第76話 まずは慣れよう
ウォームにある、ゼールの所有する大きな倉庫。中は空っぽで、広々としている。
そこに、私とルト、少し離れたところにゼールが立っている。私たちの目の前には、身の丈ほどの丸太がぽつんと置いてあり、それを敵に見立てた訓練をするところだ。
「まずは、何回か移動魔法で丸太の背後にルトを移動させるから、移動魔法の感覚に慣れてくれる?視点が変わるって、結構脳の処理が追い付かないから。慣れればいいと思うけど。」
「わかりました。それでは、よろしくお願いします。」
ルトに頷いて答えて、私はルトに触れて移動魔法を使った。ルトに触れているので、少し戸惑った様子が伝わってきた。バランスを崩しているような感じに近い。
やっぱり、ルトには練習が必要だ。
私には、練習など必要なくできたことだが、それは私の能力だからだろう。
車で酔う人が、自分で運転すると酔わないのと同じ感じだと思う。
「難しいですね。移動するとはわかっているのですが・・・なれない感覚というか。移動した先の状況を確認するのも大変ですね。」
「うん、だから練習が必要なの。それじゃ、繰り返し行くね。もしも体調が悪くなったら、すぐに言ってくれる?」
「はい。お願いします。」
ルトが気合を入れたのを見て、私は丸太から離れた場所に移動して、次に丸太のすぐ傍へと移動した。それを何回か繰り返したところで、ルトの顔色が悪いことに気づき、移動するのをやめた。
「大丈夫?」
「はい・・・いいえ、少し休ませていただいてもよろしいですか。申し訳ございません。」
「いいよ、焦っても仕方がないし。少し休憩にしよう。」
「うぅ・・・面目ないです。」
頭の上にある耳を伏せて、しっぽも力なく垂れさがる。可愛いな。
ルトは、倉庫の隅に行って、座り込んだ。私もその隣に行ことして、ゼールに呼び止められる。
「サオリさんは、まだお疲れではないですか?」
「うん、私は全然。・・・のどが渇いたくらいかな。」
移動魔法を使う度に声を出すので、少しのどが渇いた。でも、それだけだ。
ゼールは私にコップに水を注いでくれたが、それはルトに渡す。
「ルト、大丈夫?」
「はい・・・ありがとうございます。」
ルトは一気に水を飲みほして、口元を抑えた。返されたコップにまた水を注いでもらったが、もう十分だとルトが言ったので、私が飲んだ。
「サオリ様!?」
「え、何?」
唐突に大声を出したルトを驚いて見ると、ルトは顔を真っ赤にしていた。
「大丈夫!?顔が赤いけど!」
「え、いや・・・だってそれはっ!」
「お子様ですか。」
ゼールは、私からコップを奪って、水を注ぎなおし自分で飲み干した。
「あぁっ!ゼールっ!お前、何をするんだっ!」
「え、ルト・・・」
怒りの声を上げて立ち上がるルトだが、立ち眩みがしたのか、すぐに座り込んだ。
「情けないですね。少し安静にしていなさい。サオリさん、私も移動魔法に慣れたいと思いますので、協力していただけますか?」
「え、ゼールが慣れる必要はないけど・・・ま、いいか。」
ルトが休んでいる間どうせ暇なので、ゼールにも移動魔法に慣れてもらうことにした。必要性は感じないけど。
ゼールも最初は慣れない様子だったが、10回も往復すれば慣れたようで、移動直後にすぐ動けるようになった。覚えがよすぎではないか?
「ゼールって、すぐ何でもできちゃうタイプなの?」
「まぁ、たいていのことなら。」
「むかつく、ゼールのくせに。」
「うっ、はぁはぁ。私ごときが、申し訳ございません。」
悶え始めるゼールを見て、ゼールのスイッチがよくわからないな、と私が思っていると、ルトが訓練の再開をお願いしてきた。何やら、ゼールを睨みつけて、ライバル意識が芽生えた様子だ。
「おや、もう大丈夫なのですか?」
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です。」
「・・・なら、あと10回往復して、午前中の訓練は終わりにしようか。あんまり遅いと、プティの見張りが不審がるだろうし。ま、不審に思われてもいいんだけど、探し回られても困るからね。」
「・・・わかりました。それでは、お願いします。」
今回の訓練の結果は、ルトはまだ移動魔法に慣れず、ゼールは慣れた。いざというときは、ゼールを勇者という名のいけにえにしようと考え、なぜかそれが伝わったらしいゼールが、息を荒くして終わった。
ゼールのクリュエルにある屋敷に移動すると、昼食後プティが訪問するという手紙が届いていた。
私たちは、朝食をとった後、おとなしくプティを待って、時間通りに来たプティを迎えた。
「サオリ、久しぶりね。」
「?」
「記憶があるあなたと話すのは、久しぶり・・・という意味よ。記憶がなかった時のあなたは、別人のようだったわ。」
「・・・バカで、夢見がち・・・あんな私のことは忘れて。」
「・・・嫌よ。私は、昔のあなたのほうが好意を持てたわ。」
「扱いやすいもんね?利用する人にとっては、この世界にとっては、前の私のほうがよかったよね。」
「立ち話もなんですので、こちらへどうぞ。」
私たちの会話にゼールが入って、プティと共に応接室へ向かうことになった。
応接室には、私、ルト、ゼール。一人で来たプティが向かい合って座る。プティは一人で来た様子だが、隠れて私たちをうかがう気配が2つある。一つは、私のことをずっと監視している気配で、もう一つはプティとともに現れたので、プティの護衛だろう。
「サオリ、今日はあなたの意思を確認しに来たの。」
「私の意思?・・・そんなの、この世界には関係のないものでしょ。私の意思がどうだろうと、勇者に求めることは変わらないはず。」
「もちろんそうよ。でも、私は聞くわ。あなたは、このまま魔王討伐の旅を続けるつもりは、あるのかしら?」
「・・・あるよ。それが私の使命だから。」
最後の方は無意識に答えていた。使命だなんて、変な言葉を使った・・・
「ルトが言ったとおりね。でもね、私は魔王を倒すなんて、このメンバーでは無理だと思うわ。それは、四天王のクグルマと対峙したときに、わかった結果よ。四天王すら倒す希望が見えない私たちが、その頂点に君臨する魔王を倒すなんて、鼻で笑ってしまうわ。」
「クグルマは、ルトが倒した。ルトがいれば・・・それをサポートするみんながいれば、できないことはないと思うよ。」
「そんな話、作り話以外の何物でもないわよ。誰も信じていないわ。」
「信じていようがいまいが、どうでもいいよ。それで、プティはしっぽを巻いて逃げるってわけ?」
「挑発は無駄よ。私はね、無駄なことはしないの。魔王を倒せる可能性がないのなら、可能性を見つけるまで挑むつもりはないわ。だから、教えて。」
青い瞳が、何でも見透かしているようなその目が、私の赤い目を見つめた。
「あなたが、思い描く勝利を。」
「・・・魔王は、ルトが倒す。それだけだよ。」
「・・・そう。私には何も話してくれないのね。」
青い目が、うつむいたことで金の髪で隠れる。
「あなたの能力は、移動魔法だったわね。」
「うん。最近やっと扱いに慣れてきたよ。みんなが危ないときは、これで逃げることもできる。だから・・・」
「・・・それ以外は?その能力以外に、魔王を倒せる能力はないの?」
「・・・あると思う?」
ない。そうはっきり嘘をつくことができなかった。嘘をつけば、プティはわかるような気がして。いや、本当はもうわかっているのではないか?
「ふふっ。サオリ、残念だけど・・・それではいそうですかっていうわけにはいかないの。」
プティは顔を上げた。真っ赤な紅を引いた口が、命令した。
「やりなさい。」
その言葉に従い、プティの護衛らしき気配が目の前に現れて、私に剣を振り下ろした。
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