51話 メイシン
荷物を届けるため馬車を操り、キッドはスミスと街へ向かっていた。深い山道を抜けると、キッドの目に塀で囲まれた大きな都市が見えてきた。
「これが……大華の街……!」
「ここは西城。首都、万華京に次いで隆盛を誇る都市です。積荷はあそこに持っていってください」
スミスに言われ、キッドは西城に馬車を進ませる。すると道の途中、西城に向かって進む一人の人物が目に入った、その人物は首筋まで黒髪を伸ばし、黒一色の学ランに似た服を着ていた。顔は女性のようだが骨格が男性的で、どちらか判別し難い中性的な容姿をしていた。腰に刀を下げていたが、その鞘は異様なほど細かった。
その人物もキッドらに気付いて振り向くと、馬車を三連結させ3頭の馬で引くという異様な光景に目を丸くする。
「あの人も西城に向かっているのかな?スミスさん、一緒に乗せていってはだめかな?」
「構いませんよ。御者は貴方なのですから」
キッドはその人物に声をかけ、馬車は三人を乗せて進んでいった。
「いやぁ助かりました。足がもうヘトヘトで」
その人物は女性にしては低く、男性にしては高い声色で話し、やはりどちらとも判別し難かった。
「私はメイシンと言います。大華のあちこちを旅している途中でしてね。貴方達のように親切な人に出会うと、ああ、これが旅の醍醐味だなって思いますね。あなた方も旅を?」
「こちらのキッドさんはそうです。私は商売ですが。あ、私は東サガルマータ会社のエージェント、スミスと申します。何かご入用の際はぜひ」
「東サガルマータ会社、へぇ。……この大華には数多くの絶景スポットがあるのでぜひ楽しんでいってくださいね」
そうこうしているうちに、馬車は西城の入り口にまでたどり着く。
「さて、入城の手続きをしなくてはいけませんね」
「手続きかぁ……いろいろ質問されたり、似顔絵描かれるのに時間がかかるから面倒なんですよね」
似顔絵という単語を聞いてキッドは体をビクっとさせる。役人経由で自分の存在を『
「でしたら東サガルマータ会社の従業員として身分を保証しましょうか?殆どの手続きが省略できると思いますよ」
「え!?いいんですか!?やったー!お願いします!」
「ええ、問題を起こさなければいいので、キッドさんは起こしそうもないですし」
「ははは……」
決して揉め事を起こさないようにしようと、キッドは心に決めた。そしてスミスの提案を受け入れたキッドに対し、メイシンは申し出を固辞した。
「いやいや、流石に出会っただけの貴方にそこまでしてもらうのはどうかと、面倒でも手続きはしっかり受けますよ」
メイシンの真面目な態度がキッドのハートにグサリと刺さるが、スミスの提案を受けないわけにもいかない。三人は揃って受付へと向かった。
スミスの言った通り、キッドは簡易な手続きで済ませることができた。メイシンの方はまだまだ時間がかかりそうだったが、馬車を入れようとスミスがキッドに言おうとした時、一人の役人が声をかけてきた。
「あ〜〜〜スミスさん?でしたっけ?この西城に荷物を入れるにはですね〜〜?関税を支払わなくてはいけないんですよ〜〜〜」
君の悪い笑みを浮かべて役人が手を差し出してきた。
「おや?東サガルマータ会社は大華帝国と契約して上の方で一括で払うということになっているはずですが……」
するとニコニコしていた役人は突然憤怒の形相に変わる。
「わけわかんねーこと言ってんじゃねーぞ!さっさと出すもんだせ!って言ってるんだ!」
「なるほど、賄賂ということですか」
スミスに図星をつかれ、役人は一瞬怯むが、すぐに気を取り直してスミスの胸ぐらを掴む。
「……よ〜くわかってるんじゃね〜か?ああ?商売の邪魔されたくはねえだろ?なぁ?」
「……ええ、そうですね。面倒ごとはさけたいものです」
スミスは懐に手をいれまさぐる。役人が満足そうな笑みを浮かべた瞬間、スミスの後方から声が響いた。
「おい!貴様何をやっている!手続きはまだ済んでいないぞ!」
突如、スミスの背後からメイシンが現れ、物を取り出そうとするスミスの腕を抑えたのだった。
「ああ、やだやだ。腐った輩はどこにでもいるもんですね」
突然現れたメイシンに対し、役人は怒気を発する。
「なんだ貴様!?口を挟むんじゃねえ!」
「彼らとその荷物をさっさと通しなさい。賄賂でもらえるあぶく銭なんて微々たるものでしょう?目先の金に捉われて、その後の人生で手に入れる幸福を逃すのはとてももったいないことですよ」
「訳のわかんねぇこと言ってんじゃねえ!公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「……やれやれ、腐敗役人は脳みそまで腐敗してるんですかね?」
「な、なんだと貴様ぁ!」
役人は腰の刀を抜き、メイシンに向ける。
「殺されたいのかテメェ!」
「あーあ、先に武器を抜いたのは貴方ですからね」
振り下ろされた刀を、メイシンは踊るかのように優雅に避ける。
「な!?」
「蝶のように舞い……」
そしてメイシンも腰につけた刀を抜く。だがその刀身は針のように細く、刀というよりレイピアに近かった。
「──針のように刺す」
そして目にも止まらぬ速さで、刀を持ったほうの腕の肩をレイピアで突く。刀を落とし、貫かれた肩を押さえながら役人はうずくまった。
「な、なんだ!?」
「揉め事だ!」
騒動を聞きつけ武装した兵たちがメイシンを取り囲む。
「あわわわわ大変なことになっちゃった」
キッドが体を震わせていると、メイシンが息を深く吸い込んだ後、大声を発する。
「貴方達!誰に向かって刃を向けているのです!」
メイシンは突然、服を脱いで背の肩を露出させる。白く、綺麗な肌に描かれたそれを見て、兵たちは武器を下ろし跪きはじめた。
「あ、貴方は……!」
「貴方達も大華帝国の役人なら、この刺青の名と、それの表す意味は知っているでしょう」
メイシンの肩に描かれていたもの、それは五つの花弁を持つ華とそれに纏わり付く蛇の絵であった。
「あ、貴方様は……
キッドはその名を聞き、驚きの表情を浮かべる。
(
「その腐敗役人は牢に入れておきなさい。後に然るべき罰が与えられるでしょう」
「ははぁ!」
メイシンはキッド達に振り向くと、笑みを浮かべる。
「旅人というのは世を忍ぶ仮の姿でしたか」
「ええ、本当は朝廷からの監査官でして。スミスさんが警備相手にどんな戦いをするのかも見てみたかったんですがね」
「え?」
キッドがとぼけた声をあげてスミスを見る、なんとスミスが懐から取り出していたのはお金ではなく、円筒であった。地面に落とすと、長い棒に変化してスミスの手に収まる。
「スミスさん、初めから武力で解決する気だったんですか……」
「ははは」
メイシンは両手を合わせ、深々と頭を下げると言う。
「我が国の役人が迷惑をおかけしました。さて、西城に入りましょうか」
(これが
畏敬の念を抱きながら、キッドは馬車を動かし西城の門をくぐっていった。
*
キッドはメイシンと別れ、東サガルマータ会社の西城支部に到着する。荷車は倉庫へと仕舞われていった。
「いやぁ本当に助かりましたよキッドさん。お礼と言ってはなんですが、しばらくこの西城支部に滞在していってください」
「本当ですか!?ありがとうございます!しかし、書類は取り戻さなくていいのですか?僕、協力しますよ!」
「それについては今夜奪還作戦を行う予定でして……」
すると突然、西城支部の扉が開き、肥え太った男がドスドスと足音を立てて入ってきた。
「おい!荷物が届いたそうじゃないか!早速渡してもらうぞ!」
キッドは小声でスミスに尋ねる。
(どなたですか?)
(この西城を治める官僚、珍さんです)
ふてぶてしい珍に対して、スミスはうやうやしく話しかける。
「申し訳ありません珍さん、ただいま必要な書類を盗賊に奪われていまして、再発行にも三日ほどかかるので今すぐというわけには……」
「なんだと!?ふざけるなよ貴様!このわしに時間を取らせようというのか!?」
つばを飛ばしながらスミスに詰め寄る珍に、キッドが割り込んで言う。
「待ってください。スミスさんは盗賊相手に一騎当千の活躍をして荷物を守ったんですよ。それに盗賊がのさばっているのは、それを取り締まれていない行政府の不手際じゃないんですか?」
「な、なんだ貴様」
「それに西城に入るときに役人に賄賂を要求されたんですけどなんなんですかあれは!メイシンさんが助けてくれたからよかったものの、あなたがちゃんと管理できてないってことじゃないんですか!?」
「キッドさん、そのへんで……」
すると、メイシンという言葉を聞いた珍は動揺の色を見せ、冷や汗を流し始める。
「メ、メイシン……?
そして慌ただしい様子で珍は西城支部の出口に向かって言った。
「いいか!早く書類を取り返してこい!明日までにだぞ!」
そう捨て台詞を吐きながら。
「どうしたんでしょう。メイシンさんの話を聞いたら急に……」
「あの人もまた、後ろめたい部分のある人ということですかね。さあキッドさん、客室へ案内します。夜に備えておやすみください」
客室へ案内されたキッドは、英気を養うために、ベッドに寝て仮眠をとり始めた。
*
その日の夜、スミスに連れられキッドは西城内を流れる大きな水路の発着場に来ていた。そしてそこには巨大な帆船が佇んでいたのだった。
「わあ〜すっごい船。ところでスミスさん、盗賊から書類を取り返しにいくんじゃなかったんですか?なんでこんなところに?」
「盗賊の本拠地に攻め込むには、私一人では心もとないのでね」
そしてスミスは船に向けて大声をあげる。
「ウルフ!船の運転お疲れ様でした!ところで追加の任務をお願いしたいのですが!」
すると船内から何者かが走り出す音が聞こえ、一つの影が飛び出しキッド達の前に降り立った。それは耳に銀のピアスをつけた青髪の若い男であり──
「なんだよスミス、追加の任務は構わねえが報酬は弾んでくれるんだろうな?」
──そしてその男は牙を生やした吸血鬼であった。
*
大華のとある地、広い草原の一角に色とりどりの花が咲き乱れる花畑があった。そしてその中心に、黒ローブを身に纏った女が一人佇んでいた。女は夜風を体に浴びながらつぶやくように言う。
「──出てこい。泡沫、蠱蟲」
その言葉と共に、二体の吸血鬼が現れた。泡沫と呼ばれた方は、派手な服装をした若い男であり、常にニヤついた笑みを浮かべている。そして蠱蟲と呼ばれた方は、もはや人の姿すらしておらず、カマキリのような口、バッタよような脚、トンボのような羽を持ち、昆虫の怪物としか呼べない相貌をしていた。
「これからお前達に任務を与える……が」
黒ローブの女がゆっくりと泡沫に近づく、そして次の瞬間、手刀で泡沫の胸を貫いた。泡沫は胸を押さえてその場にうずくまると、涙目で女に言った。
「ひどいっスよ炎毒様ぁ〜。俺っち今回は静寂にしてたじゃないっスかぁ〜」
「お前の心臓の音がうるさい」
「ええ!?それってつまり、今後出会うときは心臓止めとけっていうことっスかぁ!?」
やりとりを眺めていた蠱蟲は翅を擦り合わせて甲高い音をだす。
「ああ!おい蠱蟲!お前笑ってるな!多分だけどその音はぜってー笑ってるだろ!」
「うるさいぞ泡沫」
「俺っちだけ叱られた!?」
泡沫はしょんぼりしてだらんと俯く。炎毒は手に炎を浮かべて花を形作りながら、二人に向かって言った。
「お前たち。この大華の地、人間の命の喧騒で耳障りだと思わないか?」
「マジワカ!目につくだけでウザったいっスよねぇ!」
蠱蟲も同意を示すように羽を動かす。
「歩き、衣擦れの音、心臓の鼓動に咀嚼音。五月蝿いことこの上ない。故に、お前達に与える任務はただ一つ。この大華帝国から一人残らず人間を消し去り、静寂の大地に変えるのだ。さあ、明日を今日より静かないい日にしよう」
二人はうやうやしく頭をさげ、その場から飛び立って行った。『絶望』の種子が、大華帝国で花開こうとしていた。
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