第40話 死神



 僕は、サオリ様の奴隷ルト。

 弱い僕だったけど、魔王討伐隊の仲間たちに鍛えられたおかげで、少しだけ自信が付いた今日この頃だった。


 言うまでもなく、魔王討伐隊の面々は強い。同じ剣を扱うアルクもリテもいまだ追いつかない高みの存在。

 大きな剣を振り回すマルトーの力には敵わないし、爪の甘い僕はいつも指導され、助けられた。

 プティは、サオリ様さえ絡まなければ、いい人だ。後方にいるせいか、与えてくれる指示も的確だし、欲しいと思ったときに援護の魔法がくる。剣の指南も何度かしてもらった。


 そんな、頼れる仲間たちが、今は一人も立っていない。

 何が起こったのかわからなかった。


 ただ、震える体をおさえて、剣を構える。

 今やるべきことは一つ。サオリ様の逃げる時間を稼ぐこと。


「サオリ様、逃げてください!」

 僕は叫んだ。サオリ様はこの一言では逃げてくださらないだろうと思い、どう言葉を募るか考えていると、元気よく返事が返ってきた。


「わかった!」

「へ?」

 僕の前で、移動魔法を使ったサオリ様が仲間の横に現れては消えていった。最終的に4人と共に消えた。僕は、サオリ様が最後に消えた場所を呆然と見た。


「あれが勇者か。」

 威圧的な声が響く。僕はその声に何とか頷いて答えた。


「俺は勇者を待っていた。強い者と戦うのが、俺の喜びだ。勇者を待つ間、ここの強者を暇つぶしに倒したが、強者はいなかった。」

 強い魔物は、どうやらこの四天王が倒していたようだ。


「やっと、強者とご対面と思ったのだが、あれはなんだ。がっかりだ。あれで魔王様を倒そうなどと思っているとは、とんだうぬぼれだ。」

 悔しくて歯を食いしばるが、何も言い返せない。あぁもあっさり倒されたのだ。


「さて、あの勇者はどれほどか。」

「サオリ様には、手出しさせないっ!」

 震えが収まった。なんとも単純な体だ。笑ってしまうが、今はありがたい。


「肝だけは据わっているな。だが、お前は弱者だ。戦う価値もない。」

「それでも、サオリ様が逃げる時間は、稼ぐっ!」

「逃げる?ふっ、ふははははっ!」

 突然笑い出したクグルマに気おされ、数歩後ずさった。


「あれが逃げる人間の目だというのか?おかしなことをいう。」

「でも、サオリ様は。」

 僕を置いて、移動魔法で消えたサオリ様を思い出す。


「戦うのに、あれらは邪魔だったのだろう。」

「邪魔?」

 信じられないと思った。でも、それが真実だったのだろう。僕の前に見慣れた赤コートが現れた。


「お待たせ、クグルマだったよね?」

 軽く、待ち合わせに遅刻してしまった程度の軽さで、サオリ様は四天王に声を掛けた。


「そうだ。俺はクグルマ。お前は勇者だな?名を何という?」

「・・・そうだね。私は・・・ふふっ・・・私はね、サオリ。あなたにとって、死神だよ。」

「死神とは大きく出たな。だが、それくらい言う相手出なければ、興がそがれる。先ほどの弱者とは違うところを見せてもらおうか。」

 それは、強者の会話。サオリ様は、いつもと違ってぞっとするような気配をしていた。それは、最初の出会いで感じた恐怖だ。


「サオリ様・・・」

「ルト、見ていて。あなたには、いつか見せる予定だったの。それが今日だった、それだけだよ。だから、安心して見ていて。」

 その言葉に、その気配に、僕は確信した。サオリ様は、勝つ。


「うーん・・・とりあえず、この剣を使おうかな。あなた相手に通用するとは思えないけど。」

「そんなもので、俺の毛皮を傷つけられるものか。」

「やっぱそうだよね。でも、いいや。すぐに決着をつけるのも、つまらないし。」

「口だけでないことを証明してもらおう。」

 四天王が襲い掛かった。その手には、先ほどは握られていなかった、まがまがしい剣がある。サオリ様の身長と同じくらいの剣が、サオリ様に振り下ろされた。

 それを、踊るようにくるりと回って回避し、四天王の背後にまわったサオリ様は、慣れた様子で剣を振った。しかし、その剣ははじかれる。


「っ!」

「だから、無理だと言ったっ!」

 仰け反ったサオリ様に、四天王は蹴りを繰り出し、それは見事サオリ様にあたる。サオリ様は、遠くまで吹き飛んだがすぐに立ち上がった。

 額から血が流れている。


「サオリ様!」

「ふふっ・・・」

 サオリ様は笑って剣を鞘に納めた。


「つまらん。もう諦めたのか。」

「うん。だって、この剣だと倒せそうにないし。でも、あなたの剣は切れ味がよさそうだね。あなたを倒したらその剣をもらおうかな。」

「はっ。その細腕でこの剣を振るか?」

 四天王は剣を投げ捨てた。サオリ様の前にその剣はある。


「あれ、使ってもいいの?」

「かまわないさ。それで俺と戦えるのならな。」

「ありがとう。実は、もっと剣で戦いたかったんだ。どこまで剣が通用するのかわからないし。」

 そう言って、サオリ様は剣を手に取って歩き出す。軽々と剣を取った姿に、四天王は驚いた様子だったが、焦った様子はない。


「来い、人間。」

「まずは、上から行くね。」

 そう言って、サオリ様は飛び上がって、剣を振り下ろした。それを受け止めようとして、四天王は下がる。


「・・・お前・・・」

「どうしたの?」

「剣を渡したのは、自殺行為だったようだな。」

「いや、そんなことないよ。私の前に現れたこと自体が、自殺行為だから。ふふっ。」

 嬉しそうに笑ったサオリ様を見て、僕の体は冷えていった。


 それから、サオリ様が剣を振って、四天王がそれを避けて蹴りなどの攻撃を繰り出すが、それをサオリ様が避けるということが繰り返された。


 だが、その繰り返しも終わる。

 サオリ様が剣を振ると、四天王がそれをよけたせいで、背後にあった木を半ばまで斬って止まった。いつの間にか、ひらけた場所の隅まで移動していたのだ。おそらく、クグルマの誘導だろう。


「くっ、抜けない。」

「愚かな。」

 剣を抜こうと必死になるサオリ様の背を、四天王の爪が抉った。


「くっ・・・」

 たまらず膝をつくサオリ様に、とどめだと言わんばかりに爪を振り下ろす四天王。僕はそれをただ見ていた。声が出ない。


 その時、サオリ様が笑ったような気がした。


 そして、サオリ様が消える。でも、それを探すまでもなく、僕はその姿を捕らえた。

 サオリ様は、再び剣を手に持っている。でも、その剣はいまだに木に埋まっている。そして、サオリ様の姿がまた消えて、今度は四天王の背後にいた。剣を振り下ろす体制で。


「んっ!?」

 サオリ様を探す四天王に剣が振り下ろされた。



 それからは、あっという間だった。

 背を斬られた四天王は振り返ったが、そこで腕を斬り飛ばされ、心臓に剣を突き立てられた。口から血を吐き出す四天王。その血を浴びるサオリ様。


 最後まで立っていたのは、もちろんサオリ様だった。



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