引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される

Greis

第5章

第90話

帝都で起きた魔術競技大会襲撃事件は帝都新聞社によって帝都の民や帝都以外の都市にまで伝わった。中身に関しては大部分を豚貴族が権力を使って帝都校を優勝させようとフォルセさんやメリオス校に干渉した事や、邪教徒と手を組んで行った外道な行為などが書かれていた。邪教徒に関しても確認できている限りのおぞましい行為についても脚色無しで書かれていた。帝都新聞社は何百年も前に皇室が資本を出して作られた情報機関の隠れ蓑の一つだ。帝都民にも分かりやすく時に真実を、時に嘘を織り交ぜた記事を書くことで帝国全土に市井の人々からは一種の娯楽として、貴族の者たちからは毎日のように動く情勢を確認するための手段となっている


ミシェルさんの私的な部屋で昔の帝都の話などを聞いていた所によると、数百年前に同じ種族の中に生まれながらの天才と言ってもい者が現れたようだ。その者が今や帝国で当たり前となっている新聞などの文化を生み出したようだ。まあ、恐らくはその天才さんは生前から色々と頭の良く、知識も豊富なタイプの出来る転生者だったのだろう


新聞以外にも様々な改革を行ったようで、その中でも地球とほぼほぼ大差の無かったのが服装に関してだった。貴族や裕福な商人などが着用していたのは地球で言うところの近代の服装だったからだ。それでも、Tシャツやらの化学繊維などを元にした服装までは再現できてはいなかったので、流石にそこまでは技術革命は起こせなったようである。市井の人々も安い生地だったりはするが、しっかりとした服装をしていたのが印象的だった


〈あれだけの文化的格差が途中で起これば、西側の最大国家になるのは時間の問題だったろうな。まあ、サリエルさんたちのような人ならざる高位の存在が手助けしていたことも大きかったろうな。そこに頭の良い転生者が加われば、その時代の頃は敵なしだったろうな〉


それに、帝国の歴史書を読み解くと基本的には戦闘によって支配地を増やしていったのではなく、帝都を中心に東西南北にゆっくりと土地を耕して広げていったようだ。まるで、そこら一帯が初めから他国がないのを知っているかのように。そこら辺はサリエルさんやルシフェルさんの考えがあっての帝国の建国だったのだろう。歴史書にも建国した初代の皇帝が啓示を受けたとし、当時いた大陸中央から自らの一族と従者やその家族、さらには初代皇帝を慕っていた他種族の者たちなどをつれてたどり着いたのが今の帝都のあった場所だと記されていた。そこには既に他種族の集まった大規模な町クラスの集落が存在したらしく、その者たちも啓示を受けて初代皇帝たちが訪れるのを待っていたようだ


そこから生み出されたのが今の帝都の街並みだ。様々な役割を得意分野ごとに初代皇帝が振り分けていき、それぞれの分野で百パーセント以上の力を協力して生み出した事で飛躍的な速度で今の帝都が出来上がっていった。さらにはサリエルさんたちに見出されるほどに初代皇帝の持つ生まれ持ったカリスマ性の高さによって、たったの数十年で今の帝都が出来上がったと記されていた。そこからはさらに分化された専門分野に分かれて帝国として発展していった


「当時の環境や情勢から自分たちの役目を果たすために一番適していたのが国を興すという事だったんだろう」(緑の精霊)

「しかも、啓示まで使ってな。まあ、結果的には丸く収まった事で私たちとしても助かった所はある。あいつ等が動かなかった場合には私たちで対応しなければならなくなってたんだからな」(赤の精霊)

「そう。非常に面倒。だから、正直助かった」(黄の精霊)

「そうね。あのまま行けばにも力を借りなきゃならなかったわ」(青の精霊)

「あの二人を?それは相当な危険度の高い役目ですね」

「そうだ。あの二人を引っ張り出さなきゃいけないほどの事案だった。だが、サリエルもルシフェルも自分たちの因子を継いだ者たちに業を背負わせる選択をした。因子を継いだ者たちもそうと知って啓示を受け入れたがな。少なくとも、初代皇帝となったあの女傑はそうだった」(緑の精霊)


精霊様方は初代皇帝の女性を思い出しているのか、少し寂しそうな顔をしている。恐らくは、精霊様方とも親交があったのだろう。しかし、面倒くさがりで眠たがりなあの二人を引っ張り出さなきゃならなくなるとは相当に緊急性のある状況だったのだろうと予想する。まあ、今は安定しているようなので俺が生きている間は大丈夫なのだろうと勝手にだが思っている


まあ、今の俺にとっては帝国の役割よりも重要な事がある。先日、緑の精霊様が仰っていた世界樹の活性化についてだ。世界樹の活性化は良い事なのだが、周囲の土地や動物たちにも良すぎる影響を与えかねないという事だが、精霊様方は問題ないといっているので本当に大丈夫だとは思う。だが、今度折を見て里に一度帰ることも考えておかなければならない


「とにかく、今は帝国やあいつらの役目のことについては考えなくていい。時が来た時に自然と分かる。その時に備えて鍛錬を怠らなければいいだけの話だ」(緑の精霊)

「分かりました」


俺は魔術競技大会襲撃事件を一面で扱っている帝国新聞を食卓において皆の寛ぐ居間に行く。姉さんたちは全員今日は依頼を含めて全ての仕事をお休みしている。兄さんは通常の教師としての仕事に戻っている。流石に今回の事に兄さんの事を嫌悪している連中も口を出す事は無かった。実際にメリオス校の生徒たちが決勝に進出した事は事実であるし、豚貴族の乱入が無ければメリオス校の優勝は確実だったのだ。メリオス校の学長も兄さんが皇帝陛下であるミシェルさんの直筆で今回の騒動についての着地点を示された書状を模写して構内の掲示板に張り出したり各先生方に渡した事で誰も兄さんたちや選出された生徒たちに文句が言える事はなかった。もし、文句でも言おうものなら皇帝陛下への文句という事になるので言いたくても言えない、というのが正しいのだが


俺が居間にいくつかあるソファの空いている所に座ると、何かの話し合いが終わったのかユリアさんが俺に話しかけてくる


「カイル君、今度私の里で祭事といかお祭りがあるんだけど、私の里帰りも含めて一緒に来ない?」(ユリア)

「祭事、お祭りですか?祭事ってことはユリアさんも里では何かを祀ってるんですか?」

「ええ、まあね。私たち狐人族は狐の因子を宿す一族なのは知ってるわよね」(ユリア)

「はい、獣人というのはその身に獣の因子を持つ人々だと」

「私の里はカイル君やレイアの里と一緒でね。前にも言ったと思うのだけど、私の一族はちょっと古い血筋を持つ特殊な一族なのね。さらに言うと私の里にはね、私たちの因子の元になっている方が里が出来た時から一緒に暮らしてるのよ。その方に感謝を捧げるお祭りを便宜上、祭事と呼んでるだけよ」(ユリア)

「なるほど。でも、ユリアさんの里もモイラさんや俺たちの里と同じように隠れ里ですよね?その辺、いいんですか?」

「ええ、大丈夫よ。レイアたちを前の年のお祭りの時に連れていった事もあるしね。それに同じように隠れ里で生きてきた人を追い出すほど余所者に厳しくもないわよ。隠れ里に住んでいる、住んでた人ほど外に情報が洩れるとどうなるか理解してるしね」(ユリア)


ユリアさんの言葉に俺は頷く。隠れ里というのは基本的に俗世間から何かを隠していたり、モイラさんの里の様に何かの封印を守っていたりしている。そういった隠れ里の出身者は里の情報が洩れた際にどのような事が起きるのかを幼いころから口酸っぱく言われて育つ。中には数年や数十年おきに反発する若者というものが現れる。その際には、かつての情報が洩れた隠れ里の末路を語る。しかし、それでも理解できない者は物理で説得するそうだ


その段階まで行く者は最近ではいないそうだ。流石に真剣な表情や無表情で親や長が語ることに怖くなるそうで、それ以降は変な反発をすることがなくなるそうだ。俺や俺の周りの人にそんな感じの人がいなかったので、そうなのかといった感じになってしまうが


「それで、カイル君はどうする?」(ユリア)

「はい、お邪魔させてもらいたいと思います」


ユリアさんは俺の答えにニコリと笑顔で頷いてくれる。こうして、次の目的地がユリアさんの故郷である隠れ里に決まった

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