50話 エージェント・スミス

 フェイとスミスは何十合と、刀と棒をぶつかり合わせる。電気を帯びた棒が体に当たらないよう、フェイは青龍刀を器用に操って守る。


「なかなかやりますね。どこで戦い方を?」

「実戦が半分、もう半分はに指導してもらってな!」


 フェイは力強く青龍刀をふるって棒ごとスミスを弾く。その時、カートリッジの残量が切れ、棒から空になった瓶が飛び出た。パチパチと音を立てていた放電も起こらなくなる。


「どうやらもうそれは弾切れらしいなぁ!ご自慢の棒もあんまり役に立たないんじゃねえか?」

「いえいえ、この商品のすごいところはここからなんですよ」


 スミスは今度は瓶を二つも取り出して棒に装填する。すると棒の片方は赤熱化し、もう片方には霜が浮かび始めた。


「『炎血』と『凍血』、デュアルシステム発動」


 その直後、スミスは一気にフェイと距離を詰めると棒の両端を交互に高速でぶつけていく。


「うおおおお!!?」


 フェイは必死に青龍刀で攻撃を受け流すも、受けているうちに青龍刀にヒビが生じてきた。そして熱を帯びた青龍刀に、スミスは霜を帯びた側の棒で突きをくらわせる。真正面から受けてしまった結果、青龍刀は砕け散ってしまった。


「な……!?」

「急熱と急冷、これを繰り返した結果あなたの刀は脆くなったのです。どうです?これこそがこの棒の、デュアルシステムの実力ですよ。いまならローンでお支払いできます」

「だからいらねえって!」


 武器を失ったフェイは困り顔で砕けた青龍刀を見る。スミスはこの状況下でも驕らず、警戒を怠らずにゆっくりとフェイににじりよる。

 すると、スミスの背後、馬車のある方から声が聞こえて来た。


「お頭!やしたぜ!さっさとずらかりましょう!」

「でかした!」


 スミスが驚いて振り向いた瞬間、フェイは勢いよく酒を口に含み始める。部下から受け取っていた松明を顔の前に置き、含んだ酒を勢いよく吹き出した。そしてさながら火炎放射のようになってスミスに襲いかかる。


「はぁっ!」


 スミスは棒を高速回転させて炎を受け流す。そして炎が消え去った後には、フェイも盗賊団も視界から消えていた。スミスは急いで馬車に駆け寄り中身を確認する。


「荷物は……無事ですね」


 スミスは今度は自分の乗っていた客車を確認する。すると今度は表情を変え冷や汗を流す。


「……しまった!彼らが狙っていたのはこれでしたか!契約書、発注書、取引に必要な書類モロモロ!」


 そのころ、退却していたフェイは部下から受け取った書類の束をヒラヒラさせながら言う。


「重い荷物は運び出せなくても、軽い紙束なら奪うのは余裕だぜ。これがなきゃ商談もスムーズに進むまい、そこを横から掠め取ってやる。さてさて、珍の野郎は東サガルマータ会社から何を受け取ろうとしてたんだ?」


 フェイは書類の中身を確認する。


「どれどれ、最新式の鉄砲に大砲……軍艦!?目障りな俺たちを始末するためだとしても、盗賊相手にこんな過剰な武装が必要か?そしてなんだぁ?このって、珍のやつは一体なにを企んでやがるんだ……」


 フェイは書類の束を懐にしまう。


「まあアジトで酒を飲みながら考えるか」


 そして部下を連れ立って歩いて行った。


 *


「さて、これからどうしましょうか。書類を取り返さなくてはなりませんが、荷物をここに置いてはおけませんし」


 思案していたスミスは、背後からやって来ている人の気配に気づく。そして翻ってその人物に棒を向けた。


「わわ!待って、待ってください!」


 その人物は両手を上げて敵意はないことを示した。そして、その人物というのは木々に隠れて戦いを見ていたキッドであった。


「僕はキッドって言います!あの、大丈夫でしたか?盗賊達に襲われてましたけど。あ、棒を振り回して盗賊を薙ぎ倒す姿、とてもカッコ良かったです!」


 事情をよく知らないキッドは、スミスを善良な商人だと捉えてしまっていた。能天気なキッドを見てスミスは敵意がないことを確認する。


「いえ、私は大丈夫ですよ。私はスミス、東サガルマータ会社のエージェントです。エージェントたるもの、あんな盗賊たちには負けませんよ」

「東サガルマータ会社って、貿易とかをしているあの?」

「ええ、夜の無き国と呼ばれるエルグラント海洋連合より、貿易独占権を与えられたあの会社です。ところで貴方はどうしてここに?服装を見たところこの大華の人間ではないみたいですが……旅人ですか?」

「ま、まあそんなところです。ところで、今のお困りごとは馬車を操れる人がいないというところですか?」

「ええ、お恥ずかしい限りなのですが、馬を操るのは苦手で」

「それなら!」


 キッドがスミスにアイデアを伝えると、二人は協力して作業を始める。そうして荷車が3台直列に連結し、3頭の馬でそれを引っ張るという形になった。キッドは先頭に乗ると、馬の手綱を纏めて掴む。


「キッドさん、貴方は3頭も同時に操れるのですか?見たところまだまだお若いのにすごいですね」

「えへへ……」


 キッドは幼少期、フリーダの生み出す鉄馬と遊んでいた記憶を思い出していた。


(あの気性の荒さに比べたら普通の馬なんて可愛いものだ!)


 そしてキッドが手綱を握り、馬車は走り出した。


「そういえばスミスさん、盗賊達が何なら馬車から紙の束を持ち出していたのを見たんですが、取り返さなくて大丈夫ですか?」

「それは取り返さなくてはいけないものかなんですが、まずはこの荷物を町まで届けるのが先ですね」

「実は僕、盗賊のアジトらしき洞窟を見つけたんです。よかったら案内しますよ!」

「それはありがたい。後で案内してもらいましょう。……しかし。外国から来た私が大華帝国の迷惑になるのも心苦しいですし、何より私一人で解決できますしね」

「は、はぁ。そうなんですか」


 キッドはスミスの態度に少し不信感を覚えるも、すぐに別の思考に切り替わった。


(盗賊が洞窟に帰っていったなら、そこにはネロさんとヒューム兄さんがいる。盗賊を返り討ちにして書類を取り返してくれたなら、今回の僕の手伝いも相まって、今後大華帝国で活動していく際にスミスさんが協力してくれるかも!)


 キッドの打算と期待を乗せて、馬車は進んでいった。


 *


 フェイ達はアジトの洞窟の前までたどり着いていた。


「あーくそ、まだ痺れが残ってやがる」

「早く酒が飲みてー」


 部下達はそう言いながら洞窟に入っていく。ただ一人、フェイだけが地面を眺めていた。


(足跡の中に、俺たちのものに紛れて、ひとつ小さいのがある。大きさからして子供のもの。しかもまだ新しい……俺たちがいない間に地元の子供が冒険にでもやってきたか?)

「うわああああああ!!!!!」


 突然、洞窟の中から部下の悲鳴がこだました。


「!?どうした!」


 フェイが駆けつけると、そこには怒りと悲しみの顔を浮かべた部下が、樽を逆さにして膝をついていた。


「お頭ぁ……入っていたはずの酒が、もう一滴も残ってねええええええ!!!」

「な、なんだとおおおおお!!!!!???」


 洞窟の奥、家具の影にネロとヒュームは身を隠していた。盗賊達の叫びを聞いてコソコソと話し出す。


(ネロ、貴方が全部飲み干してしまうから僕らの存在がバレてしまったじゃないか)

(うるさいわい。美味かったからしょうがないじゃろ。大体お主だって飲んでおったじゃろうに)

(僕は一杯だけだし……)

(お主は一杯、わしはいっぱい。どーざいじゃどーざい)

「おいそこに隠れてるお前ら!ボソボソ聞こえてんぞ!?さっさと出て来やがれ!」


 洞窟で音が反響しフェイにまで声が響いていた。ネロとヒュームは観念してフェイ達の前に出てくる。


「お前達は……か?」


 ネロ達の容姿をみてフェイが言葉を漏らす。


「色目人?」

「大華の人間の外国人に対する呼び名じゃよ」


 ヒュームの疑問にネロが答える。


「誰だって構わねえ!よくも俺たちの酒を!」


 すると部下の数名が武器を構えてヒューム達に向かっていく。


「ちょっ、待てよ!?」


 だがフェイの制止も聞かず一人が武器を振り下ろす。その攻撃を、ヒュームは手のひらで受け止めた。その手の表面は鉄で覆われており、刃を全く通さない。


「お酒を飲みほしてしまったのは本当に申し訳ないと思っているんだ。だから、うん」


 ヒュームは武器を押し返すと、男たちに背を向ける。そしてその場で飛び上がるとひっくり返って足をつけ、天井にしまった。


「そのお詫びと言ってはなんだが、今日は僕を遠慮なく殴りつけてくれ」


 ヒュームの芸当に盗賊達は恐れ慄く。


「て、天井に立ってやがる!」

「さっきのといい、こいつ妖術をつかえるぞ!」

「う、うおおおおおお!!!!」


 そして部下の一人が恐怖に駆られ、ヒュームの顔を素手で殴りつける。


「ぐわー」


 ヒュームは白々しく声を上げ、殴られた勢いで前後に揺れる。殴りつけた盗賊の一人は逆に手を痛め、赤くなった手の甲を抑える。


(足の裏から鉄爪を出して天井に張り付いておるのか。そしてヒュームめ、殴りつけていいと言っておきながら殴られる直前、体表を鉄で覆ってガードしておるな)


 ネロは込み上げる笑いを抑えながら、成り行きを黙って見ていた。


「大人しくしねえか!テメェら!」


 突然、洞窟内に怒気を帯びたフェイの声が響き、盗賊達は一瞬にして平静を取り戻す。フェイはゆっくりとヒュームの元に近づき、ぶら下がるヒュームと顔を合わせる。


「俺の部下がワリィことをしちまった。すまねぇ」

「まったくだよ。今後こんなことがないようにしてほしいね」

「いやまてよ!?ここは『なあに、お互い様さ』みたいに言う場面じゃねえ!?だいたい先に酒を飲んだのお前たちじゃねえか!」


 ヒュームは苦笑いを浮かべながら「冗談、冗談」といいフェイをなだめる。


「ところで、だ。これは別に酒の恨みとかはねえんだが。なあアンタ、俺と手合わせしてくれねえか?拳や刃を交わし合えば相手の心根がわかるってもんだ。何より、俺がアンタと闘ってみてぇ」

「構わないよ。だがその前に、ちょっとその折れた刀を見せてくれ」


 フェイは言われるがままヒュームに折れた青龍刀を差し出す。


「こんなもんを見て何になるんだ?」

「どうせやるなら万全がいいと思ってね」


 ヒュームが刀の根元から手を沿わせていくと、瞬く間に刀が元通りになる。


「ななななな!?どうなってんだこれ!?」

「妖術……と言っておくかな」


 ヒュームは元通りになった青龍刀をフェイに返す。そして地面に降り立つと拳を構えた。


「さあて、やろうか」

「お、おう」


 フェイも青龍刀の具合を確認した後、ヒュームに切先を向けて突進していった。


「うおおおおおお!!!!!酒の恨みいいいい!!!!」

「やっぱり恨んでるんじゃないか!」

「冗談冗談」


 ヒュームの鉄拳とフェイの青龍刀がぶつかり合う。


(やはり刃は通らねえか)


 フェイの判断は早かった。即座に青龍刀を投げ捨てると、ヒュームと距離をつめローブの襟を掴む。


「そいや!」


 そしてヒュームを背負い投げして地面に叩きつける。衝撃でヒュームは呼吸出来なくなる。フェイは追撃の手を緩めず、倒れるヒュームの腕にしがみつくと、腕をひしぎ、十字に固めてしまう。


「こ、これは!」

「こうなっちまえば体がどんなに硬かろうと関係ねえぜ!」


 体を固められたヒュームは動かず、骨がギシギシと軋み出す。


「まいったか!?……ま、まいったって言ってくれないと、このままじゃ骨を脱臼させちまうぞ!?」

「あいにく、僕も負けず嫌いなんでね。……だから腕の一本くらいくれてやるさ!自切!」


 すると、組みついていたフェイからヒュームの体がするりと抜け、鉄になったヒュームの腕だけがその場に残った。


「な、なんじゃあああああああ!!!!???」


 驚きの声を上げるフェイに、ヒュームが残っていたもう片方の腕で青龍刀をつきつける。


「僕の勝ちだね」

「……いや、腕!腕ぇ!負けず嫌いだからって、こんな試合みたいなもんで腕を捨てるかふつー!?」

「ああ、そのことなら大丈夫だよ」


 ヒュームが「ふんっ」というと、取れていた腕が一瞬にして再生した。


「ね?」


 フェイとその部下一同は、口をあんぐりと開け、唖然としてしまっていた。







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