第12話 像



 移動魔法。神から与えられた能力の一つ。

 私は、勇者として戦える力ではなく、生活に役立ちそうな力をもらった。だから、私に魔王は倒せないだろう。というのは嘘だが、そういうことにしてある。


 本当は、戦闘能力という力もあり、使ったことはないがおそらく私は戦える。だけど、その力は使わずに隠しておくことにした。

 だって、戦いたくなんてないから。


 そんな私は、移動魔法で国の役に立とうとする勇者位の貴族だ。

 いまだにどのような魔法かさえわかっていないが、この魔法を扱えるようになることが私の今の仕事だ。


 移動魔法という名前からして、大体の予想はできる。おそらく、超能力で言えば、テレポートのような能力だろう。任意の場所に移動できる能力と考えている。

 他には、いつもの3倍速く動けるようになるといった、補助魔法ではないかと予想するが、できればテレポートの魔法版だといいな。


 とりあえず、移動魔法については、名前以外何もわかっていないので、移動の部分は無視して、魔法の部分だけを見ることにした。つまり、魔法について勉強することにしたのだ。



「アルクやリテさんは、魔法は使えるの?」

 朝食を食べながらそう聞けば、アルクが口の中に物を入れたまま答える。


「まぁな。モグモグ・・・ん。俺よりリテの方が魔法は得意だな。」

「そうですね。武力ではアルクに負けますが、魔法は僕の方が得意ですよ。ですが、私は騎士ですので、魔法使いには負けますよ。サオリさんは、移動魔法について考えているのですね?」

「はい。魔法というからには、移動魔法も魔法だと思って・・・その、少しだけ魔法について教えてもらってもいいですか?」

 リテは、私が移動魔法を使えるようになることを反対している。だから、お願いは聞いてくれないような気がした。それならそれで、アルクに教えてもらおう。使えるようだし。


「・・・そうですね。では、食べ終わってから簡単に説明しましょう。」

 割とあっさりと了承され、少し驚いた。


「あ、ありがとうございます。」

「いいのか?リテ。お前反対なんだろ?サオリが移動魔法を使うことにさ。」

 私の疑問をアルクがぶつけた。そんなアルクにリテは苦笑して答える。


「私が教える程度のことは、少し調べればわかることです。その程度のことを教えないなんて、ただの意地悪だと思いませんか?別に僕はサオリさんに意地悪がしたいわけではないのですよ。」

 確かにそうだ。私もリテが教えてくれないのなら、アルクに聞こうと思っていたしね。



 朝食後。

 リテが簡単に説明してくれた魔法は、私の想像通りのものだった。


 魔力と呪文で発動する、不可思議な現象。それが魔法だ。

 ちなみに、人によっては無詠唱という、呪文なしで魔法を発動できるらしい。才能だな。


「無詠唱は、強化系だとわりできる人は多いですね。アルクもできます。」

「あぁ、あれか。アタックアップとかだな。攻撃力上げたり、防御力上げたり。剣との相性はいいから、使いやすくていい。派手さはないけどな。」

「魔法の名前は、同じ効果であっても人それぞれ違う呼び方をしています。アルクの言うアタックアップを、僕は筋力上昇と言っています。ま、これは割とどうでもいいですね。」

 あ、どうでもいいんだ。


「僕が思うに、魔法はイメージが大切だと思います。火の玉を出したいのなら、どの程度の大きさで、どのような動きをするのか?色は?・・・といった感じですかね。そのイメージを引き出すために呪文があり、魔法の名前があると、僕は思っています。」

「呪文はわかりますが、名前もですか?」

「はい。呪文の代わりに名前を呟く方もいます。」

「・・・移動魔法。」

 とりあえず呟いてみたが、何も起こらなかった。


「まずはイメージしてみたらどーだ?ほら、この部屋から廊下に出る・・・ってのは、まずいな。そこから目の前のソファに移動するくらいのイメージでやったらどうだ?」

「イメージね。」

 私は今座っているソファから、目の前のソファに移動するのを想像した。瞬間移動みたいな感じで想像したが、それが少し怖くなる。


 今ソファに座っている私が消えて、次の瞬間には目の前のソファに座っているのだが、それが怖い。消えている間の私って・・・一瞬消えるって大丈夫なのか?分解してたりするわけ?なんかそれって怖いんだけど!


「・・・どうしよう。なんか怖くてできない。」

 イメージの方向性を間違えたようだ。しなくてもいい心配事が出てきた気がする。


「なら、やめましょう。そうだ、今日は天気がいいので、中庭で散歩でもしましょうか。城の庭は、手入れが行き届いているので、素晴らしいですよ。」

 にこりと笑ってリテが提案してくる。怖くなってしまった私は、それもいいかもしれないと思い、中庭に行くことにした。


「えぇ!マジかよサオリ。もう少し頑張ってみてもいいんじゃねーか?」

「黙りなさい、アルク。あなただって、サオリさんに危険なことはさせたくないでしょう?」

「いや、確かにそうだけどよ。使える可能性がある力なら、使えるようになっておいた方がいいと思うぞ。何かあった時、絶対後悔するからな。」

「何かあった時は、僕たち2人で全力で守るだけです。」

「それはそうだが・・・ま、今日のところはとりあえずいいか。休むことも大切だからな。」

「休み・・・」

 そういえば、この世界に来てから色々あって、全くのんびりした時間を取れなかった。


「それでは行きましょうか。」


 2人に案内されて中庭に来た。

 広々とした敷地に、迷路のように植えられた花々。花の高さは腰ほどしかないので、迷うことはないだろう。


「花の匂いがすごいね。」

「ま、これだけ植えられていれば、そりゃな。」

「日差しが強いですね。今、日傘をさします。」

 リテが私の横に来て、日傘で日の光を遮る。


「ありがとう。」

「はい。それでは、適当に歩きましょうか。疲れたら、ここでお茶にしましょう。いい天気ですからね。」

 私は、迷路にそって歩き始めた。途中で分かれ道があったが、どれも右を選ぶ。すると、途中でアルクに笑われてしまった。


「ハハッ。お前、ここさっきも通ったぞ!」

「え?あ、確かにこの青い花さっきも見たわ・・・」

「先ほどから、分かれ道があると右を選んでいますが、何か理由があるのですか?」

「別に、ないよ。一周したみたいだし、今度は左を選ぼうかな。」

「それでまた戻ってくるのか?もしかして、花とかあんま興味ねーのか?」

 その通りだ。私はどちらかといえば花より団子。きれいな花をみて感動はするが、特別好きなわけではない。贈り物も花をもらうよりお菓子の方が嬉しいし、見るのだって動物とか演劇とか見る方が好きだ。


「ここの花はきれいで見ごたえがあるけど、興味があるかといわれれば、別にって感じかな。ただ、なんとなくお散歩するのも楽しいし。うん、花を見てるというよりは散歩してたわ。」

「そうかそうか。ま、俺もだけど。」

「2人とも・・・」

 リテが残念なものを見るような目でこちらを見てきた。なんとなく気まずい。


「・・・あぁ、そう言えば!像とかないの?あっちの城には中庭にあったよね?」

 前にいた城で一度だけ見た石像を思い出した。像があれば見てみたいと思った。花よりは興味が持てるし、その像を作ったいきさつなんかを聞くこともできる。


「中庭ですか・・・」

 リテがそう呟いて、首をかしげる。


「何?」

「クリュエル城の中庭に石像があったのですか?」

「え・・・うん。」

 もう一度思い出す。確かに中庭にあった。

 確か、ライオンみたいな生き物の石像だったと思う。あまりまじまじと見ていなかった。あの時は、何かふさぐものが欲しいと思っていて。


「あれ?」

「どうした、サオリ?」

「あぁ・・・うん、何でもない。」

 私、何をふさぎたかったの?それに、これはいつの話?


 勇者として召喚され、投獄された私。

 そんな私が行けた場所は少ない。牢屋と実験を行う部屋の2か所。一応、玉座の間に入ったことはあるが・・・

 中庭に行ったことがあるのは、一度だけだ。


「サオリさん。」

「え、何ですか?」

「あなたが中庭に・・・クリュエル城の中庭に行ったのは、僕と行った時が初めてですよね?」

 正確に言えば、目覚めたら中庭にいて、近くにリテがいた。

 確かに、あの時が初めて中庭を見た時だ。


「はい、そうですよ。」

「・・・そうですか。ありがとうございます。」

 リテは難しい顔をした後、微笑みをこちらに向けた。


「少し早いですが、お茶にしましょう。」

「リテ?」

 アルクが呼ぶのには答えず、リテは私の腰に手を添え、エスコートしてくれた。


 ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る