25話 真祖会戦

「おい、俺たちはいつまでこんな辛気臭い部屋で待たなきゃいけないんだ?」


 『忌血の英雄』、ニールは心底うんざりした顔でそう言った。ニールとネールの二人は、ツェペシュの家臣の指示で薄暗い客室に押し留められていた。


「貴方達に国王から内密の話があるのです。もう少しの辛抱を」


 家臣が抑揚のない声で言った。

 ネールは堪えられない様子で貧乏ゆすりをしている。


 そのとき、ネールのもつ『滅鬼の鉄剣ダインスレイ・ヴラド』がいきなりカタカタと震え始めた。


「な、なんだ!?」


 とたんにネールの手から血が吹き出し、剣をつたっていく。そして剣が勝手に動きだすと、家臣の首を一太刀で切り落とした。


「!?わ、私は動かしてなどいな──」


 その時、首を切られた家臣の体が急激に膨張を始める。


「危ねぇ!ネール!」


 家臣の体から凍った毒が雹のように飛び出してきたのだ。

 とっさにニールが間に入り、『五血の盾ブラッド・シールド』でネールの身を守る。それによって二人とも無傷であった。


「これは……『毒血』の『毒血支配術』でこの男は支配されていたのか。だが、そうだとしても、この凍った毒はいったいなんだ?『毒血』と『凍血』が協力でもしていたのか?」


 鉄剣は今なお血を滴らせ、妖しい輝きを放っている。


「……やはり国王が吸血鬼と繋がっているという噂は真実だったようだ。行こう兄さん!」


 ニールとネールは勢いよく部屋から飛び出し、廊下を走って舞踏会会場へ向かう。しかし、目の前に黒ローブの人物が現れたのを見て足を止めた。


 ネールはニールを庇うように、盾を構えて立った。


「おやおや、最初から警戒心マックスですか。まあ当然ですね。ところで、困るんですよねぇ。ただでさえ『毒血』の真祖の横槍で計画が狂わされているのに、貴方達まで私の計算外のことをされては」


 黒ローブの人物は二人に顔をさらけ出す。二人はその顔をみて驚愕した。

 顔の半分は端正な顔立ちをしていた。だが、そのもう半分は──。肉片の一つもない。その異形の姿を見てすぐにその男が吸血鬼だと二人は確信した。


 動揺している二人に、その人物がさらに話しを続ける。


「お初にお目にかかります英雄どの。私はツェペシュ様の腹心。『あん血』の──と申します」


 *


「私がとる選択は──」


 フリーダは目を閉じ、静かに呟いた。ネロに付くか、アイズに付くか、キッドを助けるためにはどちらが最良か。


 押し黙って考えるフリーダに、ネロが急かすように話しかける。


「何を迷う必要があろう?ワシにつけば敵はアイズただ一人、『毒血』のワシは『凍血』のアイズ相手には相性が悪いが、ワシお前の二人がかりで挑めばこちらの勝利は明白。キッドはすぐに解放されるであろう」


 ネロの言葉を聞いて、フリーダは静かに宣言した。


「確かに──迷う必要はなかったな」


 突然、地面から出現した鉄の柱が。柱はそのまま伸び続け、天井を壊しネロを空高くへ打ち上げた。


「おや、フリーダ。私の味方をしてくれるのかい?」


 アイズが意外そうな顔で尋ねる。フリーダはアイズを横目で見て答えた。


「仮に私が奴とともにお前を倒したとしよう。そのあと、奴は確実に私を倒しに来るからな。考えても見ろ。奴はキッドを解放させると言ったが、奴がこれまで手に入れたモノを手放したことがあったか?」


「……私の覚えている限りではないね。さっきも、ネロは食べ終わったチキンの骨すら片付けの給仕さんに渡さなかったからね。あれは一種の病気なんじゃないかな?」


「奴は自らの支配欲に『支配』されている。キッドを返すつもりもないだろうし、お前も私も毒血支配術で操ってやろうという魂胆が見え透いていた。ゆえに、私はキッドを救うため、お前と協力しネロを倒す!」


 そういうとフリーダはネロを追って、天井の穴に向かって飛んでいく。


「フリーダ!?『毒血』のネロ相手には『鉄血』のキミより『凍血』の僕の方が有利じゃ……ああ、行っちゃった」


 フリーダを見送った後、アイズはエリーゼ、そして操られているキッドを見て呟く。


「まあ、いいや。なんてったってフリーダはだしね。それより君たち、かかってきなさい?私の栄光的なところ、たっぷり見せちゃうよ?」


 エリーゼは苦虫を噛み潰したような顔で、キッドに向かって言う。


「キッド、『凍血』の真祖とはまともにやり合う必要はありません。私たちの目的はツェペシュの殺害、協力して戦いましょう」

「操ってるくせに何が協力だぁ!!!」


 エルマが激昂してエリーゼに向かって飛びかかる。しかし、再びキッドが間に割って入り、エルマの攻撃を受け止めた。エルマはキッドに攻撃できず、そのまま引き下がってしまった。


「くっ!キッドぉぉぉぉ……そこを……そこをどいてくれぇ!」

「キッド!お願い!正気に戻って!」


 エルマとアンナが悲痛な声で言う。だがキッドは無表情のまま、なにも反応しない。


「先程も言いましたが、ツェペシュの殺害はキッドの望みでもあります。キッドのことを思うなら、貴方達こそアイズとの戦いに回りなさい!」

「嘘だ!キッドは、そんなことを望まない!」

「キッドを解放するって保証はどこにあるんだよ!口だけならなんとでも言えるぜ!?」


 二人の言葉に、エリーゼはうんざりしたような声で言う。


「これ以上の会話は無意味です。無関係な人は巻き込まないようにしたかったのですが……暴君を倒すためには仕方ありませんね」


 そう言ってエリーゼが息を吸い込み始めると、アイズが焦ったようにして言う。


「エルマ君!今すぐアンナ君と共にこちらへ!」

「!?わ、わかった!」


 エルマはアンナを抱き抱えると、玉座の方に飛ぶ。するとその直後、エリーゼが毒の霧を口から勢いよく吐き出した。一瞬にして会場全体を覆っていく。


「いやはや……驚いたね。この技はネロしか使えないものとばかり思っていたけど。エリーゼ姫には『毒血』の才能があったらしい。並の上位エルダーとは比べものにならないね」


 玉座の周辺を、アイズが氷の空間で覆っていた。毒霧はその空間には入ってこれないようであった。


「これ吸ったり触れたらヤバいやつか?どーすんだよ!『凍血』の真祖ならこの『毒血』の技をどうにかできないのかよ!?」

「やろうと思えばできるよ。キッド君もろとも凍り付いてもいいならね」

「うっ!キ、キッドの命が最優先だ!」


 エルマは抱えていたアンナを下ろすと、アイズに質問する。


「そうやって守っている間は動けないのか?」

「うん、だからその間は君に戦ってもらいたい」

「はぁ!?この毒の霧に突っ込んでどうしろと!?」

「落ち着いてくれ、私が『凍血』の冷気を君の鉄の鎧に付加させる。金属は熱を伝えやすいからね。そうすることで『凍血領域フローズン・エリア』は君を中心に伝播して、君もあの毒霧の中で戦えるようになる。問題はそれを行うには隙が大きいことだね。隙を見せた途端、彼らは待ってましたとばかりに襲いかかってくるよ」


 アイズの話を聞いて、エルマは項垂れるようにして言う。


「……しょうがない、諦めて国王このおっさんを差し出すか」

「まてまてまて!君がそんなことをするなら私が相手になるぞ!私は非光栄的な行いには厳しいんだからな!」



 その会話を他人事のように聞いていたツェペシュが、息をついてから話し始める。


「……隙を作ればよいのか?」


 突然話始めたツェペシュに、二人は驚いて振り返る。そしてツェペシュは大声で叫びだした。


「ヴラド!待機していろ!エリーゼが攻撃する隙を狙え!」


 霧の中のエリーゼはその言葉に体をこわばらせる。

 アイズは霧の中のエリーゼの意識が逸れたのを察知すると、急いでエルマの鎧に自分の血を垂らす。そしてエルマの鎧から氷の空間が発生した。


「やるね、王様。ヴラドって名は前も聞いたけど、それが君の隠し玉ってやつ?」


 アイズの言葉に、ツェペシュは自嘲ぎみに答えた。


「隠し玉……そんなものはもはやない。ただエリーゼはありもしない隠し玉を警戒していたようだからな。ヴラドは……とうに私を見限ったのだよ」


 意味深な言葉にアンナが疑問をいだく。


 一方、エルマは意気揚々に剣を構えて、霧の中に足を踏み入れた。


「待ってろキッド!『鉄血』の名に懸けて、私がお前を取り戻してやる!」


 フリーダとネロ、エルマとエリーゼ、英雄とあん血、それぞれの戦いが今、始まる。

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