第80話 再び、向きをそろえて



 ゼールの屋敷の庭で、私はエロンと2人でお茶をしていた。みんなでお茶をしようかと思っていたが、エロンが2人になりたいと言ったので、その希望を叶えたのだ。


「こうやって話すのは久しぶりね。」

「そうだね。」

 ピンクの髪にピンクの瞳のエロン。彼女を見ても、今は何も感じない。かわいらしいとしか思えなかった。あの時感じた懐かしさや、安心は何だったのだろう?


「・・・」

「どうかしたの?」

「あの時のことを思い出したの。サオリがクリュエル城の玉座の間に現れた時のことを。」

「あぁ、あれね。思い出したばっかで混乱してて・・・感情が高ぶってたみたい。」

「・・・ごめんなさい。」

「何が?」

「苦しかったでしょう?誰も助けてくれない、自分は悪くないのに、殺されようとするなんて・・・」

「そうだね。・・・誰も助けてくれなかった。それは、とても辛くて、悲しくて・・・悟るのには十分のことだったよ。」

「悟る?」

「そう、誰も助けてくれない。なら、自分でどうにかするしかない。それが分かって、どうにかできる力を自分が持っていることに気づいて、後は簡単だったよ。」

「・・・あなたに与えられたのが、移動魔法でよかったわ。だから逃げ延びることができた。」

「そうだね。」

 エロンが手を伸ばす。私は避けようとしたけど、エロンを傷つけることになると気づいて、そのままエロンがしたいようにさせた。


 彼女は、私の頬に手を伸ばす。


「温かいわ。」

 私の頬に手を当てて、エロンは涙を流した。


「あなたが生きていてくれて、よかった。」

「エロン?」

「私は、ひどい人よ。あなたが苦しんだと知って、絶望したと知って、世界を憎んでいると知って、それでも思うの。生き返ってくれて、よかったと。」

「・・・エロン、それって・・・」

「サオリ・・・素敵な名前を、私だけが呼ぶなんてもったいないものね。だから、これでいいの。」

 エロンは涙を流したまま、私の前から立ち去った。


 今の話は、どういうことか?

 答えは決まっている。彼女も、転生者で私と同じ世界から来た人なのだろう。


 だからか。だから、私は彼女に親しみを感じたのだ。今は、きっと女神が私の記憶を前以上に封印しているんだ。だから、彼女に何も感じない。

 なんてひどい。


 私は立ち上がって、エロンを追いかけた。



「エロン!」

「・・・サオリ。」

 バラをめでていたエロンが顔を上げる。私と同じで、黒髪黒目という特徴を持たない彼女は、この世界に転生して今の姿になったのだろう。ピンク髪とピンク目の、今の姿に。

 だから、前の世界の友達や家族の面影は、彼女にはない。


「あなたの本当の名前を教えて!私、必ず思い出すから。だから、あなたの名前を教えて!」

「・・・!」

 必ず思い出す。そう決めてエロンに宣言したが、その言葉を聞いた彼女は俯いて、再び涙を流した。


「エロン・・・思い出せなくて、ごめん。でも、必ず思い出すから・・・」

「私は、エロンよ。それ以外の何者でもないわ。」

「え・・・」

 驚く私を置いて、彼女は走り去った。その背を追いかけることは、今の私にはできない。


「どういうこと?」




 エロンとのお茶会は、失敗に終わった。それでもめげずに、今度はリテとお茶をすることにした。今回は、アルクとルトも一緒で、室内でお茶をした。


「毎日のようにお茶をしていたのが、昔のことのように感じます。」

「そうだね。ここを出たら、また当分はこんなことできないだろうし、今日はその分楽しもう。リテさんは、城でどんなことをしているの?」

 いつの間にか、リテと気安く話すようになった私だが、リテは気にしていないようなのでそのままにすることにした。リテの丁寧口調は変わらないけど・・・個性ってことにする。


「一日中書類整理をしています。体がなまっていないといいのですが・・・」

「それは、ご苦労様。」

「頭がいいと大変だよな。俺は結構自由にさせてもらってるけど。」

「あなたがもう少し使えたのなら、僕の負担も減るのですけどね。」

「すんません。」

「はぁ。ところでサオリさん。魔王討伐の意思があると聞きましたが、正気ですか?」

「・・・うん。これは、逃げても逃げられない問題だからね。だったら、犠牲が増える前に片付けるべきだと思ったの。」

「そうですか。僕としては・・・あなたに死んでほしくありません。世界が魔王に支配されたとしても、僕があなたを守ります。・・・そう言っても、あなたの意思は変わりませんか?」

「気持ちはうれしいけど、私は魔王を倒すことを選ぶ。死ぬつもりは一切ないよ。」

「・・・なら、一つ約束していただけませんか?」

「約束?」

「はい。もし、魔王討伐隊のメンバーが一人でも欠けたら、他のメンバーと共に逃げ帰ってください。移動魔法があれば可能でしょう?」

「・・・わかった。でも、私はこの中のだれ一人欠けさせずに、魔王を倒すつもりだから。」

「なら、何の問題もないですね。あなたさえ生き残ってくれれば、僕はそれでいいので。」

「・・・ずっと聞きたかったんだけど、なんでリテはそこまで私のことを?」

 これは、アルクやルト、ゼールなどにも言えることだ。何度かそれとなく聞いたが、よく意味が分からなかった。特にゼール。


「世界のことを思うあなたを、僕が思うのは自然なことなのではないでしょうか?」

「???」

 世界のことを思う・・・私?

 たまに・・・いや、結構思うことだが、彼らは私とは別の誰かの話をする。そう、誰の話だ?となる。


 結局、私ではない誰かの話のようなものを聞かされたが、魔王を倒しに行くことをリテが納得したことにより、全員の意思が統一されたので、よかったということにしよう。



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