第77話 裏切り?




 私の前に現れた気配は2つ。私に剣を振り下ろす黒装束の男と、その男の剣を背後から剣で受け止めた黒装束の男、オブルだ。

 同じ格好の2人は、仲間のはずだが、オブルは私に剣を振り下ろそうとした男を蹴り飛ばした。男は部屋の隅まで吹き飛んで動かなくなる。


「なぜ、私の邪魔をするのかしら?」

 怒りを隠そうともせず、プティはオブルにそう聞いた。どういうことか?オブルが何か言うかと思えば、彼は黙ったまま動かない。


「・・・まさか、ほだされたとでも?王族に忠誠を誓っているはずのあなたが、なんと情けない。あの馬鹿騎士どもと同列のものを配下に置いていたなんて、恥だわ。」

「・・・」

 オブルは何も答えず、ただ私を守るように私とプティの間に立っていた。


「・・・4対1では分が悪いわね。」

「プティさん、あなた・・・サオリ様を襲うなんて、何を考えているんですか!」

「仕方がないわ。だって、話してくれないのですもの。」

 プティは、悪いと思っていない態度で、懐から取り出した紙を置いた。ゼールがそれを手に取って、声を出して読む。


「召喚された勇者は、化け物だった。腕を切り落とされても、燃やされても、何事もなかったかのように無傷でいる。力がないことは、救いだった。もし、これに力が加われば、魔王を倒すどころでなく、人類の頂点に立ったかもしれない。・・・なんですかこれは。まさか、こんなバカげたことを信じておいでで?」

 そこに書かれていたのは、私の治癒能力のことだった。ゼールは、私の能力について知っているが、それを隠したいことも理解しているので、それを見て鼻で笑った。


「だったら、この紙に書かれた内容が嘘だということを証明して頂戴。」

 プティは懐から小剣を取り出して、私に柄を向けた。


「これで、少しでいいわ。傷をつけて頂戴。」

「!?」

「本気ですか、プティさん!?」

「少し傷をつけるだけで、この内容が嘘かどうかわかるわ。お手軽でしょ?それとも、できない理由があるのかしら?」

「・・・それは。」

「メリットがありませんね。」

 言葉を濁した私の代わりに、ゼールが答えた。


「王女様は、同じ女性としてどうなのでしょうか。未婚の女性が傷を作るというのは、最も避けるべきこと。それを要求するなんて」

「これでいいかしら?」

 プティは自分の手のひらを剣でなぞって、傷をつけた。赤い血が流れる。


「なんてことを!」

「さ、手本は見せたわ。」

 剣についた血をハンカチで拭き取って、再び柄を私に向けた。


「できないなんて、言わせないわ。やりなさい。」

「・・・」

「おやめください、王女様。先ほども申し上げた通り、メリットがありません。先ほどはサオリさんを襲い、今度は自ら傷をつけるよう命令するだなんて・・・少しは頭を冷やしてください。」

「お黙りなさい。あなたに言っていないわ。サオリ、あなたに言っているのよ。」

「・・・」

「サオリ様、従う必要なんてないです。痛いのは誰だって嫌ですから。」

 私の袖を引っ張って、ルトが首を振った。


 ここで証明しなければ、私は疑われる。だが、それがなんだ?


「・・・できないよ。」

 私は苦笑した。何を言っているのかとバカにするように。


「それは、この紙に書かれていることが本当だと認めるってこと?」

「いやいや、なんでそうなるの?普通に痛いのが嫌だからだよ。だいたい、その文章はどこのだれが書いたものなの?物語風で、脚色された文章だよね。」

「・・・クリュエル城にあったものよ。」

「蔵書の中にでもありましたか?よろしければ、本のタイトルを教えていただけませんか?物語としては面白そうです。」

 心にもないことを尋ねて、ゼールは胡散臭い笑みを浮かべた。


「・・・サオリ、あなたは痛いのが嫌なのね?なら、捨て身で魔王に挑もうなんて考えはないわよね?」

「魔王に挑むって。戦うのはルトだよ。・・・そうだね、私がこの身を犠牲にしようとは考えてないよ。私は、この世界が嫌いだから。」

「・・・そう。わかったわ。お邪魔したわね、もう帰るわ。」

 そう言って、あっさりとプティは立ち上がって部屋を出ようとする。


「そうそう、もうここを発とうと思っているのだけど、あなたは何日ここに滞在したいかしら?」

「え?もういいの?」

 クリュエル城に来た目的の情報収集は、すでに終わったようだ。もう少し時間がかかると思っていたので、意外だった。


「えぇ。大した情報はなかったわ。それで、何日必要なの?魔王を倒す準備期間は。」

「魔王を倒す・・・それって。」

「旅をつづけるわ。あなたは私を信じていなくても、私はあなたを信じることにしたの。」


「魔王を倒すわよ。」


 罪悪感に襲われた。


「サオリさん、ここから魔国までは1月ほどかかります。それから魔王城へ行き、魔王と対峙することになるでしょう。なので、滞在は1週間あれば十分かと。」

「あぁ、うん。」

 プティへの罪悪感で考えられなくなった私の代わりに、ゼールが滞在時間の目安を教えてくれた。それでいいと思い、頷く。


「わかったわ。私、マルトー、アルク、リテ、エロンの5人はそのまま王城に滞在するわ。4人には2日ほど休日を与えて、他は城に仕事を用意することにするけどいいわね?」

「え・・・あー・・・悪いけど、アルクの予定はあけておいて欲しいかな。明日と明後日くらいはいいけど、その後は頼みたいことがあるから。」

「そう。アルクだけでいいの?」

「うん。なるべく他のメンバーには秘密にしてくれる?」

「・・・なら、一つだけ教えて。」

「答えられることなら。」

 私を信じると言ってくれたプティに対して、私は少しなら話してもいい気がした。甘いかもしれないけど。いずれ話すことかもしれないし。


「私のこと、憎んでいる?」

「え・・・いや、別に。」

 私の能力や魔王の倒し方について聞かれると思っていたので、拍子抜けだった。


「そう・・・ならいいわ。」

 そう言って、プティは部屋を出た。それを見たゼールも部屋を出たので、部屋には私とルト、オブルが残った。あと、プティの護衛も・・・


「これを返してくる。」

「あぁ、うん。」

 オブルはプティの護衛を背負って、その場から消えた。いや、気配が薄くなっただけで、普通に部屋から出て行った。


「プティ、なんであんなことを聞いたんだろう。憎んでいるかなんて。」

「サオリ様への態度を振り返ったのでしょう。憎まれても当然の態度だったと僕も思います。」

「・・・そうかな。私はそうは思わないけど。」

「お優しいですね。この世界は、あなたの人生を無茶苦茶にしたというのに。」

「・・・そうだね。でも、それはプティとは関係がない。確かに、プティの態度は私に攻撃的だったけど、それは仕方がないことだよ。無力な勇者・・・やっとすがったわらが、わらの役にも立たなかったんだから。」

「でも、それはサオリ様に関係がありません。望んだ勇者でなかったからと言って、サオリ様が虐げられる理由にはならない。」

「そうだね、ありがとう。」

 こんなに自分を思ってくれる人がいる。

 この世界で、得られるとは思っていなかった、救い。



 それでも、最後に頼れるのは自分だけだ。



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