第56話 救いなんて都合よくいかない




 くれぐれも勇者に手を出すな。


 それを聞いたとき、ほだされたのかと思い、ラスターは面白いと笑った。この方は面白いと、普段から口にしていたラスターだが、ここまで面白いとは思わなかった。

 愛だとは思わないが、もしそうならなお面白い。敵の筆頭を愛したとすれば、そこにあるのは悲劇か?この方が悲しむのは見たくはないが・・・面白いと感じてしまう。


 だが、次の言葉で、笑いは消えた。


 お前らでは勝てない。


 侮辱ととらえただろう。この方が言った言葉ではなかったら。

 ラスターは尊敬する方が2人いて、そのうちの一人が言った言葉だった。その方は、周りから軽んじられがちだが、仲間思いの優しく強い魔人だ。それは、尊敬に値した。ラスターは自分よりも弱いものを、仲間ですら、おもちゃとしか見れなかったから。




「あぁ、駄目ですね。」

 ラスターは、口角を上げる。勇者の表情を見ているだけで、快感が込み上げてきて手を出したくなる。もっと、その顔を絶望に染め上げたいという欲求のせいで。


 自分を見るだけでおびえた勇者は、自分に接近されたらどのような表情をするのか?手を上げたら?動けなくして、その顔が恐怖に染まるさまを眺めていたい。


「駄目です。あの方が言うのですから・・・今は我慢しましょう。」

 勇者から目を離して、意識だけは勇者に向けた。いつでも動けるように準備もしている。

 王家の秘宝の対策を取っていたラスターは、実はこの場から一瞬で逃げ出せる。そのような魔法具を持っているのだ。

 王家の秘宝は、魔法を構築できなくなるというもので、最初から魔法を構築してある魔法具は使えるのだ。魔力を流すだけなら、秘宝が発動していても可能だ。


「それにしても、本当になめられていますね。」

 魔術師だから、魔法さえ封じればいい。その考えは魔族相手には通じない。魔族は人間より優れた生き物で、訓練などしなくても人間のそこらの剣士と同等に剣を扱えて、魔力は人間では尊敬されるほどあり、魔法が使えて当たり前の存在なのだ。

 そんな魔族の頂点に立つ魔王の四天王が、王国騎士や宮廷魔術師よりも腕が立たないわけがない。


「・・・おや。」

 戦闘を見守っていたラスターは、少しは人間を見直した。ただがむしゃらに剣を振っていただけと思えば。


 アルクとマルトーが斬りかかった後、リテが後ろから斬りかかった。最初の攻撃は当然のごとくよけられて、リテの攻撃もよけられ、再びマルトーが斬りかかったが、やはりよけられて蹴りを食らった。


「そろそろ、終わりにしようかしらっ!?」

 そのとき、トリィの余裕の表情が崩れた。リテの後ろから、ルトが気配を消して、剣をトリィに向かって突き刺したのだ。トリィは寸前でよけたがよけきれず、赤いドレスに切れ込みが入った。


「この、犬風情がっ!」

 目に追えない速さで、トリィがルトを蹴り上げた。

 グシャとか、ボキとか聞こえてはいけないような音が鳴り、ルトは受け身も取らずに倒れた。


「ルト!」

「リテ、回復を!マルトー行くぞ!」

「よくやった、ルト!あとは任せろ!」

 青い顔をしてルトに近づいたリテだが、それを見ていたラスターは首を振った。


「あの奴隷は終わりですね。見たところ、あの騎士にそこまでの治癒能力はありません。いえ、そういう問題でもないですね。」

 見た、とは能力のことだ。ラスターのオペラグラスは、それでのぞいた相手の能力を見るもので、それは王国の持つ水晶より良く見える代物だ。


「そういえば、面白い能力を持っている方がいましたね。姿も変えているようですし、もしかしてあれは・・・おや、お出ましですか。」

 ラスターの目には、近くに潜んでいたシスターがルトに近づいていく姿が見えた。




「大丈夫ですか!」

 手の施しようがないと諦めたリテに届いた声は、なぜここにいるのか不思議な人物の声だったが、救いの声だった。


「エロンさん!」

 どうしてここに、という思いを押し殺して、今必要なことを頼んだ。


「僕では治せません。エロンさん、回復をお願いします。」

「わかりました。・・・これはひどい。」

 駆け寄ったエロンに場所を譲り、その様子を見守るリテ。

 エロンは回復しようとしたが、首を傾げた。


「え、魔法が使えない・・・」

「あぁっ・・・そんな・・・」

 そう、今ここは水晶によって魔法無効化地帯になっていた。もちろん、エロンの回復魔法も使えない状況だ。

 今の状況をリテはエロンに伝えた。


「と、とにかく馬車へ!ここから離れて、そこで治療をお願いします。」

「いいえ、それでは彼が持ちません。その水晶、壊せないのですか?」

「壊したらどうなるかわかりません。止め方もわからないです。」

「・・・サオリは?」

「はい?・・・サオリさんなら、あちらに・・・」

 エロンはサオリを見ると駆け寄った。


「サオリ、あなたの大切な人が今死にそうなの。私はそれを助けたい・・・でも、今ここでは魔法が使えないの。魔法が使えなければ、私は助けられないわ。」

「・・・」

 サオリの青い顔が一層血の気が引いた。でも、その視線はラスターに固定されたままだ。それに気づいて、エロンもラスターを見て固まった。


「あのシルクハット・・・」

 エロンも顔色を悪くしたが首を振って、強いまなざしをサオリに向けた。そして、サオリのほほに平手打ちをする。


「サオリ!また、大切な人が死んでもいいの!?」

「!?」

「今、考えて行動しないと、あの子死ぬわっ!それでいいの!?」

 サオリの目が、ルトに向けられる。そして、エロンに向けられて、その口が動いた。


「助けて・・・」

「だから、私だけじゃ、助けられないの!魔法が使えないのよ!」

「・・・私の移動魔法も使えない。」

「ならどうするの?お別れを言うの?」

「お別れ・・・」

 ルトを見たサオリの目に涙がたまる。血を吐いて、足が変な方向に曲がっていて、目を開けていないルト。もう、死んでいるのかもしれない。

 心臓が誰かに鷲掴みにされたような感覚に、サオリは吐き気がした。


「まだ、死んでないわ。」

「・・・本当に。」

「えぇ。だから、まだ間に合うわ。」

 エロンの言葉にサオリは頭を働かせた。


 魔法は使えない。だから、ルトを救えない。

 魔法を使うには移動する必要がある。馬車では時間がかかる。でも、サオリの得意の移動魔法は使えない。


 サオリの能力は、移動魔法、戦闘能力、自動治癒。今使えるのは、戦闘能力、自動治癒。でも、どれもルトを救える能力でも、移動に使える能力でもない。


「私じゃ・・・」

「あなたが救えないなら、誰も救えないわ。もう一度聞くわ・・・大切な人が死んでもいいの?サオリ・・・」

 首を振る。そんなの駄目だ。でも、サオリの能力では救えない。それは、他の仲間も同じだろう。なら・・・


 顔を上げて、周囲を見渡すサオリの目に、戦闘中の3人が映った。四天王のトリィは強く、2人は苦戦というより遊ばれているようだった。


 その奥で、こちらの様子を面白そうにうかがうシルクハットの男がいる。その男を視界に入れると、体が勝手に震えた。



直接的な攻撃魔法を使わないということは、頭脳派ではないかと思います。そんな彼が、この水晶を警戒していないとは言い切れません。


リテの言葉がよみがえった。


これしかない。



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