100話 淘汰の果てに

「ぐっ……があああああ……」


 『支配ドミネーター』はエリーゼの命を盾にアイズを脅し、ヒュームを戦場から引き離させることに成功した。これにより、ヒュームの高火力の攻撃による死を避けることができたものの、色欲ルクスリアを喰らったことによる放射線障害は以前続いていた。そのため憤怒イーラ傲慢スペルビアに対し防戦一方であった。全てのリソースを再生に注がねばならず、反撃の一手が打てない。

 ヒュームをアイズとかちあわせたは良いものの、不本意な戦いを強いられたために弱体化したアイズがヒュームに負ける可能性だってある。そうなれば戻ってきたヒュームに確実に殺されるであろう。


(恐ろしきはあの人間ルクスリアの執念だ。自らの命を犠牲にして私を追い込むとは……)


 ドミネーターは畏れを抱いた。命を賭した人間の行動が、自分の命を絶たんとしていることを。捨て身の行動が真祖にまで届きうるということを。


(ならば私も賭さねばなるまい、自らの命を。全てを捨てねば、勝利は得られない)

「ギャオオオオオオオオオオ!!!!!」


 突如として、ドミネーターの大蛇が絶叫を上げる。そして苦しみの声と共に体が腐り朽ち果て始める。


「なんだぁ!?急にどうしたぁ!?」

「放射能による影響か?だが今更?……何か仕掛けてくるな」


 腐り落ちる大蛇の体から、何体ものドミネーターが生まれ出でるが、すぐにその肉体は崩壊していく。傍目から見るとなんの意味もない、それどころか自らを逆に追い込みかねない行いだ。

 だがスペルビアは、その行いの意味を知らずとも、その行いがもたらす結果をすぐさま理解し、イーラに指示を飛ばす。


「大蛇の体から生まれてくるヤツの中のうち、肉体の崩壊が遅い個体がいるはずだ!そいつを集中して叩き潰せ!」

「よくわかんねえが、攻撃を続けろってことでいいよなぁ!?」


 イーラは指示に従い、大蛇から生まれるドミネーターの中で、肉体の崩壊が遅いものを狙って攻撃していく。イーラが放射線武器を振るうと、ドミネーターの体はさながら豆腐のように砕け散っていった。


「ここが分水嶺だ!確実にドミネーターを仕留める!でなければ未来はない!」


 ドミネーターは、増殖し、そして死を繰り返す自分をずっと俯瞰している。今ドミネーターが行っているのは、選別作業であり、淘汰であった。

 ドミネーターは放射線への耐性を逆に完全に無くし、自身の遺伝子の改変を積極的に引き起こしている。だがそれによって生まれる命は、大半が不完全で未完成の代物だ。だがドミネーターは依然、生と死を繰り返し続ける。


(私の命が次々と消えていく。今のの存在も、次の瞬間には消えてしまうかもしれない。だが構いはしない。こうしなければ、命を賭して私を追い詰めたあの者ルクスリアを越えることはできない)


 巨大だった大蛇の肉体のほとんどが消えてしまった。残った肉体はもう元の100分の1程度ほどしかない。イーラとスペルビアは完全なトドメを刺さんと、残った肉体の奥深くまで斬り進んでいく。


「イーラ!これが最後だ!二人で合わせて決めるぞ!」


 イーラの放射線武器と、スペルビアの鞭が、ドミネーターの死体の山の奥深くで唯一生き残っていたドミネーターにむけて同時に振り下ろされる。

 その時、突如として動いたドミネーターの腕が、武器を掴んで二人の動きを止めた。


「運命は……どうやら私に微笑んだようだ」


 体が朽ち果てることなく、完全な肉体を持ったドミネーターがそこに立っていた。ドミネーターは武器を掴んだまま腕を大きく振るう。二人を耐えきれず、武器を離して放り投げられてしまった。空中に投げられたことで受け身を取れず、地面に叩きつけられてしまう。


「おい!どう言うことだ!やつは高濃度の放射能を取り込んでたんじゃねえのかよ!」

「……考えられる理由は二つ。一つは先程のヤツの行為で肉体の大半が切り捨てれたことにより、放射能が除去された可能性。これならば良い、ヤツが放射線武器に弱いのは変わらないからだ」

「……もう一つはなんだよ」


 スペルビアが答える前に、ドミネーターがイーラから取り上げた放射線武器を自身の頭に突き立てた。


「な、何やってんだアイツは!?」


 ドミネーターはひとしきり自分の脳を掻き回して確かめると、放射線武器を放り捨てて、大声で笑い始めたのだ。そして、その傷跡は放射線武器による傷にもかかわらず瞬時に再生した。


「そしてもう一つ、最悪のパターンがこれだ。……ヤツは、放射能への完全なる耐性を獲得してしまった」

「……つまりどう言うことだよ!」

「俺たちの攻撃は、もうヤツに通用しない」


 ドミネーターは悠然と歩きながら二人の元に向かってくる。


「無数の私の死、崩壊と再生、そして淘汰の果てに、私は完全なる放射線耐性をもった遺伝子を手に入れた。感謝する。お前たちのお陰で、私は生命体としてさらに上の次元へと進化できた」


 向かってくるドミネーターを見て、イーラはスペルビアに向かって叫んだ。


「スペルビア!どうすりゃあいい!?こいつへの対処法は!?」

「……ない」

「あ?」

「対処法は、ない。存在しない。この真祖に争う手段が、答えがでない」

「嘘だろ……」


 驚愕の答えに呆気に取られているうちに、ドミネーターは二人の目の前まで迫ってきていた。


「!」


 二人は身構え、最大級の警戒を示す。

 しかし、ドミネーターは二人に目もくれず脇を通り過ぎていった。


「ま……待て!てめぇ!なんで俺たちと戦わねぇ!」

「殺す価値もない……ということか?」


 二人の問いに、ドミネーターは首を少しだけ振り向かせて答える。


「いいや?違う。お前たちには生かしておく価値があるからだ」

「生かしておく……価値だと!」

「ああ、お前たちは有用な存在だ。これからの世界──私が支配する世界にな。お前たちには私が作る新たな秩序の中で、私に背いたり、闇血のような平和を乱す吸血鬼を狩る役目が与えられるだろう」

「俺たちがお前の言いなりになると思ってんのか!」

「無論そうは思っていないさ。だが、お前たちが自分からそう行動するよう、ルールを作ることができる。世界を支配するとはそういうことだ」


 ドミネーターは正面を向き、再び歩みを進める。もはやドミネーターにとって七つの大罪セプテムなど眼中になかった。


「……ざけんな」


 イーラは拳を力強く握りしめるとドミネーターに向かって襲い掛かる。


「やめろ!対抗策はないと言ったはずだ!」

「うるせぇ!うるせぇ!うるせええええええええええ!!!!!!だからって、ここで止まっていられるかよ!」


 スペルビアの忠告も虚しく、イーラの攻撃はドミネーターに止められ、イーラは首を掴まれて地面に叩きつけられる。


「もう諦めろ。お前たちはもう……支配されたのだ」

「諦める……だと?んなことできるわけねーだろ!ここで諦めたら、ルクスリアは何のために犠牲になったってんだ!結果だけみたらお前を進化させてはい終わり、じゃねえか!そんなのあんまりだ!俺はルクスリアの死を無駄にはさせねぇ!」


 イーラの発言に、ドミネーターは眉を顰める。


「無駄になった、だと?それは微視的なモノの見方だ。彼女の行いは私を強くしたが、それはお前たちを強くすることでもある。私が強くなったことにより、お前たちも私を倒さんとさらに強くなるだろう。さながら生存競争のようにな。わかるか?それが淘汰だ。それが進化だ。彼女の仲間であるお前が、彼女の死を無駄だと言うのはよせ」

「……そういう得だとか損だとかの話はしてねえんだよ」

「?」

「今無駄になりかけてんのは、アイツの思いだ!お前を殺そうと自分を犠牲にした執念だ!俺が無駄にしたくないのは、ルクスリアの心なんだよ!」


 イーラはドミネーターを目を真っ直ぐに睨む。ドミネーターは深くため息を吐くと、手を上げて手刀を構える。


「どうやらお前と私には価値観の相違があるらしいな。残すのは向こうの男だけでいいだろう。ここで動かないあたり、価値観も私と一致しているようだしな」

「……ああ、殺せ。テメエの言う理論なら、俺の死だって無駄にはならないはずだしな。……俺の思いを受け継いだ誰かがきっとお前を倒してくれる」

「ではさらばだ」


 ドミネーターが手刀を振り下ろそうとした瞬間、ドミネーターの足元に一瞬にして線路が敷設された。線路の鉄はドミネーターの足に絡まりつつ、地面のイーラを弾き飛ばす。


「!?」


 そして次の瞬間、ドミネーターの眼前に高速で走る蒸気機関車が突っ込んできていた。


「うおおおおおおおおお!!!!!!!」


 ドミネーターは機関車に衝突し、車体の前面にへばりついて身動きが取れなくなってしまう。


「こ、これは!この鉄を操る力は!」

「どんな手段を使おうとも、人の心までは支配できない。それはお前がよく一番知っていたはずだ」


 汽車の上から、へばりつくドミネーターを見下ろすものが一人。


「フリーダアアアアアアア!!!!!!」

「私の息子を苦しめた罪!ここで贖ってもらうぞ!ドミネーター!」


 蛇腹剣を構えながら、フリーダは吠える。今ここに、真祖フリーダ真祖ドミネーターの頂上決戦が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴァンパイア・キッド ~『鉄血』の真祖と半人半鬼の少年と『忌血』の物語~ ヒトデマン @Gazermen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ