第94話 もう、無理
「移動魔法さえなければ、といつも思っていました。私は多くを望まないのに、あなたはそれすら叶えてくれない。そう、毎日一度だけ顔を合わせる、たったそれだけのことを叶えてくれないのです。だから、いつでも顔を合わせられるように、この屋敷にとどめておく方法はないかと考えていました。」
「ゼール、移動魔法を封じたからって、何を勝った気になっているの?私があなた程度に勝てないと思う?移動魔法なんてなくても、この屋敷から自力で出ることはできるよ。」
「それは、物理的に可能であるというだけのことです。仮に、あなたがこの屋敷を出たとして、その後どうされるのですか?クリュエルにいるはずのあなたが、ウォーム王都にいる。これは、知られてはいけないことですよね?」
そういわれて気づく。もし、この屋敷を出たとしても、誰にも見られず、誰の力も借りずに、クリュエルに戻る必要があるのだ。それは、移動魔法があれば簡単なことだけど、それが使えない今は、不可能なことだった。
「理解していただけたようですね。ふふっ。」
「・・・それで、私を閉じ込めてどうするつもりなの?」
「どうもこうも、あなたがここにいらっしゃるだけで、私は満たされていますので。あぁ、ですが私に外に出られないうっぷんをぶつけてくださってもかまいませんよ。いえ、ぜひお願いします。」
「ちょ、いやっ!」
息を荒くするゼールが近づいてきたので、あまりの気持ち悪さにゼールの腹に蹴りをいれた。崩れ落ちるゼールを見たが、私は彼を心配することなく彼から離れて、部屋の隅に行く。
床に這いつくばった彼は、息を荒くして嬉しそうに口元をゆがませていた。
「はぁ、たまらないですね。あなたのその軽蔑したまなざしも、与えられる痛みも・・・私の望むものです。」
「ほんと、勘弁してよ。たった一日会わなかったくらいで・・・」
「たった、一日?私のことなど、あなたにとってはその程度の存在ということなのですね。」
声を低くしたゼールが怖くて、私はカーテンの陰に隠れた。
「はぁはぁ。こんなに思っている相手に、その程度の存在に思われている!つまり、私の一方通行・・・くっ・・・はぁはぁ。」
「なんでうれしそうなの!?」
「心の痛みが、心地いいのですよ。あなたにも、いずれ理解できる日が来ますよ。」
「いや、来なくていいから。痛いのとか勘弁して。」
「なら、私に痛みを与えてください。でないと・・・」
唐突に酷薄な笑みを浮かべたゼールが、カーテンに隠れる私に近づき、私の背後の壁に手をついた。
「ひっ!?」
「その顔もいいですね。」
ゼールの顔が近づく。耳元で、ゼールは先ほどの続きをつぶやく。
「俺が痛みを与える。痛みに顔をゆがめるお前の顔も見たい。」
「だっ!?」
誰だ、あなた!?
え、ゼールって痛いのが好きな変態だったよね!?何、痛みを与えるのも好きなわけ!?せめて、どっちかにしてくれよ、この変態・・・!
「ぐふっ!?」
「もういいよ。」
私は、ゼールの腹に渾身の一発を食らわせた。
もちろん、殺す気はない。だが、ゼールの口の端から血が出ているところを見ると、そこそこの威力はあったのだろう。
「私、痛いのが嫌いなの。もう、散々痛い目にあったしさ、痛い目にあうくらいなら・・・」
「はぁ・・・くっ」
床にうずくまったゼールを蹴り飛ばす。床を転がっていくゼール、壁にぶつかって止まる。
それを見下ろしながら、ゼールに近づいていく。
「そういえば、あなた・・・魔法は使えるの?」
「は、はい。はぁはぁ・・・もちろん、治癒の魔法も使えますよ。」
期待するように見上げるゼールに、私は微笑んだ。
「なら、遠慮はいらないね。もう、痛いのが好きなんて言えなくしてあげるよ。」
近くにあった花瓶をゼールに投げつける。
「くっ・・・」
「全く、面倒ごとを増やして・・・私、結構やることが多いのに・・・」
四天王を倒すために、四天王の情報を集めたり、対策したり。魔法を使う相手と戦ったことがないから、どういう風に戦えばいいのかとか考えたり。
万能な能力はあるけど、それが通用しない相手かもしれないって考えれば、考えなければいけないことはたくさんあるのに。
「一生分の痛みを味わえ、この変態。」
「・・・っ!?」
とりあえず、殺さない程度にボコった。
そういうプレイとか知らないし、とりあえず痛みを与えればいいやと思って、もう2度とふざけたことが言えないように、全身をくまなく痛みつけた。
何回かやっていると、腕でガードしたりしてきたので、手足を縛った。
そのうれしそうな顔が、恐怖にゆがむまで、痛めつけてやる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
「くっ・・・うぅ・・・」
手を止める。すると、懇願するように、ゼールが見上げてくる。
全身あざができるだろうほど殴ったし、蹴った。さすがに、顔と急所は避けたが・・・それがいけないのか?そこもやればいいのか?そうすれば、ゼールも懲りてくれるだろうか?
いや、どうせこの痛みは、この時だけのものだ。治癒魔法を使えば治るからこそ、ゼールは痛みを楽しめるのかもしれない。
「ゼール、魔法って・・・声が出せないと使えないよね?」
「はい。・・・っ。一部・・・使える者もいますが・・・」
「ゼールはどうなの?」
「大体は使えます・・・声が出なくても。」
「ふーん、優秀なんだね。治癒魔法も使えるの?」
「はい。でも、治癒できる傷が限られてしまいます。はぁ。かすり傷程度ですね、治せるのは。」
「・・・今私がつけた傷は治せるの?」
「多少は。・・・サオリさん?」
「多少・・・ね。ま、いいか。」
私は、ゼールの首を掴む。
「!?」
「喉、つぶそうかと思って。一時の痛みだから楽しめるんでしょ?なら、しばらく続く痛みなら、どうかなって。」
「うっ・・・」
「え・・・」
今までで一番うれしそうな顔をしたゼール。あまりの気持ち悪さに手を離した。
「サオリさん・・・」
「・・・む、無理!もう無理!」
私は逃げるように移動魔法を使い、クリュエルの宿に戻った。
「無理、私には理解できない!なんであんなにうれしそうなの!ん、あれ?」
私はあたりを見回した。そこは、私に与えられた部屋だ。
「・・・あれ、移動魔法が使えた?」
使えなくなったはずの移動魔法が使えたことに驚いたが、ゼールから逃げられたことをうれしく思い、私はベッドにダイブした。
「ま、いいか。もう、今日は疲れたから寝よう。」
殴り疲れた私は、そのままの靴を脱ぎすてて、眠りについた。
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