第81話 身近な強者
上達の早いアルクを見て、移動魔法直後に戦闘を開始できると判断して、私はゼールに以前頼んでいた強者を紹介してもらうことにした。
「あぁ、それなら私ですよ。」
「は?」
ということで、ゼールは強かった。
試しに、アルクと模擬戦をしてもらったが、ゼールの圧勝だ。アルクは遊ばれていた。
「嘘だろ・・・騎士が、商人に負けるなんて。」
肩を落として、アルクは倉庫の隅っこで膝を抱えて座っていた。のの字でも書きそうな後ろ姿が、哀れだ。
「商人になったのは、5年前ですからね。それまでは、いろいろなことを教え込まれて、詰めるだけ詰められました。その中には、剣もあったのですよ。」
「商人になってからも、剣は欠かさなかったの?」
「はい。自分の身を最後まで守れるのは自分ですからね。」
ゼールの言葉は、私がクリュエル城で悟ったものと似ていた。誰も助けは来ない、自分の身は自分で守るしかないのだと、悟った私。ゼールも同じような経験があるのだろうか?
「さて、私の力は御覧の通りです。申し分のない相手と思いますが、いかがですか?」
「そうだね。これからもよろしくね、ゼール。」
「もちろんです。それでは、さっそく始めますか?」
「・・・もう少し休憩しよう。」
私はアルクを見て言った。
アルクは、いまだに立ち直っていない。
「情けないですね。それではサオリさん、私と模擬戦をしてみますか?」
「ゼールと?」
「はい。サオリさんを傷つけるつもりはありませんが、サオリさんは経験を欲していたでしょう?私は先ほど見ていただいた通り強いですし、いい練習台になると思いますよ?」
私はゼールをじっと見て、首を振った。
「そうですか。なら、どのような訓練をするのか、お聞かせください。」
「わかった。簡単に言えば、丸太がゼールになるだけだよ。」
「私が丸太ですか。」
「そう。ただ、丸太と違って、ゼールは反撃するでしょ?敵に反撃されたときの対処も訓練しておこうかと思って。」
「やはりそうですか。移動魔法を使った、意表を突く攻撃・・・なかなかいいと思いますが、それが魔王に通じるでしょうか?」
「それは、みんなの力次第。あと、タイミング。・・・それでも無理なら、仕方がないってあきらめるよ。」
「・・・そうですか。なら、そこの腑抜けを鍛えなおしましょう。あなたが諦める必要なんてありはしないのですから。」
ゼールはそう言って、アルクの襟首をつかむと放り投げた。
「いてっ!?」
「休んでいる暇はありませんよ、馬鹿騎士。さ、立ちなさい。今からあなたは、私のおもちゃです。」
「え、何言ってんのこいつ?サオリ、ゼールが変だぞ!」
「さて、この練習用の剣で、なぶってあげましょうか。それとも、鞭のほうがお好みで?いいえ、やはり真剣の切れ味を思う存分味わいたいでしょうか?」
「サオリ、こいつ目がマジだ!マジの変態だ!」
顔を青くして、こっちに駆け寄ろうとするアルクの足を、ゼールが練習用の木製剣で叩き、アルクは足を抱えて転がった。
「痛っ!?お前、マジで」
「次は尻に打ち込みますよ。幼子のような尻になりたくなければ、逃げ切りなさい。」
「え、それって・・・ひっ。」
ケツの青いガキとよく聞くが、そういうことだろうか?もし、お尻にあざができるようなほど叩かれたら、座れないし寝れないだろう。こわ。
アルクは、尻を抑えながら青い顔をしてゼールから距離を取った。
「サオリ、こいつをどうにかしてくれよ。」
「サオリさん、夕方になったら迎えに来ていただけますか?それまでこれで遊んでいますので。」
「・・・今日はプティとマルトーが来る日なんだけど・・・」
「そういうことだ、ゼール!俺は仲間とお茶をするから!」
「昨日、あの2人とお茶とかな・・・と、ぼやいていましたよね?よかったですね、予定がつぶれて。それも、サオリさんの力になるために、私になぶられるという、有意義な時間になったのですよ?喜びなさい。」
「いやいやいや。なんで、お前になぶられることが、サオリの力になることとつながるんだよ!関係ないだろ!全く有意義じゃねー!」
「よくわからないけど、ゼールに任せるよ。」
私がゼールにそう言えば、アルクは裏切られたという表情をした。
「嘘だろ。サオリ、お前まで頭がおかしく・・・いや、そういえばルトが、サオリ様がゼールを目覚めさせた・・・とか言ってた・・・え?」
ルトには後で詳しく話を聞くとして、私は移動魔法を使って、クリュエルの屋敷へと戻った。
クリュエルの屋敷、私に用意された部屋には誰もいない。
アルクとゼールは、ウォームの倉庫だし、ルトとオブルは、別の場所でルトの訓練をしている。
思えば、今までずっと誰かがそばにいた。
久しぶりの一人の時間に、なんだか力が抜ける。
「明後日には、出発か。」
長いようで、短いクリュエル王都の滞在も終わりだ。明後日からは、ひたすら魔王城を目指すのみ。
魔王を倒せるだろうか?
今のままでは無理だという結論が出た。
魔王討伐隊のメンバーは、弱すぎる。人としては強いのだろうが、魔王を倒すには弱すぎた。それでも、私はこのメンバーとその力で倒す。
私は、懐から短剣を取り出した。
思い出したのは、四天王クグルマを倒した時のこと。他にも、クリュエル城で人をたくさん殺した時のことが次々と浮かんで、手が震えた。
怖い。
人を殺すことが怖い。
だって・・・
「・・・」
短剣を懐にしまう。
「もう、時間が無い。早く、倒さないと・・・」
私のつぶやきを聞くものは、誰もいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます