40話 戦い、再び
ザンギスとエルマの争いが起こった後の大通りを、憲兵たちが集まって調査していた。憲兵の一人が現場を見て呟く。
「こりゃまた酷い有様だな。床が砕けてるわ、店は崩れてるわ……そして道の真ん中に死体が転がってるときた。目撃証言によると忌血の子供と男が口論をしてたようだが……忌血が騒動の原因だろ、どうせ」
「いや、そう決め付けるのは早計だ」
「ち、治安維持統括!?」
中年の男が辺りを見渡しながら言う。
「決めつけや偏見は真実を曇らせる。私はそれをさっき教えてもらったよ」
すると治安維持統括に向かって、憲兵の一人が男を連れてやってきた。
「統括!騒動のあらましを見たという男が!」
それは、アンナに対し鎧を売ってくれるよう熱心に頼んでいた男だった。
「私が一部始終を目撃していました!忌血の少女は被害者なんです!突然男達がやってきて……!」
そして男は、自分が見たことを話し始めるのだった。
*
時は少し遡る。ザンギスたちがアンナを連れ去る場面に直面したキッドは、エルマの鎧とザンギス、アンナの他にもう一つの姿を捉えていた。
屋根から馬車に飛び乗るヤンの姿である。
「ザンギスウウウウウ!!!!!!」
ヤンの存在に気づかれないように、キッドは大声を上げてザンギスの注意をこちらに向ける。そして殺意を込めた一撃を投げつけた。その結果ザンギスはキッドに夢中になり、ヤンはまんまと馬車の上に乗り移ることができたのである。ヤンはハンドサインで感謝を示し、キッドは黙って馬車を見送った。
馬車の姿が見えなくなった後、キッドはエルマの鎧に駆け寄る。
「姉さん!大丈夫!?」
『……すまねぇキッド、鎧じゃなくて私自身がちゃんとアンナちゃんを守っていりゃこんなことには』
「しょうがないよ、姉さんには得体の知れない『闇血』から王城を守るって任務もあったんだし」
『次は私が出る、小刀の座標を読んだところ、奴が向かったのは
「うん、わかった。ところでその死体は……ザンギスの部下?」
キッドは傍らに倒れている死体を見て呟く。
『ああ、私に毒血の煙を浴びせやがった』
キッドは死体を検分して驚きの声を漏らす。
「この毒の感じは……!姉さん!これ!以前僕たちが北都に向かう途中の山で戦った吸血鬼のものだよ!」
『はあ!?あの女吸血鬼の!?なんでそんなものをそいつは持ってたんだよ!』
「わからない……あの吸血鬼が生きていたのか、それとも……あとこの毒の成分、何か違和感が……」
キッドは男の首筋に爪を食い込ませて血を採取し、じっくりと観察する。
(違和感の正体はこれか!この血から、死の森で出会ったあの『闇血』の痕跡を感じる。これはいったいどういうことなんだろう)
キッドは、目を見開いて死んでいた男のまぶたを閉じてやると、馬車の走って行った方向を見て言う。
「死の森に向かえば、全てわかるはずだよね」
すると、エルマがギシギシ鎧を軋ませながら言う。
『待ったキッド、刀、さっき無くしたろ。ちょっと私に血を寄越せ』
「え?うん」
キッドは鎧の角で指を切って血を鎧に吸わせる。
『鉄血精錬術!』
すると鎧はみるみるうちに形を変えていき、大太刀へと姿を変えた。太刀を受け取ったキッドは、太刀の重さに少し前によろめく。
『マリア達にも眷属の鉄蝙蝠を遣ってザンギスの居場所を知らせておく!さあ!早く行きな!』
「うん!ありがとうエルマ姉さん!」
キッドは大太刀を背負い、馬車を追って走っていった。
*
死の森の夜のような闇の中を、馬車は進んでいく。するとマーカスが馬車の速度を落としてザンギスに声をかける。
「ザンギス、君はここで追ってきたものを殺……じゃなかった。丁重にもてなしてくれたまえ。この急患はこれから面会謝絶となるからな。決して私の
「はいはい」
ザンギスはポケットにしまっていた小刀を、こっそりとアンナの手に握らせると、馬車から後ろ向きに飛び降りた。
ザンギスが飛び降りた際、馬車の上に乗っていたヤンと目が合う。だがザンギスは笑みを浮かべて後、気づいていないようなそぶりで見送った。
(今確かに目が合ったはずなのに、なぜ気づいていないフリを……?気になるけど、今はアンナちゃんの救出とこいつらの目的を探るのが優先ネ)
ヤンは疑念を募らせながらも、アンナを助けるのを優先しそのまま馬車に乗り続けた。
*
馬車から降りたザンギスは、近くの木に寄りかかりながら、白刃取りで受け止めたキッドの刀をうっとりとしながら見つめていた。
「お前が来るならこの道だよなぁ〜、キッド。知ってたんだぜ。あの渡された小刀が追跡用の目印になるってことはな。そしてお前の仲間はガキに握らせた小刀を追って、ラボへ最短距離で向かう。だがそれはこの道を通らない。だからこの道に来るのは、馬車を道なりに追ってくるキッド、お前だけだ。くくく、二人だけの楽しい殺し合いになるなぁ」
そのとき、遠くから足音が聞こえる。歓喜とともにザンギスは音の方向を見るが、現れた人物を見るなり落胆の表情を見せる。
「なんだ……キッドじゃなくてお前かよ」
現れたのはマリアであった。馬に乗りながらザンギスに銃を突きつけている。馬に乗ってきたためキッドより早く追いついたのだ。
「ザンギス!アンナちゃんはどこだい!」
「ここを先に進んだ研究所だよ。どーぞどーぞお通りください」
ザンギスがあっさりと道を譲るので、マリアは困惑の顔を浮かべる。
「なんのつもりか知らないけどね、あんたはもうとっくに誘拐犯なんだ。ここで捕まえてやってもいいんだけど?」
「おお怖い怖い、嫌だなぁ。俺たちは突然倒れた女の子を救助しただけだってのに、まあ別にいいんだけどね?俺は殺し合っても、でもあんたたちハンターは、どんな相手だろうと人殺しはご法度じゃなかったかなぁ。ハンターでいられなくなるぜ?」
マリアは舌打ちをした後、銃を下ろすと、ザンギスの横を通って進んでいく。
「言っておくよ。アンタに坊やは、キッドは殺せないし、坊やもアンタを殺さない」
「……なんでそう言い切れる?」
「女の勘ってやつ」
マリアの言葉に、ザンギスは呆れたように肩をすくめた。
*
死の森の中を、キッドは走って進んでいた。マリアが通った後に残った、馬の足跡を追っていく。そして、道の先にある男の姿を目にして立ち止まり、そしてゆっくりと歩みを進めた。
「……ザンギス」
「よおキッド、思えばお前と出会ったのもこの森だったなぁ」
「マリアさんはどうした。先にこの道を進んでいた筈だ」
「先に通したよ。レディーファーストってやつだな。っておいおい、まだ俺が話してる途中でしょうが」
「なら僕も通して貰う。邪魔すると言うなら……」
「邪魔するっていうなら?もしかして殺すって言うのか〜?おいおい怖いぜ」
キッドは無言で大太刀をザンギスに向ける。ザンギスは
「キッド、俺にはお前がよくわからないんだ」
ザンギスの言葉にキッドは怪訝な顔をする。
「吸血鬼を顔色一つ変えず殺せる冷酷さを持つ一方で、フロストに友情を示すような優しさも持っている。俺がいたぶって殺そうとした吸血鬼の首を切り飛ばしたのも、その吸血鬼に対する優しさ、同情からだよなぁ?その基準はなんなんだ?何を指針にお前は行動をしている?」
ザンギスの疑問に対し、キッドはまっすぐザンギスの顔を見つめながら答えた。
「それは……共感だよ」
「……はあ?」
「僕はまず、僕が相手だったらって考える。僕が相手だったら何を望むだろう、どんなふうに考えるんだろうって。僕はお前にいたぶられそうになった吸血鬼を見て、『一思いに殺してほしい』って感じたんだ。フロストもそう、僕はフロストの行動や言動を見聞きして、『ダレカボクヲタスケテ』って感じた。だから僕が、そのフロストを助ける誰かになろうと思ったんだ」
「……それはお前が勝手にそう思ってるだけだよな?」
「うん、僕が勝手に相手の気持ちを想像して決めつけてるだけ、現に君がいたぶろうとした吸血鬼は、自身に術を仕込んで君に復讐しようとしてたからね、僕の共感ではその心は読み取れなかった。的外れな想像だったよ。……だけど、例え的外れな共感だったとしても、敵が相手だったとしても、僕は目の前に立つ相手の心を理解してあげたいって思うんだ」
ザンギスは、自分が今まさにキッドの目の前に立っている相手だということに気がつくと、歯軋りをした後喚くように話はじめる。
「ならキッドォ!俺の気持ちはわかるか!?俺の心をはお前に対する殺意で溢れてるぜぇ!お前だってガキを攫った俺を殺したくてしかたないんだろう!?必死で抑えてるようだが……わかるぜ?俺はよ。だから理解してあげたいなんて聖人気取りでほざいてんじゃねえぞぉ!」
ザンギスは刀を両手で握るとキッドに斬りかかる。キッドも大太刀を構えて攻撃を受け止めた。ザンギスが刀を力強く押し付け、キッドは地面に足を沈ませる。
「どうしたキッド〜?吸血鬼にならねえのか?このままお前を殺しちまうと俺は人殺しになっちまう。吸血鬼になれよ、な?そうすれば勝負も五分五分になるし、俺も殺した相手は吸血鬼だったって無罪放免になる。Win-Winじゃねえか、なぁ?」
「……ならない!」
キッドは力を込めて攻撃をはじき飛ばす。互いに間合いが開いた。
「お前を倒すのは……人間だ。人間のキッドだ!」
今度はキッドがザンギスに走り寄り、上段から大太刀を叩きつけた。
*
研究所の奥深く、巨大なガラス管の前に雷氷毒のヴラドは立っていた。そしてガラス管の中には、動けないように無数の氷の針を刺されたフロストがいた。胸の真ん中には、キッドが混ざり合わせて作り出した短剣が深く刺さっている。
「うーん、この心臓付近に突き刺さった合金製の短剣、抜けなくなっちゃってるわね。細胞レベルで癒着しちゃってるわ、邪魔ったらありゃしない」
すると雷氷毒の後方からマーカスが歩いてきて話しかけた。
「忌血の少女を確保したぞ。そら、血だ」
そして血の入った小さな注射針を投げ渡した。
「ありがと、その少女は今どこに?」
「上の階に拘束してある。まだ眠ったままだ。血が足りないなら自分で取りに行け、だがくれぐれも殺すなよ。誘拐はまだ言い訳が聞くが、死んでしまってはお尋ね者になってしまう。ザンギスに罪を押し付けることも出来るが、取り調べなどが面倒だ」
マーカスがそう言って後ろを振り向いた瞬間、
──雷氷毒の右手がマーカスの胴を貫いた。
「な……!きさ……ま!」
「ごくろーさん、もう死んでいいわよ」
右手を引き抜くとマーカスは床に倒れ伏す。受け取った注射針を首元に突き刺して、忌血を摂取しながら上の階に向かう。
「あの少女は使えるわ、あの坊やを『絶望』に落とす道具としてね……そうだ、忌血を取り入れて完成した力も試してみましょう」
雷氷毒は氷のナイフを生み出すと、投げ飛ばして二つのガラス管を破壊する。その中には二つの人影が見えた。
「『毒血支配術・改式』……発動、さあ!この森にやってきたハエどもを始末しなさい!」
二つの影は研究所の外へ飛び去っていった。
*
「キッドの姉ちゃんの鉄蝙蝠が言うには、この道まっすぐらしいが……ちっ、木が邪魔だな……」
バイアスも研究所に向かって、死の森を飛んで進んでいく。
「誘拐犯も『闇血』も潜んでいるとか、さすが呪われた地なだけのことはあるぜ」
その時、自分の知っている、しかし絶対にあり得ないはずの匂いを感じ取り、バイアスは動きを止める。そして前方に見えたその姿を見て、ザンギスは驚きの表情とともに物悲しげな口調で話し出した。
「まさか、あのお前がそんな姿にまでなっちまうなんてなぁ」
目の前に立っていたのは、キッドたちによって退治された『凍血』の
「アアア……ワタシ……ハ……血……血ィィィィィィィ」
「……哀れなもんだよ、多くの吸血鬼を従えてたお前が、今じゃ他人に死体を操られている」
バイアスは氷の槍を構えて言う。
「しょうがねえ、お前がもうこれ以上『栄光』を失わないように、俺が始末してやる。同じ日に
*
そして、バイアスとは別方向から研究所に向かっていたエルマも、別の吸血鬼と相対していた。
「……まあいいや、お前とはちゃんと決着をつけたいって思ってたんだ。しかしよぉ、『毒血』の上位吸血鬼が他人に支配されてちゃ世話ねーな」
「……」
目の前にいたのは山賊達を支配していた吸血鬼、メアリーであった。氷漬けになっていたためか、保存状態が良く、まるで生きているかのような姿だが、顔色は青ざめ死人であることがみてとれた。意識はないのかエルマの煽りに反応もしない。
「前みたいに行くとは思うなよ?死んでいたお前とは違って、私は以前より一回りも二回りも成長してるんだよ!」
エルマは見慣れない形の武器を作り出し、メアリーに向かって突進する。
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