第91話
ユリアさんの故郷はオサキの森と呼ばれる場所にあるそうで、俺たちはモイラさんの故郷である竜人族の里に行く際と同じように身体強化をして尋常ならざる速度で移動している。ユリアさんは気を利かせてモイラさんの時と同様に故郷に迎えを頼んだようだ。膨大な魔力を持つ存在が、俺たちに迫る速度で近づいてきている
先頭を走るユリアさんが冒険者の使う手信号を使って一旦停止を合図してくる。俺たちはユリアさんの合図に従って速度を落とす。完全に停止するとユリアさんがこちらを振り返ってニコリとする。すると、同時に膨大な魔力を持つ存在が振り返ったユリアさんの後ろにピタリと整列して停止する
「お待たせ、この子たちなら私たちよりも早く里に行けるわ。さあ、背中に乗って」(ユリア)
ユリアさんがそう言うと尾が八本分かれている八尾の巨大な狐が四匹ともユリアさんにじゃれつき始めた。ユリアさんもニコニコと自然な笑顔で四匹の狐たちを順番にわしゃわしゃと撫でたりして遊んであげている。狐たちも久々にユリアさんに会えて、じゃれて遊んでもらった事で上機嫌になっている。暫くして遊び終わると狐たちは足を崩して背中を下ろす
「この子たちは魔物や魔獣とは違うわ。霊獣と呼ばれる基本的には私たちに寄り添う存在よ。極稀にだけど外道に堕ちる子もいるけれどね」(ユリア)
「普通に乗ってもいいのね?」(レイア)
「ええ、大丈夫よ。この子たちは下手な人類よりも遥かに頭がいいからね。それに本質的に相手の魂の穢れ具合を一目で見抜くことが可能なの」(ユリア)
「それは、凄い。魂の部分は魔術的にも未知の部分。それを目視出来るだけでも、この世界に生きる生物としては一つも二つも格が上」(セイン)
「そうね。この世界で魂という生き物の本質とも言うべきものを見たり手を出したり出来るのは神かそれに近しい存在だけよ。つまり、この四匹の狐さんたちはそれよ」(リナ)
「なるほどな。そりゃ、セインの言う通り凄いな。この狐たちはいわば神様のような存在ってことか」(モイラ)
「その通りよ、それでもまだ八尾だからね。この子たちはいずれは九尾に、そしてさらに上の存在に至る。そして、あの方たちの末席に加えられるのよ」(ユリア)
ユリアさんがそう言うと四匹の狐さんたちは伏せの状態でいつつも、真剣な雰囲気で俺たちを見ている。それほどに狐さんたちにとって自らの格を上げて尾の数を増やす事が重要なのだろう。そしてユリアさんたち狐人族の人々にとっても狐さんたちの存在は家族や、それ以上のものとして位置づけされているのだろう
そして、狐さんたちにとっても狐人族の人々は共に生き共に死んでいく同じく家族のような存在として認識しているのだろう。ユリアさんを見る視線が娘を見るような孫を見るような、慈愛の視線で見ているのが分かる。それだけ長き時を一緒に暮らしてきたことの積み重ねの中で生まれた強い強い絆なのだろう
「さあ、行きましょうか。お願いね」(ユリア)
『承った。では、皆さん。落とされないように‼』(狐さん)
「…………‼」
狐さんの一人が念話を使ってユリアさんや俺たちに語り掛けて来たと思ったら、一気に加速する。もの凄い重力が一気に俺たちの身体に襲い掛かる。それでも直ぐに俺たちは加速に慣れて、流れゆく景色を観察していく。そのまま、ものの数分で恐らくはユリアさんの里の近くまで近づいていた。里の周辺には魔術や魔力について余程の腕や知識がなければ感じる事さえも出来ないほどに精密で精巧な結界が不自然なく張られている
その結界の自然さは驚くべき次元の高さであり、魔物や魔獣は無意識にその結界に嫌悪を抱き意識を操作されたように里の周囲からは自然に避けていく。しかし、逆に普通の動物たちは何の違和感も抱かずに自然と結界を通過していく。ここまでの結界を張れる腕を持つ魔術師は俺たちの里にも数人しか存在しない。それも、古き時を生きてきた長であるアスト爺さんやアスト爺さんに匹敵するほどの長き時を生きてきたエルフの魔術師の爺さんたちと同等の腕を持っている
「これほど、複雑な術式とシンプルな術式を組み合わせて作られている結界は見た事は数回しかないな。あのボケた爺どもが自慢げに披露していたものにも劣らない術式だ。カイル、どうだ?」(レイア)
「確かにそうだね。爺さんたちが偶の気まぐれだったり、趣味の術式開発で組み立てた新術式を皆に自慢したくて騒いでたからな~」
「それはそれで、どうなんだ?あの爺さんたちは、かなりやんちゃな爺さんたちだったんだな」(モイラ)
「確かに、同意。私の里にも研究バカはいるけど、あのお爺さんたちほどじゃない」(セイン)
「そうね。私たちが遊びに行った時には好々爺みたいにニコニコと私たちを見てたわよね?」(リナ)
「あれは厳しく幼馴染である長に言い含められていたからだ。流石に私の仲間であり、同じ隠れ里に住む者たちに恥ずかしい姿を見せられないと自分たちも思ったんだろう」(レイア)
そう姉さんが言うと、モイラさん以外のリナさんたちは自分たちの里にいる同じような爺さんたちを思い出して少しだけ苦い顔をしている。どのような種族の里にも似たような迷惑だが親しみのある老人たちがいるのだろう。だが、苦い顔の中でも微かな笑顔というか、僅かに口角が上っている。俺も爺さんたちや長であるアスト爺さんを思い出すと自然と頬が緩む
結界を通り過ぎる。すると、目の前に現れたのは日本の京都などに見られる日本家屋が計画的に綺麗に並べられて建てられている。俺はそれを見て一瞬だけ前世の頃の感覚に、地球にいた頃の感覚が蘇ってくる。修学旅行で行った京都や奈良での同級生との思い出や、日本の家族との思い出などが溢れ出てくる。涙が出てきそうになってくるが、心の奥にその思いを必死に仕舞いこむ
「ようこそ、私の故郷へ。精一杯、歓迎するわ」(ユリア)
『お邪魔します』(全員)
ユリアさんの歓迎に俺たちも答える。すると、狐さんたちは再び背中を下げて俺たちを降ろしやすくしてくれる。狐さんの背中から降りて狐さんにお礼を言う
「ありがとうございました」
『………気にしないで、契約者のエルフさん。貴方を乗せることが出来たのは私にとっても光栄な事よ。これから先の後輩にも先輩にも自慢できる事なんだから』(狐さん)
狐さんに言われた事に少しだけ動揺するが、魂の穢れ具合を目視できると先程言われた事を思い出す。精霊様方という高次元の存在と複数契約している事で俺の魂は少し変質してしまっていると精霊様方に契約して何年かしてから言われた。狐さんは俺を見た時からそれを見抜いていたのだろう
「他の人には黙っててくださいね。もちろん、他のお友達の方には隠し通せないと思いますので話していただいてもいいですが」
『分かっているわ。人というのは大きな力を知れば思考の片隅にその力を組み込んでしまうわ。自分たちに災が降りかかった時に大きな力が傍にあれば、それに依存したがる。それは、私たちも望んではいないのよ。自らの力で勝ち取ってこそ、意味があるのよ』(狐さん)
俺は改めて感謝の念を籠めて頭を一撫でする。狐さんも気持ちよさそうに目を細めて受け入れてくれる。すると、他の狐さんたちも俺と俺を乗せてくれた狐さんの会話を聞いていたのか次々と俺の身体に頭を擦りつけてくる。俺も他の狐さんたちにも感謝の念を籠めて撫でていく
その光景を集まった狐人族の子供も大人もご老人も、ユリアさんも微笑ましく見ていた
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