第63話 繰り返し



 ぽかぽかとした日差しの下で、サオリはルトの話を聞いていた。

 馬車での移動の合間にある休憩時間に、話したいことがあるとルトから言われて、今は2人きりだ。近くにある川のほうを向いて、地面に並んで座る。地面はひんやりとしていて、やや暑いと感じていたサオリにはちょうど良かった。


「・・・ということが、昨日ありました。」

「やっぱり、そうなるよね。」

 ルトから昨日のことを聞いたサオリは、ため息をついた。この旅が終わるだろうことは、だいぶ前に仲間たちが弱いことに気づいてからわかっていたことだ。


「でも、アルクはついてきてくれるんだ・・・意外だなー。」

「サオリ様を信用してのことでしょう。アルクさんは少し不思議ですよね。本人は勘が鋭いと言っていますが、それだけでは説明がつかないような気がします。もしかしたら、サオリ様のお力のことを知っているのではないかと・・・思うのですが、お話したのですか?」

「戦闘能力については話してないけど・・・治癒能力については、リテから聞いたりして知っているかも。最初のころに一度話したことがあるんだけど、その時は2人とも信じてくれなかったんだよね。」

「治癒能力・・・それと、移動魔法を知っていると仮定して・・・どうやって魔王を倒すと思っているのでしょうかね?まさか、治るからと言って、サオリ様をおとりにすると考えていたら・・・じっくり話す必要がありますね。」

「アルクはそんなこと考えてないと思うよ。」

「信頼なさっているのですね。」

「・・・信頼していたら、全部話すよ。」

 全部話したら、楽になれるだろうか?いや、苦しむだけだろう。それが分かっているから、私は誰にも話さないことにした。


 ルドルフにクリュエル城の人間を殺す様に取引したことは、話した。それでも、3人の態度は変わらなかったけど、それがもし自ら手を下したとしたらどうだろう?それも嬉々として・・・


 そして、話せば私は、守られる側の人間から守る側の人間となる。それが少し怖い。守り切れなかった時を考えると、血の気が引く。戦うのも嫌だ。

 戦いたくないのに、力があると知られれば、戦わなければならなくなる。それは、絶対にしてはいけないことだと思う。

 私は怖い。戦うことが。


「すべて話す必要があるのでしょうか。」

「え?」

 唐突の言葉に、私はルトの目を見た。そこには真面目腐った顔のルトが川を見つめていて、私の視線に気づいて慌てて話し始めた。


「いえ・・・その、信頼しているからと言って、すべて話すなんてことしますか?僕はしません。サオリ様のことを僕は信頼していますが、僕の生まれや奴隷になった経緯などお話ししていないでしょう?聞かれれば答えますけどね。」

「確かに、知らない・・・けど、過去のことはどうでもいいかな。」

 ルトがそばにいて、私の味方でいてくれるなら、過去なんてどうでもよかった。


「気にならないですか?」

 ちょっと寂しそうに聞くルトに頷いて答えた。


「過去がどうでも、今のルトが私にとっては大切だから。」

「サオリ様・・・」

 顔を赤くするルトを見ながら、私はぼんやりとした。

 過去・・・私は、転生前の過去を振り返ることがほとんどない。でも、普通は振り返るものではないだろうか?

 転生前・・・そもそも、なんで転生した?転生ということは、私は死んだということだ。だから、私の姿は別人になっていた。

 青い髪に赤い瞳。私の世界にはない色だ。この姿になったのは、転生したから。転生・・・


 なんで、死んだんだっけ・・・


 ズキン


「・・っ」

「サオリ様!?」

 突然の頭痛に頭を抑える。切羽詰まったルトの声が、かき消される。


 悲鳴が聞こえた。すぐそばで・・・

 視界が黒に染まる。徐々に、侵食する黒。


「い・・・いや・・・」


 手足から体温が下がり、冷たくなって。


 視界に映るものは闇しかなくて。


 耳は、嘲笑を拾う。

 それも、キーンという、耳鳴りで聞こえなくなって。


 あぁ、悲鳴は私の声だった。

 これは・・・私の・・・


 理解すると同時に、一瞬だけ見えた景色。

 魔物が私に剣を突き立て、月を背にシルクハットの男が・・・逆光になっていて確認できないが、おそらくこちらを見て、笑っている。


 景色はすぐに消えて、意識を失った。

 私の記憶からも、その景色は消えた。


 この景色を思い出すことは、もうないだろう。


 だって、私は別の世界から召喚されて、この世界に来た。それは、別の世界で死んだから。

 魔物なんていない。魔法なんてない。

 そんな世界から来た私が、そんな世界で死んだ私が、魔物に殺されるわけがない。


 そして、生き返らせてもらった代わりに、私は勇者として世界を救わなければならない。

 世界を救うとは、魔王を殺すことである。


 私は、魔王を殺さなくてはならない。


「そう、それがおぬしの役目。」


「世界を救え。」

 白い空間で、絶世の美女と呼ばれるような女性が、私を見下ろし命令した。



 ガタゴトと揺れる馬車の中で目を開けた私は、口を動かした。


「ここは、どこ?」



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