6-12 今までありがとうございました

 それは、見事な棒術と、空手……なんだろう? 素手の戦いだった。


”体術って言うのよ。見事と言うか、完全に大陸系武術の達人の動きね”


 そう、棒術と体術の戦い。

 イナンナ様に言われた通りに復唱するが、その間も二人は至近距離で戦い続けていた。

 ギルガメッシュ様は叩き、突き、払い、寸止めしてからの誘い打ち、飛び上がって強襲等、ありとあらゆる技で錫杖を叩きつける。

 その全てを、ティアマトは両の手で優しく捌いていた。


 意味が解らないレベルだった。


 イナンナ様が達人と表現したのは比喩でもなんでもなくて、本当に達人の動きをしている。

 緩急をつけた速度や、明らかに手が見えないような角度へ棒を回してからの一撃に対しても、最初からそこに来るのがわかっているかのようにティアマトは手をやり、ゆっくりと逸らしていく。


 その姿はもはや演舞ですらなかった。

 母親が駄々をこねる子供をあやしているような、そんな姿。

 親であるティアマトからは手を出さず、じゃれつくギルガメッシュ様を子供のように扱い続ける。

 言葉にこそ出さないものの、勝ち目と言う言葉を忘れてしまうようなそんな光景。


 私とイナンナ様が心中で期待するのは、あるのかないのかさえ分からない彼の奥の手だった。


”ナナエ”


 小さく告げられる言葉に私はゆっくり気取られないように体を動かす。

 二人の戦いを正面に見ながら、横目に収めるのは私の槍だった。それはティアマトから打ち出された後にギルガメッシュ様に弾かれて、私の手の届く所まで飛んで来ていた。


 考える事は一つだけしかない。

 たとえ私が戦えない体であっても、その槍を持った瞬間、私は戦力として数えられることになる。

 そうすれば、ティアマトに隙を作る事ぐらいはできるかもしれない。私がどうなろうとも。


 多くを言う必要も無く、私達二人の意見は一致していた。


 激烈な母と子の親子喧嘩を見ながら私は静かに動き、ようやくといった体で槍を掴む。



「二人がかりで来ますか? 私はそれでも構いませんが?」



 けれど、私が出来るのはこれまでだった。

 目こそ向けられなかったものの、私の行動はティアマトに察知されていた。

 一方的な攻防を行いながらもこちらに気を配りながら、あまつさえ優しい声のままこちらに話しかける余裕を持たれていては、私が動いた所で何の役にも立たない。


”今は待ちましょう。これだけでも十分よ”


 イナンナ様の気休めも気休めにさえ感じられなかった。

 私の行動は焼き直しであり、明らかに二の手にしては弱すぎる。万全な状態ならまだしも、魔力はほぼ枯渇し、なおかつ左手がない私は、その槍でさえ左脇に柄を挟んで右手で支えてなんとか固定している状況なのだ。


 同省も出来ない現実に歯噛みをしながら、けれども来たるであろう機会を伺いつつ私は彼女にこう思考した。


(……言いたくないですけれど、イナンナ様)


”何? ナナエ”


(今までありがとうございました)


”聞きたくないわ、そんな事”


(ええ、だから言いたくないです)


 本当に言いたくない事が何なのか、一呼吸の間がお互いの認識を合わせる。


”いざと言う時は無謀でもやるっていうんでしょ? 命を賭けてでも”


(はい、そのつもりです)


 ギャンブルとかそういう事は私は好きではない。でも、もうここまで来た以上、勝てる機会があるなら身を賭すと心を決めていた。

 一度言った事を曲げるつもりもない。私の信念にかけて。


 そして、彼女イナンナは全てをわかっている。


”いいわよ。でも、それをやったら、勝った後に私からの祝福は無しにするからね?

 私の体を粗末にする人間には祝福なんてしてあげないんだから”


(ごめんなさい、イナンナ様)


”バカね、本当に”


 それをするな。を大切にしろ。

 そう言外に告げた彼女の言葉を、私は拒否した。


 そして、私は直感に従って目を閉じる。視界を落として魔力のみを感じる状態に切り替えていく。

 この場で物理的な攻撃が来たらアウトだけれど、今の戦いでそんな事はありえないだろうと予測を立てていた。だとすれば、魔力の方をよく見た方が何か糸口があるかもしれない。


”ティアマトの攻撃をナナエは見えていたものね。直接的な攻撃に関しては私に任せて。一回だけなら無理やり避けて見せるわ”


 彼女のありがたいサポートを受けて魔力の関知に集中する。

 接近戦をひたすら続けている二人はとても眩しいままで、この場では直接強さに直結するであろう魔力の大きさを隠してはいなかった。


 ……魔力? ……大きさ?


 感覚をより鋭敏に研ぎ澄ます。

 ギルガメッシュ様の身に纏われた薄膜、ティアマトの身に纏っている薄衣。

 ギルガメッシュ様の一撃毎に流動する魔力。ティアマトの受け流しに使う魔力。


 魔力……? 動いている……?


 私の中の違和感はすぐに形になり、疑問へと変化する。


 最初の疑問は、どうして今ティアマトが動けるのかと言う事だった。

 ギルガメッシュ様が言っていた二の風とやらはティアマトの動きを封じることが出来るはず。


 一の風が作用している事は彼の身にある薄膜が証明していた。

 二の風はどうなのか? ティアマトが動いているならば、機能していないか、使っていないのだろう。

 三の風は拘束状態からの動作を可能にする自己強化みたいなものだとして、今それを使っているかまではわからない。


 纏めると、二の風を使っているのか使っていないのかに考えは集約されていく。

 そして、次の疑問は、いずれにしても何故なのかと言う事になる。


 私は可能な限りギルガメッシュ様の身になって考えていく。

 使っていないなら多分切り札だろう。

 既に使っていてそれが無効化されているのであれば、私達の勝ち目は大きく減る事になる。

 やっぱりどちらかはわからないけれど、その状況で私はどうすればいいのか。


”わからない以上拙速に動くべきではないわ”


 目まぐるしく動き、激しく打ち合っているその光景は、彼女の言葉が正しいと伝えて来る。

 でも、私の直感は別の事を伝えていた。


 すぅと大きく息を吸う。

 きっとそれはこの状況に一石を投じる事になるだろう。


”無茶苦茶ね。本当に”


 イナンナ様の言葉を置いて、私は叫んだ。



「今です! 二の風を使って下さい!!」


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