心と身体の間で

星成和貴

第1話

 私には付き合って一年以上になる彼氏がいる。

 こんな私を女の子扱いしてくれる優しい彼。でも、そんな彼を私は裏切っていた。

 浮気、をしたわけじゃない。ただ、彼に言えない秘密があるだけ。

 きっと、彼はそれを知ったら離れていっちゃう。だから、絶対に言えない。でも、きっと、いつかは言わなきゃいけないことだってのは分かってた。

 言わないでいる間、私は彼をずっと傷ついていたかもしれない。

 だって、彼はこんな私を抱いてくれようとした。私が嫌だって言ったら止めてくれて……。それが嬉しいのと同時、申し訳なかった。

 私がもっと、普通に産まれていたら……。

 きっと、これは天罰なんだ、そう思った。こんな私があんな素敵な彼を好きになってしまったことに対する……。

 昨日の夜、本当は彼の家に泊まる予定だった。そこで、私は彼に……。




「由樹、好きだよ」


 その言葉で私は胸が一杯だった。

 ゆっくりと近づいてくる彼の顔。私は静かに目を閉じ、その時を待った。

 唇に感じる彼の体温。背中に回された彼の腕。彼に包まれているようで私はすごい、幸せだった。

 けれど、この後、私は彼を傷つけてしまうかもしれない。そう思ってしまうと、その幸せは一瞬でどこかへ消え去ってしまう。

 その瞬間、唇に感じていた彼の体温も、背中に回されていた腕も離れていってしまった。

 あぁ、やっぱりこれは幻なんだ。私が彼と付き合えるわけないんだから。

 そう思った。でも、


「由樹、そろそろいい、かな?」


 そんな彼の言葉。私は目を開けると、そこにはまだ彼がいて、私をまっすぐに見ている。期待と不安の入り交じった表情で。


「……ごめん」


 そう言うと、彼は頭を抱えてしまった。もう、表情は見えない。でも、きっと傷つけてしまった。こんな私ではやっぱり……。


「なぁ、俺だって無理矢理とかそんなのは嫌なんだよ。でも、由樹はいつだって断るばっかで、それなのに、こうやって泊まりには来るって、どうして?ねぇ、できないのはいい。でも、理由くらいは聞かせてくれよ」


「…………ごめん。傷つけて、本当にごめん……」


 私には謝ることしかできない。

 理由を言ったらきっと嫌われる。離れていっちゃう。だから……。


「もしかして、浮気してるの?」


「してない!私が好きなのはリュウ君だけだから」


「なら、何で?」


 首を振る。


「俺のこと、信用できない?」


 首を振る。


「俺はどんな理由だって由樹のこと、嫌いにならないから」


 首を強く振る。


「俺、実はさ、由樹ゆきと結婚して、子供も何人かできてさ、それで、家族皆、幸せに暮らす、そんなのを夢見てたんだ。でも、子供は諦め「無理だよ!!」


 思わず叫んでしまった。その声は私の嫌いな低い声で……。だから、彼が驚いたのが分かる。私はそのままの何も作らない声で彼に話し始めた。


「私の名前ね、由樹よしきって言うの。漢字は同じだけど、読みが違うの。もう、分かるよね?私、戸籍上は男なの。身体も。でも、心は、本当に心だけは女性、で……だから、リュウ君を好きな、気持ちも……」


 彼が異物を、汚いものを見るかの様な目で私を見ている。それに耐えられなくて、私は彼の家を飛び出した。

 その後、どうやって家まで帰ったのか、覚えていない。

 気付いたら家のベッドで寝ていた。彼の家に出掛けたときのまま、女物の服を着て、胸には詰め物をして、化粧もしたままで。

 鏡の前に立ってみると、滑稽な私がいた。化粧は崩れ、口の周りにはうっすらと髭が生え始めている。そして、寝ている間に胸の詰め物も取れてしまったのか、片方だけ平になっていた。

 そんな姿にまた涙が溢れてきた。

 こんな、私が彼と付き合うだなんて奇跡だったんだ。

 最後の彼の顔を思い出す。気持ち悪いものを見るような目。完全に、嫌われたよね。こんな私、好きになってくれる人なんているわけないんだから。

 と、電話が鳴っているのに気付いた。見ると、彼からだ。今さら、こんな私に何の用だろう?


「……もしもし」


 きっと、これが最後。だから、由樹よしきではなく、由樹ゆきとして電話に出た。


由樹ゆき、昨日はごめん。その、急だったから驚いて……」


「違う、私は……由樹よしきだから……」


「違う!由樹ゆき由樹ゆきだ!俺が出会ったのは由樹よしきじゃなくて由樹ゆきだから」


「……」


「その、由樹もきっと、辛かったよね?たぶん、小さい頃からずっと……。だから、その、これからは俺が守るから。だから、これからも俺と一緒にいてくれないかな?」


 ……嬉しい。でも、本当にいいの?こんな私でも?


「由樹?……昨日、勢いでだけど言ったよね?俺、由樹と結婚したいって思ってるって。幸せな家庭を築きたいって。それ、今も変わらないから。その、子供は無理だろうけど、それでも、二人だけの家族でも」


 その言葉が嬉しくて、何も言えなかった。こんな私を受け入れてくれるなんて思ってなかったから。


「リュウ君はこんな私でいいの?本当に、子供、できないよ?リュウ君、子供好きだよね?それなのに……」


「いいよ。由樹と一緒にいられるなら」

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