59話 蛇皇襲来(前編)

「よっしゃあ!このまま船に乗って西城から脱出だ!」


 船に乗り込んだフェイは意気揚々とそう告げる。


「え?逃げる必要があるの?」

「当たり前だろ?太守である珍の屋敷に押し入って大暴れしたんだ。たとえどんなに正当性を訴えようと、これは立派な反乱行為。下手すりゃ縛り首だぜ」

「そういやその珍はどうした?縛りあげれば人質に出来そうなものじゃが」


 ネロは物騒なことをフェイに提案する。


「あいつなら十字騎士クルセイダーとの戦いが始まるなり逃げてったよ。太った体とは思えないほど俊敏にな」

「なるほど、それなら早く西城から脱出した方がええのう。部下を集められて仕返しされたら面倒じゃ。で?十字騎士クルセイダーの奴らにはちゃんと止めを刺してきたんじゃろうな?」

「とど…め…?」

「……お主ら、まさか何もせず放置してきたと?」

「いや、ちゃんとロープで縛っておいたぜ?」


 ネロは心底呆れたようにため息を吐く。


「アイツらはワシら吸血鬼を殺すためならなんでもする奴らじゃぞ?そいつらを始末する機会をみすみす逃すなどと……」

「いやでも、流石に命まで取るのはちょっとな……」

「まあええわい。で、お目当てのものは取り返してきたのか?」

「ええ、これです」


 スミスはとても重たそうに鉛のケースを持ってくる。床に置くとドスンと鈍い音が響いた。


「その中に放射線武器がある、と」

「ケースに描かれているマークはなんだろう」


 キッドがつぶやくとヒュームが反応する。


「マーク?どんなマークだい?僕らは鎧を隙間なく覆ってるから見えないんだ」

「え?お前たち周りが見えないのにこの船を制圧できたのか?すげーな」

「あ?周りが見えなくても音や匂いで周囲の様子とかわかるだろ?」

「夜の世界が日常だからね」

「かー!人間はこんなことも出来んのか!かー!」

「まーたマウント取ってきやがった!うぜー!」

「まあまあ」


 キッドがフェイを宥めつつ話を続ける。


「マークは3つの花弁がついた花みたいな模様をしてるね」

「なんじゃ?蛇皇五華将じゃおういつかしょうの紋章のパクリか?」

「いや、それとは全然似てないけど……だいたいそれの花弁は5つでしょ」


 スミスがキッドのネロへのツッコミを聞き流しながら答えた。


「そのマークは放射線源があることを示しています。また鉛のケースを用いているのは放射線が漏れ出すのを防ぐためなんですね」

「なんじゃ、ずいぶん慎重に取り扱っておるのお」

「危険物ですからね。取扱いには細心の注意を払っていますよ。東サガルマータ会社としても健康被害を出したくないので」

「そもそもそんな危険物を商品として取り扱うなよってのは言っちゃダメなやつか?」


 フェイの言葉にスミスは無言の笑顔で返す。


「それしても重そうですねそれ」

「重いですよ。鉛自体が重い上に放射線武器も非常に重たい金属でできていますから」

「……それ、人間にあつかえるのか?」

「ナイフくらいの重さなら大丈夫かと」

「でも、このケースの大きさを見るに中の武器もそこそこの大きさじゃない?」

「だがまぁ、扱えるやつがいるから取り寄せたんだろうさ」

「ケース開けてみます?」

「よしておこう。触らぬ神に祟りなし」


 船はキッド達を乗せて水路を進んでいく。すると、水路に沿って多くの人々が集まっているのが見えた。


「なんだこのどよめきは、珍の部下が集まってきたのか?」

「いや、この人たちは……」


 集まっていたのは西城の町民だった。老若男女を問わず多くの人たちが集まり、フェイに賞賛の声を投げかけている。


「酒呑盗賊団!珍のやつを懲らしめてくれたんだってー!?」

「ありがとー!また酒を買いにいくよ!」


 フェイは照れ臭そうに町民達に手を振り返した。


「……と言っても当分はこの街に戻れんじゃろうがの」

「なあに、珍がいなくなればまた美味い酒をみんなが安く買えるようになる。今度来る時は作る側じゃなくて飲む側として楽しませてもらうぜ」

「皆さん、そろそろ街の出口にまで近づいてきましたよ」


 スミスに言われてキッドが船の進行方向を見る。すると、キッドはポツンと疑問をもらした。


「……水門が閉まってるけど、出られるの?この船」

「え?マジか?日中はいつも空いているはずなんだが。さては珍のやつが閉まるよう指示したな」

「どうする?一旦降りて門を開けさせるかい?」

「いえ、そうする必要はないみたいですよ」


 突如、水門が音を立てて開き始めた。船は流れに乗って一気に街の外に飛び出ていく。


「開いた!でもなんで……」

「キッドさん、あそこ!」


 キッドがスミスの指さした方を見る。すると城壁の上に、蛇皇五華将じゃおういつかしょうが一人、メイシンが手を振って立っていた。傍らには縄で縛られた珍の姿もあった。


「どうやら作戦はうまくいったようですね」

「メイシンさん!門を開けてくれてありがとう!」

「今回だけですよ。今度会った時は、騒乱を巻き起こした罪で皆さんを逮捕いたしますので」

「またね!メイシンさん!」

「いえ、あの、またあったら逮捕することになるんですが……まあ、はい、ではまた今度」


 キッドとスミスは見えなくなるまでメイシンに手を振っていた。


 *


「はあ、はあ」


 深い山の中に、多くの十字騎士クルセイダーが集まっていた。彼らは傷を負っているわけではないものの、ひどく消耗しているようだ。その理由は彼らが多くの大砲を運んでいたからである。


「放射線武器が奪われ、後ろ盾となる珍は失脚し、我らに残されたのは剣と鎧、そして東サガルマータ会社の連中が回収しなかったこの大砲のみ。ローラン様、大華帝国での作戦続行はもはや不可能です」


 部下からの提言を、ローランは苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。


「わかっている!しかし、ここまでコケにされておめおめと引き下がるわけにはいかない!……くそ!あの男が私に堕落の水なんぞを飲ませなければ……」

「誤魔化すような呼び方はやめなさい、ローラン。酒を飲まされなければ貴方は勝っていたとでもいうのですか?」


 その時、背後からの声に気づきローランは後ろに振り返る。その人物は巻き毛の白髪を持った高齢の男性で、細長のメガネをかけた気難しい顔していた。そして右手には教鞭を持ち、ペシペシと木々を小刻みに叩いていた。


七つの大罪セプテム様だ!」

「到着なされていたのか!」


 突然の登場に騎士達は慌てふためく。ローランは男の顔を真っ直ぐと見て問いに答える。


「いえ……酒を飲まされなければ、私はあの男達に殺されていたでしょう。私はあの者たちに見逃されたのです」

「よろしい。事実をしっかりと認識し、反省することこそが人の正しい成長に繋がります。見逃されたのを神がお与えになったチャンスと思い、励むことです。ローラン」

「はい……『』様。ところで、何故我々の居場所がわかったのですか?」

「何故って……当たり前でしょう。私は世界の全てを知り尽くす、なのですよ。……さて皆さん、大砲を私のいう通りに角度と向きをつけて並べてください」

「何もするのですか?」

「『毒血』の真祖に一発かましてあげるのですよ」


 自分を全知と信じて疑わない、七つの大罪セプテムの一人、『傲慢スペルビア』が行動を開始した。


 *


 水路を進むうちに、船は大きな河に出た。そして日が暮れ夜になる。吸血鬼達は鎧やローブを脱ぎ、背伸びをして夜の到来に喜び震えた。


「ああ、これでようやく窮屈な鎧が脱げる」

「船の中に入って脱いでおけば良かったのに」

「船が壊れでもしたら日光を全身に浴びちまうだろ」

「慎重だなぁ」


 ウルフとヒュームがそんな会話をしていると、キッドの元にネロが近づいてきた。


「キッド、そろそろ溜まってきたじゃろう?わしが抜いてやるから肌を見せい」

「……『支配ドミネーター』にうたれた毒の話だよね?」

「ちょうどやつに撃たれてから2日と言ったところじゃな。3日に一回くらいは抜いておかんと辛抱たまらなくなるじゃろうからな」

「毒の話だよね?」


 ネロはキッドの首筋にかぶりつきチューチューと血を吸う。


「ちょっと!?飲み過ぎじゃない!?」

「いや……リンパが、ここのリンパの部分に毒が溜まるんじゃ。じゃからしっかり吸っておかんと、な?」

「……嘘か本当か判別しにくい!」


 すると、キッドを助けるかのようにフェイがネロに声をかけてきた。


「なあ、この船はどこに向かうんだ?今のところ河に沿ってすすんでいるがよ」

「ああ、この船は大華帝国首都、万華京に向かうつまりじゃ」

「い、いきなり首都かよ!?」

「ああ、首都に忍び込んで『支配ドミネーター』を暗殺し、真祖の力を取り戻す。ちょうど放射線武器とかいうのも手に入ったしの」

「……それなら悪いが、俺たち酒呑盗賊団が付き合えるのは首都につくまでだな。俺だけならともかく、部下まで危ない目には合わせられねえ」

「私とウルフも首都に着くまでですね。でも軍艦と放射線武器は差し上げますのでご自由にお使いください。クーデターを鎮圧した後は今後とも東サガルマータ会社をご贔屓に」

「お主個人は信用できるが、東サガルマータ会社そのものとなるとのお」


 ネロとフェイ達が会話しているうちに、キッドは船の先端で佇むヒュームの下へ行く。


「ヒューム兄さん!今日は刀をありがとう。兄さんは血を吸わなくていいの?」

「ありがとう。僕は大丈夫さ、それよりもこれを」


 ヒュームはキッドに鉄の容器を手渡す。降ると液体の音がした。


「これは?」

「僕の血、『鉄血』の血さ。これを飲めばキッドは一時的に吸血鬼になれるんだろ?」

「うん、でもなんで今?」

「……何か、嫌な予感がするからかな」


 その時、フェイの部下が船全体に向けて大声を発する。


「お頭!前を見てください!小型船が尋常じゃない速度でこっちに向かって来ています!」


 声を聞きキッド達が前方を注視すると、前方から唸りを上げてボート程度の大きさの船が高速で接近してきた。そして小型船は帆船の進路を遮るように止まった。


「お頭!ああやって陣取られるとすすめませんぜ!」

「おい!そこの船!どきな!邪魔するつもりかは知らねえが、そこにいたらぶつかっちまうぞ!」


 ネロが身を乗り出しその船を見る。そして一目見るなり血相を変え、大声で叫び始めた。


「あれは……リンリン丸・サン号!リンの作ったモーターボートの『マキナ』じゃ!」

「ということは…… 蛇皇五華将じゃおういつかしょう!」


 ボートの上、船の後部には蛇皇五華将じゃおういつかしょうの一人、リンが電気を流しながら座っていた。そして船の前方には、一人の女性が傘をさし姿を隠して立っていた。その人物を傘越しに見て、キッドは心臓が止まるような感覚を味わう。

 何故自分が珍の屋敷で殺意を感じ取ることができたのか、ザンギスが長年憎しみを受け続けて開花した能力を、少年の自分が片鱗とはいえ使うことができたのか。ようやくキッドは理解した。『支配ドミネーター』から毒の弾丸を受けた時に、感じ取った圧倒的なまでの殺意。それが無理矢理に殺意を感じ取る力を目覚めさせたのだ。

 そしてその時と全く同じ強さの殺意が、キッドの心臓を貫いている。


「船の上に立っているのは……『支配ドミネーター』!」


 船に立つ『支配ドミネーター』が傘を下ろしキッド達を見上げる。その無機質な目からは全く感情が感じられない。


「聞いたぞ、西城で一騒動を起こしたのはお前たちだそうだな。大人しくしておくならば毒で死ぬまでの余生を静かに送らせてやろうと思ったが……あくまで私に抗おうというのなら放っておくわけにはいかない」

「わしが大人しくしておくタマと思っておったのか!?お主もわしの一部であったのならそんなことはないと知っておったじゃろうに!」

「ああ、そうだな。だが生憎用があるのは貴様じゃない。用があるのはキッド、お前にだ」

「僕にだって!?いったい今更何のようだ!」

「ネロのやつが以前貴様に言っていたのと同じことだ。キッド、私の配下となれ。しかもネロのやつが言っていたのと同じ条件で迎えてやろう」

「……なんだと?」

「ヤンとリンのやつが何度も懇願するのでな。『自由アンチェイン』に連なるものは危険だが、私に忠誠を誓うならば御すことはできる」


 すると、座っていたリンが立ち上がりキッドに向かって大声を上げた。


「キッド!『支配ドミネーター』様の手下になるんだ!このままじゃ殺されてしまうぞ!このままのために死ぬ気か!」


 だがキッドはリンの問いには答えず、『支配ドミネーター』を真っ直ぐ見て尋ねる。


「……僕が貴方に降ったとして、ネロさんはどうするつもりですか?」

「殺す。そして力を回収する。この世界に支配者は二人と君臨しないのだからな」


 キッドは僅かに微笑を浮かべ、リンに向かって答える。


「リンさん、僕は自由のために戦っているわけじゃないよ。……僕はただ、自分が守りたいと思うもののために戦う。そして『支配ドミネーター』は、僕が守りたいものを傷つける存在だ!」

「キッド……」


 ネロがキッドの背中をみて呟いた。『支配ドミネーター』は表情一つ変えず話を続ける。


「構いはしない。もともとの予定に戻るだけだ」


 そういうと、ボートを蹴り『支配ドミネーター』はその場で高く飛び上がる。水上ではリンがものすごい勢いでモーターボートを遠ざけていく。


「来るぞおおおおおお!!!!!!!」


 そして次の瞬間、紫色の光が放たれたと同時に大河の水が波となって船を揺らした。が現れたことにより弾け飛んだ大河の水が雨のようにキッド達に降り注ぐ。


「これが……こいつが、『支配ドミネーター』!」


 フェイの驚愕の声の後、キッド達の目の前に、帆船を超えた大きさの、鎌首をもたげた大蛇が現れていた。その大蛇の頭頂部から上半身を飛び出させた『支配ドミネーター』が冷徹に呟く。


「皆殺しだ」


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