第85話 移動魔法の真価
鉄の匂い。深い森に生暖かい風が吹き、その風が運ぶ匂いは、懐かしの戦場の匂いだった。
「なっ・・・」
「成功したみたいだね。でも、酷い匂い・・・」
サオリさんが口元を抑えるのも無理はない。本当にここはいつ来ても酷い匂い・・・いや、そんなはずはない。戦争は終わり、私たちは負けたのだから。
「これは、どういうことでしょうか。」
「え?もしかして、ここじゃない?別の場所に移動しちゃった?」
「いいえ。ここは間違いなく私の故郷です。私の記憶に寸分違うことのない、故郷です。」
だが、それがおかしいのだ。すでに別の国となってしまった故郷が、そのままの姿というのはおかしい。
そこは、森にある石造りの神殿の前で、最後の戦いが行われた場所。
だが、神殿はその最後の戦いで見るも無残な姿になり果てたはずだ。
「立派な建物だね。ダンジョンか何か?」
「・・・神殿です。国の重要拠点でした・・・」
サオリさんの質問に答えながら、何が起こったのか整理して答えを導き出すが、あまりに荒唐無稽だと笑い飛ばしたくなる。しかし、女神が与えた力ということを考えれば・・・
過去に移動した?
「そこにいるのは誰だっ!」
背後から声をかけられ、その声に聞き覚えがありすぎて、自分の考えが正しいことを思い知らされる。
「え、ゼール?え?」
「サオリさん、話は後で。」
私はサオリさんを横抱きにして、森の中へと入りこんだ。
「待てっ!」
自分自身に追いかけられるという、ありがたくもない貴重な体験をして、私は茂みの中に入った。
「サオリさん、移動魔法を!」
「わかった!移動魔法。」
「どこに行きやが
茂みの向こうの自分の声が途切れ、景色も変わる。
「はぁはぁはぁ・・・・」
「大丈夫、ゼール?」
「はい・・・」
全く大丈夫ではない。叫びたい。その衝動を抑え込み、私は笑う。
「サオリさん、もうあそこには行かないでください。」
「・・・わかった。なら、あの人のこと教えてくれる?ゼールとそっくりの顔をしていたけど・・・」
それはそうだろう、あれは私なのだから。
「・・・実は、私はこれでも王族でして。」
「王族・・・それで?」
「腹違いの兄弟もいるかもしれませんね。王族にはありがちなことで、認知されていない子供というのはいるものです。ちなみに、私の兄弟は知っているだけで3人いますね。私は末っ子でした。・・・ま、今は誰も生き残っていませんけどね。」
「つまり、彼が何者かわからないってこと?」
「見当はついていますがね。」
自分自身だとは言えない。
まさか、過去に行けるなんて、いくら何でもその力を知ることは危険だ。私は過去に言った事実を隠すことにした。こんなことになるなら、こんな実験はしなければよかったと後悔するが、もう遅い。
「そう・・・とにかく、実験は成功だね。まさか、本当に行ったことがない場所に行けるとは、思わなかった。」
それ以上に、時間すら越えて移動できることは、想像すらしていませんでしたよ、本当に。女神はアホなのではないかと思う。こんな大きな力を与えて何を考えているのか。
過去に戻れる能力など不要。悩みの種しか生まない。
そう、もしもを実現できる能力など・・・人を苦しめるだけだ。
兄弟が死ななければ。私の国が滅びなければ。
そんなどうでもいいことを考えてしまう。
それは、サオリさんも同じことだろう。だから、私はこの能力について教えない。
「サオリさん、これからは亡国に行こうとはしないでください。必ず、今ある国を思い浮かべて・・・いいえ、この力は封印すべきでしょう。」
「亡国に行こうとなんて、普通は思わないし・・・ま、この力も隠すことにするよ。ただ、封印はできないかな。」
「なぜですか?」
「・・・まずは、四天王から倒しに行くから。きっと、その際にこの力は使うことになる。」
「そういうことですか。わかりました。・・・その時は、私も連れて行ってください。」
「ゼールを?別にいいけど、なんで?」
「移動魔法の底が知れないので、心配なのです。どこか、遠くへサオリさんが行ってしまう気がして・・・」
「・・・ま、実際遠くに行けるからね。わかった、連れて行くよ。」
「ありがとうございます。では、そろそろ戻りましょうか。オブルさんも目覚める頃ですし。」
「そうだね。オブルには、後でちゃんと説明してあげてね。」
「もちろんです。」
サオリさんに部屋まで送ってもらった私は、椅子に腰かけて微笑んだ。
糞女神、いつか会ったらぶっ飛ばしてやる!
頭おかしいだろ、なんで人間にあんな能力を与えているのだ!?あれはもう魔王よりたちが悪い能力だぞ!?
だいたい、能力に関して至れり尽くせりを超えて、はた迷惑極まりすぎだろう!
魔王城へ行ける能力・・・どこへでも好きな場所に、好きな時間に行ける能力。
頭がいかれているとしか思えない。制限をかけろよ、制限を!
せめて、魔王城と各国の都を行き来できる程度にしておけよ!
「はぁ。このままいくと・・・他の2つも私の想像以上の力を秘めていそうですね。」
荒れた心を静めて、他の能力について考えた。
自動治癒。これも最初聞いたときは、化け物の能力だと感じた。
もしかしたら、この能力は死んでも甦るのではないか?即死くらいでないと、サオリさんを殺せないだろうと考えていたが、即死しても甦りそうだ。
戦闘能力。おそらく、私より高い身体能力を持っているだろうとは思っていたが、魔王も一発で倒せる能力かもしれない。
もう、世界征服でもしたほうがいいのではないか、というレベルの力だ。
サオリさんは望まないと思うので、それは薦めないが。
改めて、神というものが人知を超えて・・・頭がおかしいことを悟った。もう、私レベルが想定できる存在ではない。サオリさんに力を与えたのはそういう存在なのだと、認識する。
まぁ、いいか。
サオリさんの力がどれだけ強いとしても、サオリさんであることは変わりなく、私がすることは変わらない。
「さて、もう寝ますので、今日はご遠慮ください。」
「そんなわけにはいかない。しっかり、納得がいくまで説明してもらおうか。」
気配を感じてお断りをしたのに、オブルは目の前に現れて仏頂面をさらした。
今日は疲れているというのに、全く察してくれない人だ。
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