60話 蛇皇襲来(後編)

「皆殺しだ」


 キッド達の目の前に顕現した巨大な大蛇。その頭部から上半身を生やした『支配ドミネーター』は、人と蛇、4つの眼でキッド達を見つめる。

 そして直後、大蛇の口から巨大な毒液の塊が帆船に向かって打ち出された。突然の攻撃を帆船のサイズで身軽に避けられるはずもなく。毒液は船に着弾した。


 だが、『支配ドミネーター』は怪訝な目で目の前の光景を見つめる。毒液がぶつかったのは船の本体ではなく、氷の壁だったのだ。


「皆殺しってよぉ。もしかしなくても俺たちまでターゲットに入れられてるってことだよな?」


 ウルフが『凍血』の力で毒液から船を守っていたのだ。


「ああ、『支配ドミネーター』が目撃者を生かしておくはずがないからのう」

「まあ今更第三者ぶって生き残ろうなんて真似はできませんよね。腹を括りますよウルフ!」


 スミスも棒を展開し臨戦態勢を取る。すると、スミス達の背後からカツカツとフェイが歩み出て、『支配ドミネーター』に向かって大声で叫び始めた。


「おい!そこのお前!『支配ドミネーター』とか言ったな!」

「……なんだ?」


 フェイの神をも恐れぬ所業に、『支配ドミネーター』は呆れたように言葉を返す。


「ちょ、ちょっとフェイ……」

「何故クーデターを起こした!お前がどんな大義を掲げているのか俺は知らねえ!だが、それはネロを、キッドの命を犠牲にしてまで成し遂げたいことなのか!」


 ヒュームの制止を押し切り、フェイは『支配ドミネーター』に問いを投げかける。『支配ドミネーター』は気怠げに答え始めた。


「……クーデターを起こしたこと、そしてネロとキッドを始末しようというのは目的が別だ」

「どういうことだ?」

「二人を始末するのはその二人が私の邪魔になる故、クーデターを起こしたのはネロのまつりごとのあり方が、私の望む『支配』の方向性と異なっていたが故だ」

「ネロとお前の政治姿勢が違っているから、ということか」

「ああ、ネロのやつは工業化を推し進め、軍事力を高めれば平和的に周辺諸国を支配できると考えていた」

「なんじゃ、その考えが間違っていると申すか?『支配ドミネーター』」

「そのやり方自体が間違っているとは思わぬ。だがそれは、その周辺諸国の指導者が我らとの力の差を正しく認識できていればの話だ。火の熱さを知らない赤子は火を恐れない」

「……おい、『支配ドミネーター』。俺の予想が正しいならば、お前のやろうとしていることは、まさか……」

「力は実際に示さなければ脅しとしての力を発揮しない。流血と恐怖こそが、真の『支配』を生み出すのだ」

「お前は!武力による支配を行うためにクーデターを起こしたっていうのか!」


 フェイは力強く叫ぶ、対照的に『支配ドミネーター』は冷静に問いを返した。


「だったら、どうだというのだ?」


 フェイは『支配ドミネーター』を力強く睨む。


「てめえの野望を、今ここで断ち切ろうってんだよ!野郎ども!準備はできたか!」

「オッス!」


 いつのまにか船の上の大砲が『支配ドミネーター』に照準を向けていた。


「撃てーーーーー!!!!」


 大砲から弾が次々に発射され、『支配ドミネーター』の大蛇の巨大に着弾する。


「かかかっ!話し込んでいるうちに準備させておったのか!抜け目のないやつ!」


 煙が晴れ、肉をあちこち抉られた大蛇がその姿を表す。しかし、その抉られた傷は瞬く間に再生してしまった。


「真祖がこの程度の攻撃で死ぬと思うな!」

「なら首を直接切り取ったらどうだろうね?」


 空に二つの人影が浮かんでいた。ヒューム、そして吸血鬼化したキッドが羽を生やして飛んでいたのだ。


「調子はどうだい?キッド」

「絶好調って感じ!なんか体の奥底から熱くなってくるような!」

「熱く……うん、それならよし!二人で『支配ドミネーター』を攻撃するよ!」


 二人は空高く舞い上がった後、急降下しながら『支配ドミネーター』に接近する。ヒュームはサーベル、キッドには刀がその手に


「『鉄血』が『毒血』に敵うと思っているのか?」


 すると、『支配ドミネーター』を中心にして、紫色の空間が広がり始めた。接近していたキッドたちを瞬く間に飲み込んでしまう。


「この『毒血領域ヴェノム・エリア』は空間それ自体が毒性を持つ!不可避の毒で武器も肉体も腐り果てろ!」


 相手は二人とも『鉄血』の吸血鬼、空間に入れただけで勝利が確定する。そのはずだった。


「うおおおおおおおおお!!!!!」


 だが二人は止まらず、武器も錆びつくことなく金属の光沢を煌めかせている。そしてとうとう二人は『支配ドミネーター』の眼前で武器を振り下ろした。『支配ドミネーター』はとっさに武器を素手で受け止める。そのとき、ようやく『毒血領域』の範囲内で武器が錆びつかない理由を理解した。


「この武器、『凍血』の力が込められているな」


 手で刀を防いだ『支配ドミネーター』の手がカチコチに凍りついていた。キッドは口の中で飴玉でのようなものを転がしながら、凍った手ごと切り落とそうと力を込めている。


「さらにネロのやつが私の毒の解毒薬をお前達に渡していた、と。なるほど、武器も錆びつかないし、毒がお前達に効かないわけだ」

「その首、取らせてもらう!」


 ヒュームが新たに長剣を作り出し、腕が塞がって無防備な『支配ドミネーター』に向けて振るう。剣が首に直撃したその時、ヒュームは驚きの表情を浮かべる。


「だが、私の毒を攻略したとて、私を殺すことはできん」


 剣が首に刺さらない。ヒュームの力のこもった一撃が、『支配ドミネーター』の皮膚一枚によって防がれていた。


『シャアアアアア!!!!』


 その時、呆気にとられたヒュームを大蛇の頭が襲いかかる。毒牙に噛みつかれようとした瞬間、キッドがヒュームに飛びかかり攻撃をよけさせた。


「ヒューム兄さん!何をボケッとしてるの!」

「すまない、助かったよキッド」

「硬くて刃通らないなら!──血刀『血走』!」


 キッドの手から血が流れだし、刃を伝わると、血は刃先にそって波のように高速で振動をし始めた。


「なるほど、一度に切るのではなく、削るように切ろうということか」


 ヒュームも腕を震わせて剣を高速で振動をさせる。それを見た『支配ドミネーター』は、自分の髪から蛇を生み出しキッド達に飛び掛からせる。


「当たりだ!どうやら振動剣はさしもの『支配ドミネーター』も受けたくないみたいだね!」

「だけどこの蛇が邪魔ぁ!」


 その時、船の方から声が響いてくる。


「お前ら!そこから離れろ!」


 フェイの声を聞いて、すぐさまキッド達はその場から離脱する。その直後、砲撃の第二波が『支配ドミネーター』の体に直撃した。大蛇の肉体が抉れ飛ぶが、すぐさま再生を始める。


「学習能力がないのか?この程度で真祖は殺せぬと……」


 その時、『支配ドミネーター』は自分の肉体の異常に気づく。再生が完了しない。あわてて傷口に目をやると、抉れた部分が凍りついていたのだ。


「止血、しておいてやったぜ」


 船の上でウルフが自慢げに鼻を鳴らす。


「砲弾にも『凍血』の力を込めていたか、小癪な」


 弱った『支配ドミネーター』に対し、キッドとヒュームは追撃の手を緩めない。


「転輪鉄華!」

全弾発射フルバースト!」


 回転するノコギリが大蛇の皮膚を切り刻み、鉄槍が何本も体に突き刺さる。大蛇は痛みに身を悶えさせたを


「おっしゃあ!このままいけば勝てるんじゃねえか!?お前たち!砲弾の際装填を急げ!」


 フェイは部下に指示しながら戦いの様子を見守る。すると、これまで黙って戦いを見ていたネロが呟いた。


「はあ?」


 側でその言葉を聞いていたフェイが素っ頓狂な返事を返す。


「弱すぎるってどういうことだよ!?」

「相手は真祖じゃぞ!?こうやってワシらが調子づいて勝てる相手ではない!」

「で、でもよ。実際こうやって優位に戦いを進められているじゃねえか」

「そう、じゃから不可解なんじゃ」


 疑問を浮かべていたのはネロだけではなかった。


(おかしい……)


 最前線で『支配ドミネーター』と相対するキッドも、今の状況に疑問を浮かべていた。


(殺意が僕に向かって飛んでこない……今まで殺意なんて感じないのが普通だったから気づかなかったけど、『支配ドミネーター』を相手にして殺意が向けられないなんて異常だ!)


 キッドが疑念を募らせていると、『支配ドミネーター』に向かってヒュームが突撃していた。


「隙をみせたな『支配ドミネーター』!」


 そしてヒュームは振動する長剣を振るった。いとも容易く肉体を引き裂き、斜めから袈裟斬りにする。


「そうか……お前たちはこのように戦うのか……」


 そう言って、『支配ドミネーター』の肉体は崩れ去っていく。


「……勝った……のか?」


 戦いを見ていたフェイがポツリと呟く。その時、間近で崩れ去る様子を眺めていたキッドが、背筋が凍えるような感覚を覚えた。殺意だ。


「違う!『支配ドミネーター』はまだ生きている!」


 キッドが言葉を発した次の瞬間、大蛇の尻尾が高速でキッドの肉体を叩く。キッドは血を吐き出し大河に打ち付けられた。


「キッド!」


 ヒュームは急いで助けにむかい、水に浮かぶキッドを拾い上げた。気絶はしているがまだ息がある。


『不意打ちをしたつもりだったが……何かしらの方法で私の攻撃意思を感じ取ったか?』


 大蛇の口から言葉が紡がれる。そして大蛇の全身の皮膚にヒビが入ったかと思うと、音を立てて剥がれ始め光沢のある鱗が姿を表した。さらに、受けた傷は完全に再生してしまっていた。


「脱皮……した?」

「スミス、あれを財布に入れたら大金持ちになれるかねぇ?」

「冗談を言っていられる状況ではありませんよ、ウルフ」


 スミスの額から冷や汗が流れ落ちる。目の前には先程よりも一回りも大きい大蛇が、巨大な両眼で船を睨んでいた。


「今までは本気じゃなかったってことかよ!」


 フェイが叫んでいると、船の上にキッドを抱えたヒュームが降り立つ。キッドを床に寝かせると、ネロに向かって言う。


「ネロ、キッドを見ていてくれ。おそらく肋骨が肺に突き刺さっている。……そして、放射線武器、使うなら今だと思う」

「確かに、勝つためにはそれしかないのう。奥の手として隠しておきたかったが……いや、まさにこの瞬間が、奥の手を出すほどに追い詰められたときということか」


 話を聞いていたスミスが鉛のケースを開ける。そこには槍と斧が合体したかのような巨大な武器が入っていた。


「ハルバードか」

「しかし、こんな重い武器がやつに当てられるのか?」

「僕がもう一度飛んで『支配ドミネーター』を牽制する。なんとか隙を見つけて……」


 ヒュームがその続きを発することができなかった。超高速で飛んできた蛇の牙がヒュームの胸に突き刺さっていたからだ。さらに牙に付着していた毒が回ったためか、呼吸が非常に荒くなっている。


「ヒューム!!!」

「何を企んでいる?……それの武器がなんなのかは分からんが、早めに始末した方がよいというのはわかる」


 大蛇の頭部から再び『支配ドミネーター』が顕現していた。自分の背中の羽から筋肉の腱を引き摺り出しクロスボウのように扱っている。


「くそ!おい!しっかりしろ!」


 倒れ伏すヒュームにフェイが声をかける。ヒュームは掠れた声でフェイの耳元に話しかけた。


「カタ……パルトだ……」


 そう言うと、流れ出る自分の血でカタパルトを生み出し意識を失った。ネロはヒュームの体調を確認しながら、解毒薬を腕に噛みつき流し込んでいる。


「このカタパルトで、まさか放射線武器を射出しろってことか?」


 その頃、『支配ドミネーター』は大蛇の牙をへし折り次の弾の準備をしていた。


「さて、次に狙うのはネロか、『凍血』の吸血鬼か……いや、狙うならリーダーシップのあるあの男だな。放っておくと厄介になりそうだ」


 そう言って『支配ドミネーター』はフェイに向けてクロスボウを引き絞り始めた。


「飛ばせって……放射線武器は一つしかないからチャンスは一回じゃねえか。それをゆらゆら揺れるアイツにぶつけろってのかよ」

「それは……お主でも無理なのか?」


 不安気なネロの問いに、フェイは無理矢理に笑顔を作っていう。


「……ああ?この俺を誰だと思ってやがる。老師アグニの元で修行をした武芸百般の男だぞ?こんなもん、完璧に命中させてやるってんだよ!」


 そう言ってフェイは放射線武器をカタパルトに取り付け始める。


「猶予があると思うな!」


 照準がフェイに定められ、クロスボウが引き絞られていく。だが次の瞬間、ここにいる誰もが予想だにしない出来事が起こった。


「なんだ!?これは!誰の仕業だ!」


 砲撃は大蛇の体を吹き飛ばし、狙いをつける暇を与えない。


「鬱陶しい!」


 そう叫び、『支配ドミネーター』は砲弾の飛んできた方向に毒弾を飛ばす。


「だ、誰が攻撃を行なっているのじゃ?」

「『支配ドミネーター』に恨みを持つ誰か……でしょうか?」

「誰でもいい!この隙を逃すな!」


 カタパルトに放射線武器をセットしたフェイが、『支配ドミネーター』に照準を合わせ始める。砲弾の雨は『支配ドミネーター』を殺すまでには至らなかった。だがしかし、フェイが照準を定める時間を作るのには十分だった。


「これが!俺たちの運命をかけた一撃だ!」

「させるものか!」


 フェイの攻撃を防ぐため、『支配ドミネーター』は引き絞りが不十分なまま牙を発射させる。しかし、照準は正確。それにフェイを殺すには十分な威力だった。


「やらせるか!」


 ウルフが前に出て前方に氷の壁を作る。氷の壁は牙を十分に減速させたが、依然、軌道はフェイに向けられていた。フェイの眼前に牙が届こうとしたその時。


「すでに経験済みなんですよ。こういう風に弓矢を撃ち落とすの」


 牙は、スミスの振るう棒に打ち落とされた。フェイとスミスはアイコンタクトを交わす。


「ありがとうよスミス!その棒、是非とも買わせてくれ!」

「まいどあり!」

「いくぜえええええええええ!!!!!」


 カタパルトから放射線武器が発射され、ハルバードは『支配ドミネーター』の胸を貫いた。







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