――

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