7話 旅立ち
マリアは倒れこんだキッドに膝枕をして介抱していた。アンナも心配そうにキッドの顔を覗き込んでいる。ウッデンの店主は店から救急箱やら水やらをもって来ていた。マリアがブリーズが吹っ飛ばされた方向を向いて言う。
「本当に戻って来ない……どうやら坊やの家族がきっちり仕事を果たしてくれたみたいだね」
マリアはホッとしたあとキッドに目線を向けて言う。
「ある程度は察しはつくけど、坊やは一体何者なんだい?差し支えなければ教えて欲しいね」
キッドはしばらく思い悩んだ後口を開いた。
「僕は……吸血鬼の家族に育てられて生きて来ました。赤子の頃から家族の血を飲んで育って……それでさっきみたいに吸血鬼になれる体質になったんです」
そして顔をアンナに向けて言う。
「ごめんねアンナ、君にこのことを黙っていて」
アンナは首をふるふると振って言う。
「全然気にしてないよ、家に招かれたとき、昼間なのにグースカ寝てる人が二人もいるなんてとっても怪しかったもの。だいたい察しはついちゃうよね」
アンナの言葉にキッドはあははと苦笑いする。
その時、店主が大声で叫んだ。
「おい!ありゃなんだ!?」
空を見上げると高速で何かが降りてくるのが見えた。そして地面にぶつかると轟音と共に土埃を上げた。
「まさか、敵──?」
そして煙が晴れその全貌があらわになる。
「こらー!そこのヴァンパイアハンター!キッドから離れやがれー!」
エルマであった。
キッドは疲弊した体を持ち上げてエルマに言う。
「姉さん、マリアさんは僕と協力して吸血鬼と戦ってくれたんだ。だから……そう、ケンカしないで」
「おお!そうだったのか!……じゃあ私からは仕掛けないでやろう、もっとも?そちらさんがやる気なら受けて立つけど?」
そう言ってエルマは挑発的な笑みを浮かべる。
マリアは興味なさげな顔をみせて無視するとエルマに向かって言った。
「で、あんたが
そう尋ねられたマリアはドギマギしながら答える。
「え?あ?うん、倒した……と言っちゃあ倒したね、うん」
「
突如、空から巨大な羽をはためかせてフリーダが降りてくる。片手にブリーズの頭部と思わしきものを持っていた。
「フ、フリーダ様!?す、既に敵を屠っていたとは、さすがはフリーダ様!」
冷や汗を流しながらエルマはフリーダを褒め称える。ため息をついてからフリーダは言った。
「……別に叱責したりせぬ、お前のおかげでこいつの本体を見つけられたしな。……が」
フリーダはエルマをギロっと睨むと言う。
「お前がもっと早くキッドたちの元にたどり着いていればキッドは私の血を飲まなくても済んだ。違うか?今夜はキッドの血を飲んでいなかったからー、なんてのは言い訳にならんぞ」
「め、面目ないです」
結局フリーダに叱責されてエルマはシュンとしてしまった。
フリーダは倒れているキッドの方を向く。目線を向けられたマリアはビクッとして怯えた表情を見せる。
「……一目見てわかるよ、アンタが世に言う『真祖』ってヤツだってね。座ってなかったら腰が抜けてたところさ」
フリーダはマリアに近づくと腰を下ろし、目線を同じにして言う。
「息子を助けてくれて、どうもありがとう」
そして柔和な顔をマリアに向けた。マリアはポカーンとしている。
「こいつは驚いた、まさか真祖様がこんな穏和な方だったとは、てっきり血も涙もないような恐ろしい存在かと」
「いやいやいや、猫被ってるだけでメチャクチャ恐ろしいですよ」
横から茶々を入れるエルマをフリーダは睨んで黙らせる。フリーダは持っていたブリーズの頭部をマリアに差し出す。
「この死体があれば、お前が吸血鬼討伐を果たしたという証明になるだろう?」
マリアはグロテスクな生首を嫌そうに受け取って言う。
「ああ、この男の部下の方は体の自己崩壊を起こしてしまっていたからね。……でも悪いけど、報告の際にはアンタ達、別の吸血鬼もこの街にいたことを報告させて貰うよ」
マリアの言葉にエルマは武器を構えるがフリーダが手で制止させる。
「私には単独で
マリアの言葉にキッドが反応する。
「それって……!」
「ああ、坊やのことは言わないよ、だって坊やは吸血鬼じゃないだろ?今は」
しばらくして、ウッデンの店主が口を開いた。
「あんまり状況を飲み込めていないんだが......アンタ達がこの街を守ってくれた……ってことでいいんだよな?」
店主の言葉にキッド達は顔を見合わせる、そして大声を出して笑い始めた。
色々な後始末を店主とマリアに任せキッド達ら帰路につく。そこにはアンナも一緒だった。
「私達が居ると知られたらきっとハンター達が送られて来ますね」
「
フリーダはキッドの前なので「お母さん口調」に切り替えている。
フリーダ達の話を聞いてアンナは足を止めた。キッドが心配して声をかける。
「アンナ、どうしたの」
するとアンナは涙声で話始めた。
「私が……みんなを不幸にしている……私がこの街に来たせいで人々が吸血鬼に襲われた……あの木工細工の店主さんも……キッド達もこうして……」
泣きじゃくるアンナの手をキッドがギュッと握りしめて言う。
「アンナは何も悪くなんかないよ、たしかに忌血は吸血鬼を呼び寄せてしまう、でも!アンナ自身は誰も傷つけてなんかいない!……それにね、君が忌血だったから、僕は君と出会えたんだ、忌血が呼び寄せるのは、悪いものだけじゃないよ。きっと」
「キッド……」
するとキッドが手のひらをポンと叩いて言う。
「ねえアンナ、よかったら君の行商の護衛として、僕らを雇ってくれないかな?」
エルマはキッドの言葉に目を見開いて驚く。
「あっ、お母さん達も承諾してくれるならだけど……」
そう言ってフリーダ達の方を向くキッドに、フリーダはいきなり抱きついた。
「まあキッド!なんてナイスアイデアなの!それなら私たちも、街から出た後の暮らしのアテができるしアンナちゃんも守れるわ!賢くて優しい子に育ってくれてお母さん嬉しい!」
「護衛のお代はアンナちゃんの血でいいよー」
とにかくフリーダもエルマも承諾してくれたようだ。
アンナは満面の笑みを浮かべてキッドに言う。
「うん……!これからよろしくお願いします……!」
夜の闇の中を鉄でできた馬車と馬に似た物体が駆け抜けている。フリーダの血によって作られたものだ。それは通常の馬車とは比べものにならない速さで走っていた。
馬車の中ではフリーダとエルマがキッドの両側から首筋に噛み付いている。
「かあ〜戦った後のキッドの血は最高だ〜」
「エルマ、吸いすぎよ。いま一番疲弊してるのはキッドなんだから」
「その割にはフリーダ様もガブガブ飲んでるじゃないですか」
3人を横目にアンナはウッデンの店主から貰ったお守りを眺めている。血を吸われているキッドは別れ際のマリアの言葉を思い出していた。
*
「お礼……になるかはわからないけど耳に入れておいて欲しい情報がある」
そういうとマリアが二人分の似顔絵を見せる。それは男女の絵であった。
「通称『忌血の英雄』、忌血の兄妹でヴァンパイアハンターをやってる。これまで
マリアの忠告を元にこの馬車は山道へ向かっている。兄妹達は北の街からきた。ならば北の街に行けば入れ違いになって当分は出くわすことはない。そのため関所を避け、山道を通って北の街に向かうつもりなのだ。
アンナが不安そうに口を開く。
「北の街につながる山道には山賊がでると聞きます……日中は山の木々の影に身を隠して休むつもりなんですよね?襲われないといいのですが……」
不安を口にするアンナにエルマはキッドの背中を叩いていった。
「なぁに!そのためのキッドさ!キッドなら吸血鬼化しても私たちと違って日光で死なないからね!人間相手ならなんてことないさ!」
「あ、そうだったわ」
あることを思い出したフリーダがキッドに瓶を三本渡す。
「母さん、もう一本のはいったい?」
フリーダはニッコリと笑っていう。
「頑張ったご褒美よ。キッドならきっと使いこなせるわ」
馬車は山道に入り、キッド達をグラグラと揺らす。地平線から日が上り山々を照らしていた。
*
山の中、朽ち掛けた砦の地下で一人の女がワインに舌鼓を打っていた。目の前には部下と思わしき男達が膝をついている。
「んん〜いいワインね、きっと貴族向けの商品だったものだわ。こんな高級なワインには、──ぜひとも合わせたいものがあるわね」
女は舌舐めずりをするとヘビのように二股の舌を露出させる。
「そう、新鮮な『忌血』の血液なんかね」
山の中に、おどろおどろしい『悪意』が潜む。
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