第127話

ナバーロさんの宣言に、ガレンさんを含めた、周囲の漁師たちが歓喜に沸き立つ 。その様子を、ナバーロさんもガンダロフさんたちも、嬉しそうに見ている。術式を見たところ、結界を正二十面体を中心に展開するというものと、魔力を術式に籠めて発動させると、結界を発動させた対象から離れないように、空間に固定されるようになる、という二つの機能を備えているようだ。試作品と完成品という話だったが、術式の内容自体に変わりはないように思える。その二つの違いは、実際に使っている所を見ない事には分からないな


「ナバーロ、こいつらは倉庫に厳重に保管する。一旦、竜車を倉庫の方までお願いできるか?」(ガレン)

「ええ、もちろんです。お客様の手にしっかり渡すまでが、我々商人の責任です」(ナバーロ)

「それじゃ、往きましょうか」(ガンダロフ)


ガレンさんを先頭に、漁業組合の建物の裏にある倉庫に向かう。倉庫の中には、漁に使うであろう、普通の金属で作られている銛などが綺麗に整頓されて置かれている。中々に使い込まれていたりするものから、新品同様のようなものまで存在する。これらがありながらも、新規に魔道具としての銛や網を注文するという事は、普通の金属のものでは限界が見えているという事なのだろうか?


〈だが、見渡す限りにおいて、漁師の方々にひ弱そうな感じの人はいないが…………そうか、魔力量か〉


肉体的には皆、標準以上の肉体に仕上げているが、魔力量に関して言えば全員の魔力量は多い者もいれば、少ない者もいる。そういった事を前提に考えると、普通の金属で作られている銛や網を魔力で強化する際にも、強化率や持続時間などが、多いものと少ない者で差が出来る。これに関しては、漁師に限らず、どの様なものや状況でも起こりうるものになる。恐らくは、ガレンさんたちも、何か手はないかと考えた時にたどり着いた一つの答えが、魔道具という事なのだろう。そう考えた俺は、再び意識して銛や網を見ていく


〈付与されている術式の、発動にかかる魔力消費量が格段に少なくなっている。ここまでの効果を発揮させるのに、少なくとも一般的な術式なら、もっと魔力が必要になるはずだ。確かに、この程度の少ない魔力で、低燃費に抑えられるのなら、魔力量に関するハンデは解決されていると言ってもいいな〉


俺が自分の世界に入って、色々な事に納得している間に、荷物の納品が終了しており、ガレンさんとナバーロさんが話し込んでいる所だった


「ナバーロ、今日の所は試作品を含めた調整は無しだ。明日の朝一から、余裕をもって始めたいと思う」(ガレン)

「ええ、私たちの方もそれで構いませんよ。ガレンさんの言う様に、焦って事故でも起きたら、笑い話にもなりませんからな」(ナバーロ)

「そう言ってくれると助かるぜ。それとは別の話になるんだが、今日は俺たちの方で歓迎をと思ってな。今日の夕方に、夕凪亭でどうだ?」(ガレン)

「それは、ありがたい事です。ぜひ、お受けいたしますよ」(ナバーロ)

「ガンダロフたちも、そっちの新顔のエルフの兄ちゃんの分も、たんまりと食材を用意してあるからな。楽しんでくれよ?」(ガレン)

「もしかして、ジェイクさんたちの仰っていた夕食を楽しみに、というのは、ガレンさんたちのおもてなしの事ですかな?」(ナバーロ)

「ああ、そうだ。ジェイクたちに頼んで、その腕を振るってもらう事にしたんだ。まあ、あいつらも、快く引く受けてくれたがな」(ガレン)


俺は、元冒険者というジェイクさんたちが、自分たちで現地に往って、海産物を用意したのだと思っていた。だが、本職の漁師であるガレンさんたちが自ら厳選してくれたというのなら、鮮魚を含めたあらゆるものの質は相当に高いと予想が出来る。それに加えて、人気の宿である夕凪亭のシェフであるジェイクさんの腕によって、それらが高級店にも負けないような料理に変わるとなると、今晩の夕食はより一層楽しみになる。それは、ナバーロさんもガンダロフさんたちも同じようで、俺と同じように今晩の夕食に向けて思いを馳せているようだ


夕食時までは時間がある様なので、俺はナバーロさんたちに自由行動の許可を得て、海の方に来ていた。俺としては、ガレンさんたちが、普段どのような海の魔物を相手にしているか、興味が湧いたというのもある。ヘクトル爺が、お土産で持って帰った来た海産物に関しては、既に食材として解体された後のものになっていたので、実際の魔物の姿を見た事がなかった。ガレンさんたちには、不用意に近づくものではないと言われたが、ナバーロさんやガンダロフさんが説得してくれた事や、姉さんの弟だということを伝えると、それならと納得したような顔で頷いていた


〈姉さんもリナさんたちも、ここでまた何かしらしたんだろうな~。じゃなきゃ、ここにいる全員が何の文句もなく、近づく事を許すわけない。………近づいてきているな〉


俺に近づく存在が一つ。感知した相手の位置は、俺の真下。相手の不意打ちの攻撃が砂の中から現れる。俺はそれを、後ろに下がって避ける。避けた数秒後に、ガキンと音が響く。俺の下から現れたのは、巨大な赤い蟹のハサミだった。さらに、着地した俺の下から、もう一つのハサミが襲い掛かってきた。その時間差で攻撃してきたハサミも避けると、ついに、蟹本体が土の中から地上に上がってきた。大きさは三メートル、全長は五メートルほどの巨大な蟹だ。全身から強烈に魔力を昂らせ、辺りに振り撒きながら、俺を威圧してくる。蟹は、今度は自慢のハサミに魔力を纏わせて、左右から連続での切り裂き攻撃を仕掛けてくる


俺は異空間から抜身のロングソードを取り出す。特に魔力で強化する事もなく、通常の状態の剣身で、蟹の両ハサミを捌いていく。暫くすると、蟹の方も自らの攻撃が意味をなしていないと気づいたのか、ピタリと動きを止めて、高速で横歩きをして俺から距離を取る。身体の正面を俺に向けて、口元に魔力を急速に圧縮し、水属性の魔力で生成した泡を俺に向かって吹き始めた


〈見た目から推測するに、触れると爆発するタイプのものかもしれないな。少なくとも、切断系ではないな〉


様々な大きさの泡が、俺に向かって近づいてくる。嫌らしいと思うのは、小さければ早く、大きければゆっくり、といったような大きさによって速度が変えられているところだ。蟹も、ただ闇雲に泡を放つのではなく、俺の正面の空間を覆いつくす様に、大小の泡を避けられないようにしている。試しに魔力を弾丸の形に変えた魔弾を泡に向かって放ってみる。魔弾が大きい泡に触れる。泡が弾けると同時に、視認や感知をすり抜けるように仕込まれた高圧縮の魔力が周囲に向けて爆弾が爆発するように衝撃波と熱を放つ


迫りくる熱波を、二枚の魔力障壁を重ねて展開して防ぐ。爆心地を見ると、結構な大きさのクレーターが砂浜に出来ている。魔力障壁は一枚目の魔力障壁に、小さい亀裂が出来ているくらいの威力だ。今度は小さい泡に向けて魔弾を放つ。小さい泡も同じように、魔弾が触れて、弾けた瞬間に熱波を放つ。感じられる魔力の質の違いから、魔力障壁を三枚重ねて展開した。一枚目が完全に割られ、二枚目に深い亀裂が入っている。地面に作られたクレーターの大きさは、大きいサイズの泡が弾けた時よりも、見た目にも分かるほどに大きい


〈大きい泡は牽制用もしくは小さい泡に当てるための誘導用、そして、蟹の本命は小さい泡か。大きい泡に関しては、魔力障壁一枚に傷つけるのがやっとの所。小さい泡は、魔力をさらに圧縮していることから、大きい泡とは威力が段違いだったな。しかも、弾けるまでは、圧縮されていたという事すらも感じさせない腕を持っているという事か〉


自分を中心にした地面の中までを含めた三百六十度の高濃度の魔力を籠めた球体状の魔力障壁を展開する。この魔力障壁は中からの攻撃は通すが、外からの攻撃は通さないようになっている。俺は魔力障壁を展開したまま、蟹に向かって進んでいく。蟹は泡の動きを変えて、俺に向けて大小の泡を一点に集中して連鎖爆発させて、魔力障壁を破ってから、残りの泡を俺に当てようという考えなのだろう。俺も魔力障壁に念には念をと、さらに追加で魔力を籠めて強化する


目の前が、チカチカと短い間隔で光っては衝撃だけが、連続して俺に伝わってくる。しかし、魔力障壁が破られるどころか、罅の一つも存在しない。蟹は俺の様子を確認する事もなく、全ての泡を使い切る。しかし、俺の魔力障壁すらも完全な状態のままでいた事が予想外だったように、動きが一瞬だけ止まる。俺はそのまま、止まることなく蟹に近づくために、歩みを再開する。蟹は自身の技が通用しなかった事に動揺と怒りと共に、両ハサミに高濃度の魔力を籠めて高々と上げて威嚇してから、俺の魔力障壁に向けて叩きつけるように連続での振り下ろしを仕掛けてくる


〈流石に、ここまでの高濃度の魔力を纏わせての連撃になると、だんだんと傷が入っていくな。だが、魔力障壁を破るほどでもないか〉


蟹は攻め方を変えてきた。無属性の魔力をハサミに籠めるのをやめて、水属性の魔力に切り替えてきた。蟹は両ハサミを閉じた状態に変えた。すると、両ハサミを包み込むように水が覆う。そして、その水に包まれた両ハサミを、先程と同じように振り上げていく。ハサミの様子や、水属性の魔力と蟹の行動から推察できたものが、数秒後には現実となった


蟹の振り下ろした右のハサミから鞭のようにしなった水が、薄い刃のようになり、俺の魔力障壁に触れる。そのまま、俺の魔力障壁が存在してないかのように、水の刃が避けた俺の傍を通り過ぎて、地面に裂け目を作る。そのまま今度は流れるように左のハサミが振り下ろされる。魔力障壁を展開し直す間もなく、俺に向かって正確に向かってくる水の刃を、ロングソードで迎え撃つ。ロングソードの剣身と水の刃がぶつかり合い、拮抗状態になる。そこで蟹が先に仕掛けてくる


〈一気に水の刃を消して、再び充填した右のハサミでの水の刃を、態勢の崩れた俺に向けて放つ、という考えなのだろうな〉


拮抗していた水の刃が消え、頭上から水の刃が唐竹割の様に振り下ろされる。俺は、周囲の気温が一気に変わるほどの熱を持つまでに高めた火属性の魔力を急速に練り上げて、ロングソードの剣身に炎を纏わせる。そして、迫る水の刃に向けてロングソードを振るう。ロングソードの剣身に水の刃が触れた瞬間に、水の刃がボコボコと音をたてて、沸騰して蒸発して消える


そこに畳みかけるように、蟹の左ハサミが左フックのように、振られる。振り下ろされる水の刃よりも、体感速度倍以上の速さで水平の状態で迫ってくる。これこそが、蟹の最終的な狙いであり、慣れた感じの様子から、今までの手ごわい敵はこの三段構えの技で仕留めてきたのだろう


〈確かに、これは必殺の技と言ってもいいレベルだな。だが………〉


ロングソードに纏わせた超高熱の炎を、ロングソードの剣身内に圧縮させる。剣身が、赤熱し、紅蓮の色に染まっていく。水の刃に向けて、無造作に、軽く水平に振る。圧倒的で暴力的なまでの空間そのものを焼き尽くすかのような熱が、軽く振るわれたロングソードから放たれる。蟹の閉じた左ハサミが俺の眼前を通り過ぎていく。俺は、ロングソードの剣身に圧縮された熱を、さらに高めていく。溢れ出る熱が周囲の空間を歪めている。蟹は、完全に水の刃を自らの予想外の方法で無効化され、思考停止も相まって完全に固まってしまっている。しかし、それも数秒。自らの生存本能を刺激され、自らの生きてきた時間の中で最高の身体強化と、自慢の両ハサミを、水属性の魔力で切れ味の強化を施して真正面から襲い掛かってきた


「≪ほむらつるぎ≫」


ゆっくりと、ロングソードを真上に振りかぶって、一気に振り下ろす。迫ってきていた蟹の動きがピタリと止まる。辺り一帯に、焼けて蒸された蟹の良い匂いが漂い始める。それと同時に、蟹の身体が真ん中で綺麗に分かれて、俺を綺麗に避けて地面に落ちる。俺は勿体ないと思いながら、すぐさま蟹に向けて浄化をかけて砂などの汚れを落として、魔力で包んで汚れないように保護してから、食材用の鞄を取り出して中に仕舞っておく。まさか、海の観察に来ただけで、蟹の魔物に襲われるとはな。もしかして、俺が思う以上に、この世界の海や砂浜という場所は危険なのかもしれない

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