第39話 クグルマ



 それから、1ヶ月が過ぎた。

 御者は、アルク、リテ、マルトーが交代で行い、戦闘は私以外の全員が参加した。流石魔王討伐隊に選ばれるだけあって、私の奴隷であるルト以外は、危なげなく魔物を倒していく。そんなルトも、徐々に強くなっていくのがわかった。


「さっきの一撃よかったぞ!」

 マルトーが、馬車の中でそう言ってルトの頭をガシガシと撫でた。手荒な撫で方なので、目は回すし、髪は乱れまくっていたが嬉しそうだ。


「そうですわね。どこかの役立たずとは大違いですわ。」

 ルトが褒められるたび、こうやってプティは私を落としていた。私はそれに何も答えない。もう、話す気にもなれなかった。


 空気が悪い。でも、私にこの空気は変えることができないのでそのままだ。

 ルトが何か言おうとするのを、肩をおさえて止めた。


「サオリ様。」

 悲しげな目を向けられ、私も同じような顔をしてしまった。


 結局、ルトに私の戦闘能力については教えていない。どうにも2人になる機会がなかったのだ。


「よし、着いたぞ。この森だ。」

 アルクの声に、みんなは馬車の外に出た。私も続く。


「最近、この森から魔物が出てきて町を襲うらしくってな、何か原因があるのではないかってことで、調査してくれだとさ。原因がわからなくても、魔物の数を減らしてくれれば御の字だと言っていたな。」

 そう、今日はここでの魔物退治と調査がメインだ。ここにある程度留まって、次の町に行く予定だ。


「魔物が出ると言っても、弱い魔物だ。サオリも連れて行く。」

「ここに置いておけばいいと思うわ。」

「一人にするのは危険だ。」

「邪魔になるわ。」

「プティ、ここは連れて行ってやろーぜ。こういう風に連れ歩かないと、いざって時に本当の足手まといになる。」

「・・・わかったわ。」

「では、サオリさん僕から離れないで・・・」

「ヴェリテは先導していきなさい。アルクは殿。これがサオリを連れて行く条件よ。」

「・・・では、ルト。サオリさんを頼みます。」

「もちろんです。」

 こうして、リテ、マルトー、私、ルト、プティ、アルクの順で、森の探索を始めた。


 私はただマルトーの背中を追いかけ続けた。

 たまに出てくる雑魚を各々が倒していく。そして、それが二桁に達した時に、マルトーに声を掛けた。


「いつもこんなに多いの?さっきから、魔物に遭遇しすぎじゃない?」

「そうだな。雑魚だから問題はないが、この数は異常だ。」

「サオリ様・・・」

 若干青い顔をしたルトが、私のコートの裾を引っ張った。


「嫌な感じがします。」

「ルト、それは私たちに言うべきでしょう?そんな役立たずに言っても、どうしようもないわ。」

「とりあえず、止まるか。おいっ、リテっ!」

 声を張り上げて、先導していたリテをアルクが止めた。

 みんなで集まって、話し合うことになる。


「ここまで来てどう思う?」

「何か、森の奥にあるように感じます。」

「弱い魔物たちは、逃げているんじゃないのか?」

「私も同じ意見よ。」

「強い魔物がこの森に移り住んだのでしょう。ですが、ちょっと異常ですね。森を出るほど、弱い魔物にとって危険な存在なのでしょうか。」

「この森は、確かそこそこ強い魔物もいたはずだ。それが一匹も出ないのはおかしくないか?さっきから弱い魔物ばかりだ。」

「強い魔物が、森の奥に集結しているのか?いや、それはないか。」

「先に進まないことには、わかりませんわね。」

「そうだな。・・・サオリをどうするか。」

「ですから、邪魔だと言ったのですわ。」

「・・・ルトに守ってもらいましょう。ある程度の魔物でしたら、ルトでも対処できます。僕たちは、ひたすら目の前の魔物を倒せばいい。」

「そうだな。」

 話し合いをした意味があったのかわからないが、私たちはそのまま進むことになった。もしかしたら、ルトと同じようにみんな不安を感じているのかもしれない。


 そして、私たちはここで引き返さなかったことを後悔した。


 気づけば、弱い魔物が襲ってくることがなくなり、全く魔物と遭遇することがなくなった。だが、それに気づいたのは遅すぎたのだ。

 足を止めたところで、とてつもない殺気が私たちを襲った。


「人間か。こっちへこい。」

 少し先の開けた場所。地面が抉り取られたようなその場所に立つ、筋骨隆々の熊。明らかに、格が違った。


「あれは・・・」

「まずいですわ。噂が本当なら、あれは四天王の一人クグルマ・・・攻撃魔法は使わないらしいですが、肉弾戦で右に出る者はいないと言われている魔族です。」

「四天王・・・」

 プティの説明を聞いて、四天王がいることを初めて知る。さて、今のメンバーで四天王を倒せるだろうか?


「来いと言っている。聞こえなかったのか?」

 苛立つ声に、私たちは押し黙った。


「ルト、サオリさんを頼みます。僕たちだけで行きましょう。」

「私も行きます。」

 リテの提案を断り、私は自分も行くと主張した。その主張はみんなを驚かせたが、すぐに反対の嵐にあう。


「みんな、忘れてない?私の移動魔法が何のためにあるか・・・もし、あれが倒せないほど危険なものなら、私の力が必要でしょ。」

「死ぬわよ。」

 プティはそう言って睨みつけたが、私も引くわけにはいかない。私は前に進み出た。


「何と言われようと、行くから。だいたい、ここで逃げてもこの森を抜ける自信ないし。」

「ガハハハッ・・・偉そうに言えることではないなっ!」

「全くよ。」

「サオリさん・・・」

「サオリ、わかった。だけど、俺たちの後ろに居ろ。」

「わかった。」

「サオリ様は僕が守ります。」

 私は頷いて、ルトの頭を撫でた。


 みんなが逃げてくれればよかったのだが、私を置いて挑むなんて悪手でしかない。




 数分後。私の予想は当たった。

 倒れ伏す仲間たち。立っているのは、私とルト、クグルマだけだった。


「サオリ様、逃げてください!」

「わかった!」

「へ?」

 私は、ルトの言葉に甘えて、移動魔法を使いアルクの横に移動した。それから、アルクと共にリテの横に移動して、マルトー、プティと繰り返す。

 その様子を興味深げにクグルマは見て、その間攻撃を加えることはなかった。


「移動魔法!」

 私は4人を連れて、森の入り口に止めてある馬車まで移動した。


「く・・・逃げろ、サオリ。」

「逃げて・・・ください。」

 アルクとリテはこちらに薄目を開けて、苦しそうにそう言った。


「リテ、悪いけど、みんなの治療をよろしく。」

「何を・・・そんなことしても。」

「移動したから、もうここにクグルマはいないよ。」

 その言葉に目を見開いて、馬車を視界に納めたリテは納得したようだった。


「ごめんね、痛い思いさせて。でも、もしかしてあれを倒す秘策があるのかと思って、黙って見てたんだ。」

「・・・逃げられると、思わなかったのです。」

「そっか。じゃ、よろしくね。」

「サオリさん!?どこへ?」

「ルトが、まだ戦っているから。」

「サオリ、待って!」

 アルクがこちらに手を伸ばすが、私はその手が私を掴む前に移動した。


「移動魔法。」



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