第29話 覚醒



 普段使用人ですら避けるという、いわくつきの部屋。

 そこで2人きりの状況。


 私が何かを隠していると確信を持ったゼールは、厄介な存在だ。なら、どうする?

 何とかごまかせないか。いや、誤魔化すことは出来ないと思う。どうやら彼は、私の表情を読み取って、ある程度本当のことを言っているかどうかなど判別できるようだ。


 とりあえず、彼と話してみよう。


「ゼールさん。あなたは、私の隠し事をなぜ知りたいの?」

「それは、気に入った方のことなら、何でも知りたいと思うものでしょう?それに、今を時めく勇者の隠し事なんて、暴きたくならない方がおかしいですよ。」

 今を時めいた覚えはないが、隠されていると暴きたくなるのはわかる。


「暴かれては困るので、聞かないでくれる?」

「ふふっ。素直な方は嫌いではありませんが・・・ここまで行くと頭が緩いかと思いますよ。それもまたいいですけどね。」

「・・・諦めてはくれないんだね。」

 にっこりと笑って頷く彼を見て、仕方がないかと諦めることにする。


 もう、いいや。


 私の顔を見て、彼は私が諦めたことを感じたのだろう、嬉しそうに笑っていた。

 あぁ、可哀そうに。気づいていないんだね。


「ゼールさん、あなたの前にいるのが誰か、わかっているの?私は勇者。魔王を倒すべくこの世界に召喚された、勇者だよ?」

 小馬鹿にしたように笑って彼を見れば、彼の目がわずかに見開いた。


「多少腕に覚えがあるようだけど、それで?魔王を倒すっていう私に、あなたは勝てるの?」

「まさか・・・」

「あぁ、気づいたんだね。可哀そうに、なら殺さないといけないな。」

 手を伸ばし、彼の腕をつかんだ。彼はわずかに身じろぎをする。


 顔を上げれば、どこか怯えた様子の彼と目があう。私は口元をゆがませた。


「移動魔法」

「・・・っ」

 変わる景色。澄んだ空気と風が気持ちいい。



「サオリ様!」

 後ろから誰かに羽交い絞めにされ、驚いて振り返れば、すぐ近くにルトの顔があった。まつ毛長いな。


「はっ。」

 息を吐き出し、崩れ落ちたゼール。五体満足の彼だったが、顔色は悪い。

 私は、ただ移動魔法を使って移動しただけだ。彼の一部だけを置いたり持ってきたりしたわけではない。


「ルト、心配かけてごめんね。」

「!・・・いえ。」

 声を掛ければ、スッと離れるルト。ちょっと寂しく感じるが、仕方がない。


「ルト、悪いけど、御者の人を呼んできてくれる?ゼールさん疲れちゃったみたいだから。」

「わかりました。」

 ゼールを軽く睨みつけ、走って御者を呼びに行くルトを見送って、私はゼールに向き直った。


「やだな、ゼールさん。冗談真に受けすぎですって。」

 努めて明るい声で言って、顔をさげている彼の肩を2回軽く叩いた。


「まさか、ここまで本気で引っかかるとは思いませんでした。これにこりたら、乙女の秘密を暴こうなんてしないことですね。」

 若干キャラ崩壊しているが、いいだろう。とりあえず、冗談ということにして、この場を収めたかった。そして、若干トラウマでも持ってもらい、余計な詮索をしなくなれば、なおいい。


「サオリさん・・・」

 顔を上げたゼールの目を見て、私は数歩後ろにさがった。でも、腕を掴まれてそれ以上さがれなくなる。


「え、えーと・・・」

 おかしい。ゼールの目はきらきらと輝き、まるで長年探し求めていたものを、今見つけたかのように晴れやかな顔をしている。


「我が主。遂に見つけましたよ。」

「はい?」

「冗談?そのようなウソ、笑えませんよ。あれがあなたの本性なのでしょう?」

「・・・」

 状況についていけない。急にゼールが主と私を呼びだし、ゼールを小馬鹿に笑った私が、本当の私だという。いや、別にあれは・・・演技のようなものだったと思う。


 楽しかったけど。


「とりあえず、手を離してもらえませんか?」

「ならば、私のことはゼール・・・いいえ、駄犬で構いません。そう呼んでください。」

「だ、駄犬!?」

「はい、なんでしょうか。」

 私から手を離したゼールは、地面にはいつくばって犬のように・・・


「ちょ、ま。立って。いいから立って。この絵面ヤバイから!」

「おおせのままに。」

 ゼールが素早く立ち上がると、丁度そこへ御者を連れたルトが帰ってきた。


「戻りました。ゼールさんは、もう大丈夫なのですか?」

「・・・いや、どうなんだろう。大丈夫ですか?いえ、大丈夫ですよね、ゼールさん。」

 駄犬と呼んで欲しいとか、地面にはいつくばっていたとか、きっと私の幻覚だ。それか、ちょっとゼールさんが移動魔法のショックかなにかで、混乱していたのかもしれない。


「問題ありません。我が主。ですが、どうか私のことは先ほどのようにお呼びください。」

「わがあるじ?・・・我が主?サオリ様、ゼールさんは何を言っているのでしょうか?」

「ゼールさん、ちょっと頭痛い痛いでしたね~今日は帰って休みましょう!寝れば元通りになりますよ!」

「あぁ、もったいない。名を呼ばれるほどの存在ではありません。どうか、だ」

 私は素早くゼールの口をふさいで、御者に言った。


「すみません。ゼールさん、頭を強く打ったようでして、先ほどから様子がおかしいのです。今日の予定はもう終わりにして、戻りましょう。先に馬車の準備をしに行ってもらっていいですか?」

「かしこまりました。それでは、失礼します。」

 慌てた様子で小走りに戻る御者を見送り、私はルトを見る。彼も先に行ってもらおうか。それとも、私たちが移動しようか。

 ゼールとは、もう一度しっかり話をする必要がある。


「サオリ様。」

 考えているとルトが声を掛けてきた。その声は、わずかに怒りが含まれている気がする。


「その男、どうしますか?サオリ様を主と呼ぶなんて、身をわきまえて欲しいものです。サオリ様の所有物でもないくせに、サオリ様と少し親しくなったからと、ずうずうしいにもほどがあります。」

「・・・ごめん。脳が処理しきれなかったから、もっと簡潔に言ってくれる?」

「身の程知らずの男から、サオリ様を今すぐ引きはがしたい。あと、一発殴りたい。」

 どうしよう、家の子が壊れた。ゼールが壊れたと思ったら、連鎖するようにルトまでおかしくなってしまった。


「・・・とりあえず、ルトは黙って。こいつを先に、どうにかしないといけないから。」

「・・・わかりました。」

 ゼールを恨めしそうに睨みつけるルトを、勝ち誇った表情で見つめるゼール。


 どうしてこうなった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る