第86話 動けない




 それから、何事もなくクリュエル王都を出発した。

 ゼールとはここでお別れで、彼の要望でウォームの王都まで移動魔法で送ってあげた。そして、四天王と対峙する際の約束を確認され、定期的に顔を見せるようきつく言われた。


「もしも、顔を見せなかった場合、あなたを地獄の底まで追いかけますから。」

「・・・いや、元からそのつもりだよね?」

「ばれていましたか。ですが、本当に顔をお見せくださいね?移動魔法さえなければ、監禁できるのですが・・・うまくいかないものですね。」

「・・・え?」

「どこまでも嫌味な神ですね。」

「うん、そうだね。ところで、さっき監禁とか言ってなかった?」

「はい、言いましたが?」

「・・・ソウデスカ。」

 聞き直さなければよかったと思った。そして、初めて女神に感謝の祈りをささげる。

 移動魔法、バンザイ。


 御者はルトが務める。ルトはアルクたちに教えられて、御者ができるようになったそうだ。隣にはアルクが座るので、何か起きても万全の態勢だ。


 私の隣には、リテとプティが座った。リテはともかく、プティに驚くが、それよりもエロンのことが気になった。

 喧嘩をしたわけではないと思うが、気まずいものがある。あれからエロンと話をする機会がなかったのだ。

 私が忘れてしまった・・・女神に封印されている記憶に、エロンのことがきっとある。でも、思い出せないから彼女を悲しませている。


「何かあったの?」

「・・・プティ、優しくなったね。」

 心配して声をかけるプティに、思わず本音が漏れてしまった。それに対して、プティは怒ってそっぽを向いてしまう。


「私は元から優しいわよ!失礼ね。」

「・・・そうだね。プティは元から優しいよ。でも、それがもっと感じられるようになったと思って。」

 そう、私の態度が悪いにもかかわらず、プティは嫌がらせなどせずに、ただ正しいことを言って、自分の信じる行動をしていた。怠け者がいれば、意地悪の一つでもしたくなるだろうに、プティはそれをしなかった。だからと言って、諦めるわけでもなく、プティは私と向き合い続けてくれたのだ。


「え、い、いきなり何よ。褒めたってなにも出ないのだからね!でも、あなたの服ってバリエーションが少ないと思っていたところだから、魔王を倒したら仕立て屋を呼ぶわよ。それで、その服を着て買い物にでも付き合わせてあげるわ。」

「・・・ありがとう。」

「気にすることはないわ。」

 魔王を倒したら・・・温かい日々を過ごせるかな?


 もう、血の匂いを嗅ぎたくない。


 仲間を疑いたくない。


 人に憎しみを向けられたくない。


 だって、それが続いたら・・・私は我慢ができなくなってしまう。

 赤いコートを握りしめる。


「赤は・・・嫌だな。」

「服のことよね?なら、青はどうかしら。」

「青・・・」

「私とあなたの色・・・アクセントとして入れましょうか。あぁ、それなら装飾品がいいわね。」

「では、グリーンの服はどうでしょう?青色のアクセサリーと相性がいいでしょう?」

「リテの色ね。あなた、意外と露骨よね。」

「あなたこそ。」

「だったら、みんなの色を入れたいな。」

「サオリ・・・あなた。」

 プティがなぜか私に抱き着いてきた。頭も撫でられる。


「プティ?」

「だったら、ブレスレットにしましょうか。それにみんなの色の宝石を埋め込みましょう。」

「いいですね。色かぶりはありますが・・・僕とエロンは緑とピンクで決まりですね。あとは・・・」

「私とアルクは金と青の同色ね。青は、サオリとマルトーとも被るし・・・」

「俺は茶色でいいぜ。」

「ルトは、金と銀だから、銀にして・・・私は、青が被ってしまうから赤かな。」

 本当は、アルクが黒髪黒目なので、プティを金にすれば私が青になるけど、アルクの秘密をこんなことでばらすわけにはいかない。


「なら、金と青はアルクと相談ね。別に、私が赤でもいいのだけれど・・・服装も赤だし。」

「やっぱり本来の色がいいと思って・・・」

 本来の色。そう言って、私はアルクのことを思い浮かべた。

 秘密をばらすわけにはいかないけど、偽りの色を入れるのはなんだかのけ者のようだ。


「ブレスレットは、黒がいいな。」

「黒?・・・まぁ、銀もあるから、全部の色が映えるわね。いいわ。それで全員分作りましょう。」

「僕たちにも頂けるのですか?」

「こんな所でケチケチしないわよ。私からの、頑張ったご褒美ってことで、贈らせてもらうわ。感謝しなさい。」

「なら、プティにも何か用意しないとね。」

「え?」

「だって、プティも頑張った・・・これからも頑張る仲間の一人だから。」

「サオリ・・・あなた、何か変なものでも食べたの?」

「・・・特に食べた覚えはないよ。私、変なこと言った?」

「変なことなんて言っていないわ。素敵なことを言ったのよ、あなたは。ありがとう、サオリ。」

 強く抱きしめられる。


 温かい。


 この暖かさには、覚えがある。

 エロンのぬくもりを思い出す。私は、この暖かさに助けられた。


 これからも、助けて・・・


 アルク、リテ、ルト、ゼール、エロン、プティ、マルトー・・・みんな、お願いだから、私を助けてほしい。


 このぬくもりで。




 強くならなければならない。魔王と対峙するにあたって、メンバーの能力を向上させる必要があった。

 そのために、ドラゴンを倒しに行くことになった。何事も経験、強い魔物を倒すことが、強くなる近道ということだ。


 ドラゴンの住む山まで1日。それから半日かけて山を登り、ついにドラゴンを発見した。


 ウォームと違って、魔物が一層強くなるクリュエルでのドラゴン退治。苦戦するかと思いきや、思いのほかあっさりとドラゴンを倒してしまい、さらなる強い魔物を探すことになった。

 四天王との戦いでは無力だったが、ドラゴン程度では相手にならないほど強いのが、魔王討伐メンバーだった。


「アルク、お前さらに強くなったな。」

「・・・それはもう、しごかれましたから。」

 ゼールを思い出したのか、口調がおかしくなったアルク。だが、その強さは磨きがかかっていた。ドラゴンに深手を負わせ、とどめを刺すのに貢献した。


「ルトも、相手のスキを突くのがうまくなったわね。ただ、気配が薄すぎて魔法を当てそうになったから怖かったわ。」

「得意戦術に暗殺が加えられましたから。」

「・・・サオリ、どんな教育をしているのよ。」

「オブルに頼んで。」

「・・・そう。」

 プティとそんな話をしていると、急速にこちらに近づく魔物の気配を感じた。アルクやリテ、マルトーも感じたようで、同じ方向へと視線を向ける。


「サオリたちは後ろへ。プティも後方で魔法をいつでも放てるようにしてくれ。」

「わかったわ。」

 マルトーが一番前へと出て、その少し後ろにアルクとリテが並ぶ。

 私たちは後方でルトを先頭に、私とエロンが横に並んで、その後ろにプティが並ぶ。


「来るっ!」

 マルトーが叫ぶと同時に、岩陰から何かが飛び出してきて、マルトーに襲い掛かる。マルトーが剣でそれを受け止めて、魔物の姿を認識できた。


「犬・・・いや、オオカミか?」

「目が3つありますね。上からの攻撃にも対応できそうですね。」

 二足歩行の黒い体毛の狼のような魔物。リテの言うように目が3つあり、剣を扱うことからただの動物でないことは明らかだ。


 ゾクリ。

 悪寒がする。


「まさか、あれは・・・」

 隣でエロンがつぶやく。あの魔物について何か知っているようだ。


 私も、知っている。

 あの魔物は、***を殺した。


 頭が痛い。


「うわっ!?おい、そっちに行ったぞ!」

「待てっ!」

「くっ、速い!」

 マルトーからいったん離れたかと思えば、マルトーをよけてアルクとリテの方へ駆けた魔物。アルクとリテを翻弄し、こちらに向かってきた。いつの間にか剣をどこかにしまい、4足歩行で駆けている。

 ルトが剣を構えた。


「サオリ、離脱しろっ!」

 マルトーの言葉が耳に入る。移動魔法を使えと言っているのだ。でも、私の体は動かなかった。


 頭が痛い。

 寒い・・・もう、動かない・・・


 息ができない。


 魔物は、ルトを飛び越えて、上から私へ襲い掛かる。


「・・・っ。」

 見えている。わかっている。


 でも、身体が動かなかった。



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