第97話 身近なもの



 激しい痛みが全身を襲う。だからなんだ?


 何でもないように立ち上がって、虫の息のトリィを見下ろした。

 痛すぎて、立っている感覚すらあまりないけど、トリィを見下ろしているのだから立っているのだろう。


「ふっ・・・ざーんねん・・・毒は・・・きかなかったのね。」

「もう、諦めるの?」

 毒の効果は出ている。痛い、熱い。でも、それがなんだ。痛みは、私にとって身近なものだった。


「引き際はわかっているつもり・・・もう、終わり。治癒魔法も使えないし、ポーションだって・・・持っていないの。」

「それで諦められるの?怖いって、あなたが殺してきた人たちのように、怯えないの?今からあなたは、死ぬんだよ?」

「ふっ。・・・もう、そんな・・・の・・・なれ・・・た。」

 穏やかな顔をして、目を閉じる。

 まるで、この時を待っていたかのような、そんな態度。


「サオリさん、さがってください。」

「こっちだ。」

 ゼールの声が聞こえたかと思うと、アルクが私の腕を引っ張った。

 されるがままに、トリィから離れた私を確認して、ゼールが炎の魔法をトリィに放つ。


 打ち消されることなく、トリィに届いた魔法は、トリィの全身を燃やし尽くす。しばらくそれを呆然と見ていたが、アルクが叫んだことで意識が戻される。


「・・・!まずい、サオリ。移動魔法を使ってくれ!」

「・・・」

 アルクの言葉に従い、私はゼールも忘れずに回収して移動魔法を使った。

 移動したのは、ゼールの屋敷だ。


「一体どうしたのですか?あの炎から逃れられるとは思えませんが、しっかり死を見届けるべきだと思いますが?」

「空気中に毒が含まれていた。タイミング的にいって、トリィを燃やしたことで発生したものと思う。」

「毒・・・トリィの所持していたものでしょうか?」

「・・・そういえば、私に毒だと言って、自分の血を飲ませてきた・・・」

「あ、そういうことか・・・」

 アルクが納得したような声を出したので、視線で説明を求めた。


「いや、肩書に毒女というのがあったんだ。誰か毒殺でもしたのかと思っていたが、あの女の体自体が毒って意味だったんだろう。」

「そういうものなら、東の国の方にもありますね。なるほど、魔国にも同じようなものがいてもおかしくはありませんか。」

 私はソファに座る。痛みで感覚がおかしくなっていて、立っているのは少し危ないと感じたからだ。それを見て、アルクとリテもソファに腰を下ろした。


「なんでも、子供の頃から死に至らない程度の毒を与え続けて、血を猛毒に変えるそうです。王族や貴族なども毒に慣れるために似たようなことをしますが、それとはまた違った方法と目的でそのような人間を作るのですよ。詳しくは知りませんが、殺人兵器という目的で作られるそうです。」

「なら、トリィは・・・」

 生まれながらにして、人を殺すことを強要されていた。

 そう思えば、哀れに思えてくるから不思議だ。あんなに、最低な敵だと思っていたのに。


「サオリさん、哀れに思う必要はありません。彼女は魔族です。」

 魔族。人間と魔族、何が違うのだろう。魔族というだけで、ひどい目にあっていいと思うのは、女だから、使えないからと勇者を投獄するのと、どのような違いがあるのだろう。


 少し意識が混濁してきた。これだけの痛みであれば、意識を失うのが普通だ。私は、慣れてしまったから、意識が遠くなるだけで済んでいる。


「サオリ?顔色が悪い、大丈夫か?」

「気にしなくてもいいのですよ、サオリさん。あなたは、人類のために行動を起こしたまで。もし、それが罪であるとしても、それはあなた自身の罪ではありません。人の罪です。」

 ゼールの言葉が、私の胸に突き刺さる。


 四天王を倒すこと、魔王を倒すこと、魔族を滅ぼすこと・・・私の罪でなく人の罪だという。それはそうなのだろう。


 でも、クリュエル城の人を皆殺しにした罪は・・・間違いなく私のものだ。


 罪は犯してはならない。

 平和な世界を生きた、私がつぶやく。


 人殺しは罪。たとえ、どんな人だろうと、その命を奪うことは許されない。

 平和な世界を生きた、私の戯言だ。


 罪には罪を、憎しみを抱くなら復讐を。

 一人きりの自分は言った。当り前のことを。


 憎い人間を殺すのは・・・でしょ?



 叫びたい。でないと、どうにかなってしまいそうだ。

 痛いからではない。怖いから。


 クリュエル城の皆殺しで感じた、達成感・・・それは、罪だ。わかっているけど、もう一度と望む心が私にはある。それが、もう隠せないものになっていた。


 次は誰だ?


 クグルマを殺した時、気持ちがよかった。でも、トリィを殺した時は・・・とどめを刺せなかったせいか、痛みのせいか・・・もやもやとした。


 なぜ?


 もう、わかってる。私は、人殺しが楽しいわけではない。

 何が楽しいかわかってしまえば、魔王との戦いはただ憂鬱な作業でしかないことを悟った。でも、それでも使命だからやるけどね。


 それにしても、痛いな。一体いつになったら、この痛みはひくのかな。

 何もできない。ただ、自動治癒に任せるだけの時間は、もう慣れたものだ。最初は怖くて怯えるばかりの時間だった。

 腕を切り落とされて、絶望して。その間の痛みに耐えて、本当になるのか不安になって、治ってやっと痛みからも不安からも解放された。


「はぁ。この毒は厄介だね。」

「毒って・・・まさか、サオリ。そういえばさっき毒を飲まされたって、言ってたな。どこか痛むのか?治るのか?」

「そういうことは、早く言ってください!」

 ゼールは、慌てて何かしらの魔法を私にかけた。でも、痛みは一向に引かない。それを感じ取ったゼールは何度か魔法をかけるが、効果はなかった。


「私の魔法ではだめなようです・・・聖女に頼みましょう。」

「聖女・・・エロンか。よし、悪いが移動魔法を頼む。できるか?」

「放っておけば治るからいいよ。エロンに心配をかけたくない。」

 私の言葉を聞いて、アルクは机を叩いた。


「俺たちに心配かけていいのかよ!なんで、苦しもうとするんだ、楽になるなら・・・楽になれるほうを選べばいいだろ!」

「私は、あなたが苦しんでいる顔も見たいと言いましたが、私以外の誰かがサオリさんにそのような表情をさせるなんて、許せません。どうか、聖女に頼ってください。」

 2人の言葉に、私は別に意地など張る必要もないかと思い、クリュエルの宿へとアルクを伴い移動した。


 エロンは私の状態を見て、悲鳴を上げながらも魔法をかけてくれた。それは効果抜群で、魔法をかけられるたびに体が楽になって、最終的には完治した。

 しかし、そのあとこっぴどく叱られる羽目になり、エロンがかわいいだけでないことを初めて知った。



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