第126話

外観もそうだったが、内装にもかなりの力の入れようだというのは、見て分かる。一階は食堂を兼ねているようで、机と椅子が綺麗に配置されている。入って右側にはカウンター席も用意されており、外観や内装の部分のみを見たとしても、人気店なのだろうというのはよく分かる。暫く眺めていると、食堂の調理場の方から、外見年齢四十代の人間族のオバちゃんが現れた。オバちゃんは、ナバーロさんとガンダロフさんを見ると、嬉しそうに笑いながらカウンターの外に出て、二人と抱擁し合っている。その後に現れた同じくらいの外見年齢の人間族のおっちゃんが出てきて、同じように二人と抱擁する。二人とも、魔力が豊富だし、動きの節々から推測するに、元傭兵か、元冒険者なのだろう


「久しぶりだな、ナバーロ」(宿のおっちゃん)

「ああ、久しいな、ジェイク。ナバリアも元気そうで何よりだよ」(ナバーロ)

「まあね。身体が頑丈なのが、私たちの取り柄の一つだよ。ナバーロも、ガンダロフの方も元気そうじゃないか」(ナバリア)

「ナバーロさんの所で、いつものメンツで仕事させてもらってるよ」(ガンダロフ)

「そうかい、それならいいんだ。シフィたちにも会って、色々聞いたよ。相も変わらずに、無茶ばっかりしてるみたいだね~。ナバーロも、ガンダロフも、いい年齢なんだから、少しは大人しくしな」(ナバリア)

「そうだぜ。俺たちみたいに、後輩たちに任せて、悠々ゆうゆうと好きな事をするのに限るぜ。何時までも、上に居座り続けると、下からは色んな感情で見られるしな。だから、ある程度、信頼できる奴らが下から這い上がってきたら、早々に席を譲ってやるのが良いと思うぜ」(ジェイク)

「まあ、それは分かってはいるんだがな………。早々に引退できるほど、粒ぞろいって訳でもないんだよ。出来ても、後十年は必要だな」(ナバーロ)

「俺の方も同じだよ。基本的に、商人の専属になるってのは、今の冒険者からしてみると、変わった考え方になっちまってるからな。ランクを上げて、あわよくば………って、成り上がりの方が主流だな」(ガンダロフ)

「嘆かわしい」(ジェイク)

「でも、その子は違うって事だろ?レイアちゃんたちの、弟さんだろう?」(ナバリア)


そこで、ナバリアさんとジェイクさんは、俺を品定めするかのように見る。俺が特に、身動ぎする事も、感情が動くこともない事から、何かに納得したように頷いて近寄ってくる


「初めましてだね。私はナバリア。夕凪亭の女将をしているよ。で、こっちが……」(ナバリア)

「ナバリアの夫で、夕凪亭でシェフをしてるジェイクだ。よろしくな」(ジェイク)

「よろしくね」(ナバリア)

「カイルと言います。よろしくお願いします」


俺が頭を下げて、挨拶すると、驚いた様子を見せる二人


「聞いていた通りに、レイアちゃんとは正反対だね~」(ナバリア)

「ああ、レイアの奴とは、仲良くなるのに時間がかかったからな。心を開いてもらうまでは、基本的に冷たい対応だったからな」(ジェイク)

「あれには手を焼いたね~。でも、一旦仲良くなると、素直な感情を見せてくれる様になったからね~。そういった所も可愛いのよ、あの子は」(ナバリア)

「それは間違いねえな」(ジェイク)


どうやら、姉さんとお二人は相当長い付き合いの様だが、姉さんは基本的に、身内と認めた者以外には相当冷たい。メリオスで出会った、あの五人組の様に、路傍の石ころの様に対応する。本人から聞いたことがあるが、メリオスで冒険者として活動を始めた当初に、あの五人組のような奴らに絡まれ続けた事から、面倒くさくなって、そういう対応になっていったと言っていた。お二人の様子からも、姉さんが初手から威圧していたようだ


「カイル、この国もユノックも初めてだろう?」(ジェイク)

「はい、初めてですね」

「今日の夕飯は、海産物をメインにしたものを、中心にしてるからな。楽しみにしておけよ」(ジェイク)

「ホントですか⁉おお、楽しみです」

「それは私も楽しみですね‼久々に、ジェイクさんの、海産物を使った料理を食べられますからね」(ナバーロ)

「俺も楽しみだな~」(ガンダロフ)


そんな風に会話をしていたら、二階へ続く階段から、シフィさんたちが降りてきた。三人とも、この夕凪亭でリラックスしていた様で、長旅の疲れがとれて、心なしかスッキリとしたような雰囲気をしている。それと入れ替わりで、俺たちはそれぞれ自分の部屋に案内してもらい、不要な荷物だけを置いて、一階に戻る。俺に関しては、大きい荷物も含めて、全て異空間内に仕舞いこんであるので、自分の部屋の位置の確認だけすませたので、俺が最初に戻ってきたようだ。帝国内でも空間拡張された鞄などは、あまり数が流通しておらず、所持しているのは貴族の中でも上位の貴族や王族のみ。商人においても、大商人やお抱えや仲の良い時空間魔術を扱う事の出来る魔術師がいる人のみ。それらの魔術師も少数だという事を考えれば、そういった品物が貴重なのは、商人でなくとも知っている


ナバーロさんも、やり手の商人だが、空間拡張された鞄は一つしか持っていない。それも、拡張された空間が一番狭いものになる。今回の竜車の中に積み込んだ重要な荷物に関しても、鞄の中には、その中でも最も重要な品物だけ、仕舞いこんでいるようだ。俺にしても、姉さんたちにしても、ナバーロさんよりも質が高く、拡張された空間も広いものを持っている。これらの事は、姉さんたちもナバーロさんには秘密にしているようだ。まあ、ナバーロさんたちも、気づいてはいるが、冒険者相手の暗黙の了解として、聞くことはない。それに、姉さんたちも、兄さんも、自分が時空間魔術が使える事を、言うつもりは今の所はないようだしな


〈姉さんたちの持っている鞄は、俺が作ったものだからな~。里に遊びに来た時に、机の上に置きっぱなしにしてたのを、母さんがお土産にって渡したんだよな~〉


あの時は焦った。趣味で製作していた鞄たちが消えていたからな~。姉さんたちが帰った後に、焦って探していた俺に、母さんがニコニコしながら、お土産に鞄を渡したと聞いてガックリしたのを思い出す。母さんは、その鞄が普通の鞄ではないと知っていたから、俺が逃げた事に対しての謝罪の意味で渡したと、後で聞いた。それに、その鞄を取り返すために、里の外に出る気になってくれればと思っての行動だったらしい。その時には、既に引き籠っていたから、母さんなりに、俺の事を考えた末の強行策だったという訳だ。まあ、姉さんたちも、大事に今でも使ってくれているので、取り返そうという気持ちはない


俺の数分後に、ナバーロさんとガンダロフさんが降りてきた。全員が揃ったので、今回の目的である、取引相手の漁業組合の組合長であるガレンさんに会いに行く。漁業組合はギルドとは違い、カナロア王国と海沿いの都市のみ存在する組織というか、集まりになる。組合に所属しているのは、主に漁師など海に関わる人たちになる。この都市では、漁業組合にも一定の発言力が存在するそうで、領主もしっかりとした理由なしには無視できないくらいには、重要視されている。まあ、ナバーロさんから聞いたところによると、歴代の領主と漁師の関係は良好で、何度か喧嘩はあったものの、決定的なまでの亀裂が起きた事は一度もないそうだ


漁業組合のある場所は、冒険者ギルドのある位置に近く、夕凪亭からも近い。竜車を引く土竜と共に、ゆっくりと歩いて向かう。五分ほどでたどり着いたのは、横幅のかなり広い二階建ての大きい建物だった。周辺の建物に比べても、漁業組合の建物は、かなりの大きさを誇っている。竜車は外に留めて置き、ナバーロさんを先頭にして、建物の中に入っていく


「おう、ナバーロじゃねえか‼それに、ガンダロフたちもか‼久しぶりじゃねえか‼」(日に焼けたお爺さん)


入って直ぐに、目的の人物であるガレンさんと丁度のタイミングで会うことが出来た。日に焼けた肌に、綺麗な銀と白の混じった髪に、紺青こんじょうの瞳をしているお爺さんだ。服装も、ザ・漁師といったような、格好をしている。しかし、年齢を感じさせない姿勢や、活力をその姿から感じる


「お久しぶりですな、ガレンさん。お元気そうで、何よりです」(ナバーロ)

「応よ‼まだまだ、現役だぜ‼組合長なんて、若いもんに譲って、もっと海に出ていたいんだがよ‼」(ガレン)

「相変わらず、海がお好きなようですな」(ナバーロ)

「まあな。ここで生まれて、ずっと海を見て生きてきたからな。それに、漁師として生きて来たことに誇りもある。俺は死ぬまで漁師だし、死ぬまで海を眺めて生きていく、ただそれだけだ」(ガレン)


ガレンさんの語る言葉に熱を感じる。里の師匠たちや、メリオスのシゲさんたちのような、職人の持つ熱い魂を感じる。ガレンさんの周りの人たちも、ガレンさんの言葉に感動したり、共感したりしているようだ。それくらい、ここの漁師の人たちにとって、海という場所は大切なものなのだろう


「それで、ナバーロが来たって事は、注文していた物が届いたってことか?」(ガレン)


ガレンさんの言葉に、周りの漁師の方々も嬉しそうな顔になる


「ええ、そうです。大分時間がかかりましたが、試作品と完成品の幾つかを、先行して頂いてきました。我々の方は、何時でも大丈夫ですが、どうされます?」(ナバーロ)

「そう、だな。直ぐにでも試してみたいところだが………焦りは禁物だ。とりあえず、物はこちらで引き取ろう。見せてくれ」(ガレン)

「分かりました。では、向かいましょう」(ナバーロ)


ガレンさんを連れて竜車に向かう。俺も一緒に向かうが、組合の建物の中にいた、他の漁師たちもついてくる。俺はナバーロさんの護衛という事で附いてきているが、ナバーロさんがユノックまで運んできた品物については知らない。俺としても、そういった所を知ろうとするのは、よくないと思ったので、特に聞いてはいない。ただ、竜車の上に乗った時などに、魔力を感じたことから、恐らくは何かに使う魔道具の類いではないかと予想していた。ナバーロさんの言った、試作品などの言葉から、その予想は正しかったのだろう


皆で見守る中で、厳重に結界魔術まで使って保管していた品物を取り出す。まずは、銛。素材は錆びに強いとされている魔金属が使用されているようだ。魔力を感じる事から、品質を維持する魔術に、貫通力強化や、銛の返しが刺さった状態で固定される様になる術式が付与されている。次は、網。こちらも同じように、錆びにくい魔金属を網状に変形させて形状を固定させている。こちらはシンプルに魔力を流す事で、形状を固定させている魔金属の網を、さらに硬化させるという術式が付与されている。この世界の海に生きる生物にもなると、普通の網などは簡単に食い破ったりしてしまうのだろう


次は釣り竿。旅の途中でガンダロフさんに聞いたところ、この世界での釣りも命がけになるそうだ。まあ、普通の網ですら食い破る様な生物が生息している事から、釣り上げようとする最中も、釣り上げた後も、襲われる事が間違いないという。なので、このユノックで釣りを行うのは、腕に自信のある冒険者か、そういった生物に慣れもあり腕っぷしもある、漁師くらいのものだそうだ。そして、最後にナバーロさんが自ら空間拡張された鞄の中から取り出したものが、正二十面体の形状をした魔道具だ。大きさでいえば、バスケットボールほどの大きさをしている


「こいつが、例の物か。他の物は、完成品なんだよな?」(ガレン)

「そうですな。後は、実地で試していただいて、感想や改善点を教えていただければと思います。その後に、修正を加えた品物を持ってきますので」(ナバーロ)

「そうかい、そりゃ、助かるよ。ただ、こいつに関しては慎重に事を進めないといけねぇな。数自体も少ないんだろ?」(ガレン)

「ええ。使われている素材に関しては、時間さえかければ、入手できます。ですが、中身の術式に関しては複雑で、精密に構築してあるようでして………。製作するのにも、一つに何か月も時間がかかるそうですな」(ナバーロ)

「まあ、そうなるよな。ここまでの物を作り上げるのに、時間がかかるのは当然だろう。仕上げてもらっただけでも、こちらとしては、助かるさ」(ガレン)

「そう言ってもらえると、助かります」(ナバーロ)


正二十面体の魔道具の凄さは、見ただけで分かる。ナバーロさんの言う様に、外側の素材に関しては頑丈さが売りの魔金属という、帝国内においても、一般的に流通されているものだ。だが、正十二面体の中の中央に空間固定されている魔石に付与されている術式は、今まで見てきた様々な術式の中でも、五本の指に入るほどの術式だ。ここまで緻密なまでに構築されている術式は、久々に見た。あらゆる所に無駄がなく、求めている効果を極限まで高めるように、考えられている


「これが結界と船の推進を上げてくれる魔道具か」(ガレン)

「はい、これが、ガレンさんたち漁師を守ってくれる魔道具です」(ナバーロ)


ナバーロさんは、笑顔でもって、ガレンさんにそう言った

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る