Little room, My sweet

伊奈

Little room, My sweet

 コンコンコン。ノックをしても、開けることはできません。私は今、お気に入りの音楽を聴いているのだから。名前を呼んでも、返事はできません。私は今、とても眠たいのだから。イヤホンからは歪んだギターの音。この教室の人達はきっと知らないバンドの曲。この教室の片隅で、私のためだけに悲しみを叫ぶボーカル。こういうのを愛おしいと呼ぶのだろうか。世界でこの曲を聴いているのが私だけだったらいいのに。音量を上げると、この脳を圧されている感じ。膝を抱えて、この小さな部屋でずっと音に溺れていたい。私の部屋。私のお気に入りでいっぱいになった小さな部屋。好きな音楽。好きな写真。友達の誕生日を書き込んだカレンダー。暇つぶしの可愛いゲーム。他愛のないメッセージの数々。タイムラインを流れる誰かの言葉。嫌いなモノは全部ブロックして、心地良いものだけを集めた私の小さな部屋。通知が来た。小さな振動に指先は踊る。いや、どうでもいいやつだ。嗚呼、面倒。退屈と倦怠。でも、幸福と倦怠は似ている。意味のない思考の反復。考えすぎることは、暇を持て余しているからだろうか。ゆっくりと熟れて、腐っていくこの感じ。皮膚の下は、みんな腐臭を撒き散らしているのだろうか。小さな部屋に閉じ篭って、じくじくと肢体を腐らせる私達。馬鹿な空想だ。こんなつまらない空想を、私たちは呑み込んで、いつか電子の海に流すのだ。『〇〇って××な――――』エトセトラ、エトセトラ、ケ・セラ・セラ。毒を持った、幼い私のつまらない空想、言葉たち。こんなのにも些細で無意味な言葉にも、誰かには響いちゃうらしい。なにそれ、共鳴? 少女性? 嗚呼、馬鹿馬鹿馬鹿、みんな馬鹿。たった十七の、浮世離れしたこどもの言葉を。下らない下らない。私も同じ、皮一枚下は汚くて醜く腐った身体なのに。いつかこの倦怠も、憂鬱も、忘れてしまうのに。嗚呼憂鬱だ、憂鬱です。音量を上げて。脳を圧して。誰も知らない、知らなくていい、ただの季節性の憂鬱は、この小さな部屋で終わらせて。そんなことより、眠たい。この部屋で、ずっとずっとずーっと眠らせて。昔、小説で読んだ。『おやすみなさい。私は、王子さまのいないシンデレラ姫』。王子様なんていらないわ。私はただ、この憂鬱を孕んだまま、小さな部屋でずっと眠っていたいだけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Little room, My sweet 伊奈 @ina_speller

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ