第96話 四天王トリィ



「今日はとってもいい日になるって、あたいの勘が言っていたの。」

 パチパチと音を立てて燃える家の前で、トリィは高笑いをした。


「前菜は、どこにでもいる普通の村人たちの絶望・・・もう、食べ飽きちゃったと思っていたのよ。いろいろ味付けを変えたのだけれど、所詮ただの村人。誰も彼もが、同じようにおびえるだけで、あたいのお腹は、こんな粗末なものでは、満たされない。」

 お腹をさすりながら、トリィは振り返った。


 そこに立っているのは一人。

 月明りに照らされたのは、勇者サオリだった。


「あなたの絶望は、あたいを満たしてくれるかしら?」

「・・・私の絶望より、もっといいものを食べさせてあげるよ。」

 サオリは、クグルマの剣を抜いた。それを突き付けて、不敵に笑う。


「あなた自身に、絶望を。最悪、最低を味合わせてあげる。」

「うふっ!そういうのは、村人にいなかったわ。その言葉だけで、食べる価値があるって思っちゃった。」

 何事か呟いて、手を伸ばすトリィの前に、大きな火球が現れた。


「火っていいわよね。地味な人間だって、派手に殺してくれる。」

 放たれた火球を難なくよけて、サオリは踏み込んだ。

 素早くトリィの背後に回り、剣を振り上げるが、トリィは笑いながらそれを足で受け止めた。サオリの剣とトリィの赤ヒールがぶつかり硬質な音を立てる。


「あっちの棒きれを振っていた男よりは、速いわね。」

「・・・!」

 隠れていたアルクが、それを聞いてゼールと共に出てきた。


「やはり、バレていましたね。サオリさん、魔法で援護します。」

 ゼールが、トリィに何かしら魔法をかけたが、トリィはそれを鼻で笑いながら打ち消した。


「そんな魔法がきくと思っているの?笑わせないで頂戴。」

「10回に1回くらいは当たるかもしれませんね。」

「目障りね・・・あらっ。」

 ゼールと話をしている隙に、サオリはトリィに斬りかかったが、避けられてしまい反撃も受けることになってしまった。トリィの鋭い蹴りがサオリの腹に命中し、サオリは吹き飛んだ。


「サオリっ!」

「・・・この程度なのね。」

 悲しそうに呟くトリィの目に、腹を抑えて血を吐き出すサオリが映る。

 ゼールがその間に何度か魔法を繰り出すが、トリィはすべて打ち消した。


「残念ね、勇者。あなたとっても強いのに・・・素人だわ。」

「・・・!」

「力も技も、いいものを持っているのに、扱っているあなたが素人だから、話にならないのよ。今までその力で勝ってきたのでしょうけど、あたいが相手ではそうはいかないわ。」

 トリィは、サオリに詰め寄って、立ち上がろうとしていたサオリを蹴り上げる。しかし、それをぎりぎりでサオリはよけた。


「甘いのよ。」

 だが、上がった足を、トリィはそのままサオリに降ろす。頭を狙った足は、サオリがとっさによけたことで、胸に鋭い打撃を与えた。


「かはっ!」

「それで終わり?」

 トリィの問いに答えることなく、サオリは倒れた。そこに、トリィはいったん下がって、火球を放つ。

 サオリは動くことができずに、火球はサオリにあたって、サオリは火だるまになった。


「サオリさん!」

 ゼールが水の魔法でサオリの火を慌てて消し、アルクがサオリに駆け寄ろうとしたが、異様な雰囲気に立ち止まった。


「くっ・・・ふふっ、あははっ!」

 サオリは笑いながら剣を杖のようにして、立ち上がる。着ている服は焼け焦げていてぼろぼろ。でも、その下にある肌は、傷一つない。


「やけどもね、治るの。はははっ、ははっ。斬りおとされたって、燃やされたって、凍らされたって・・・治るよ。でもね、でも、でもね・・・痛いんだよ。」

「あら、おかしくなってしまったみたいね。でも、これはこれで楽しめそう・・・」

「サオリ・・・くそっ。」

「アルク、さがりなさい。巻き込まれますよ。」

「・・・くそっ。」

 ゼールのもとへ、アルクは戻る。それを横目で見たサオリは、少し悲しげに笑った後、トリィに意識を戻す。


「私、痛いのが嫌いなの。」

「あたいは好きよ。痛みを与えるのが、だけれど。」

「そう。なら、今日は痛みを味わって、嫌いになってしまえばいいよ。それで、死んで。」

 サオリは、笑みを浮かべながら踏み込んだ。


「速いとは褒めたけれど、何度も同じものを見せられてはつまらないわ。」

 トリィは、面倒そうに火球を投げた。

 その火球をサオリはよけ・・・なかった。そのまま火球に突っ込む。


「え・・・」

 火球に当たるも、サオリの勢いは衰えず、トリィの前に現れて剣を振り下ろす。

 それをよけたトリィだが、むき出しの二の腕に剣があたり、血しぶきが舞う。


「なっ・・・よくも、この豚が!」

 トリィが素早い蹴りを繰り出し、サオリはそれをもろに受けた。だが、そのあとすぐに動いて、トリィの白い首を掴む。


「ぐへぇ!」

「魔法、飽きたよ。」

 変な声を出すトリィの口に、サオリは懐から取り出した液体の入った瓶の中身を入れた。


「・・・!げへぇっ!おえっ!」

 サオリを突き飛ばして、あわててその液体を吐き出すトリィ。

 体勢を立て直したサオリは、トリィにかかと落としを仕掛けるが、気づいたトリィがよけたため、サオリの足は地面をえぐった。


「うぅ、はぁはぁ。何を飲ませたの、一体・・・」

「・・・紅茶よ。ハーブティー・・・もう、晩餐は終わり。」

 地面に剣を突き立て身軽になったサオリは、先ほどよりも早いスピードで踏み込む。それを見たトリィが、火球を放とうとするが、何もその手からは出てこなかった。


「なっ・・・!?」

「もう、魔法は使えない。」

 驚いて隙ができたトリィの腹に、サオリの膝がめり込んだ。


「かはっ!」

 くの字に体を曲げたトリィの頭に向けて、ゼールが火球を放った。トリィはそれをよけるが、サオリはよけずに腕に当たって、やけどを負う。

 それを驚いた表情で見つめるトリィに、反対側の手で拳を作って、その横っ面を殴った。


「ぐっ・・・!」

 地面に転がるトリィ、その首を素早く懐から取り出した短剣でなぞる。

 血があふれる。



 勝った。

 一瞬の気のゆるみ、それを見逃さなかったトリィが、サオリの胸ぐらをつかみ、地面にたたきつける。


「あたい、毒は嫌いなのよ。なんていう物を飲ませるのよ、全く。」

 トリィは不敵に笑うと、サオリの唇を奪った。


「なっ・・・ふぐ!」

 サオリの口に鉄の味が広がる。


「お返しよ。あなたは、どんな傷だって治るらしいけど、毒は解毒されるのかしらね?あたいの毒は、痛くて、苦しい毒・・・」

「どういう・・・こと?」

 ドクドクトと心臓が嫌な音を立て、体が熱くなるサオリ。


「ふふっ。さーてね。」



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