2-9 体育の授業(女子は薙刀)

「先生に、一礼!」


「「「よろしくお願いします!」」」


 午前の体育の授業は冬の恒例の武道だった。男子は柔道、女子は薙刀である。

 大戦中から、ひいては戦国の時代から女子は護身として薙刀を習うべしとの事で、冬の間は毎年薙刀が体育の授業だった。


”何か意味あるの?”


(イナンナ様、これは実戦用とかより、単に魔法ばっかり使わないで体鍛えろって事じゃないかと思いますよ)


 ジャージに着替えた女子は体育館二週と準備体操の後に、体育倉庫から出してきた練習用の薙刀をそれぞれ準備する。


 薙刀自体は柄がプラスチック素材で、刃の部分には固めのウレタンがセットされている。思いっきり刃の部分で叩いても、そこそこには痛いけど防具を付けなくても安全な代物だった。

 公式試合などではウレタン部分に白い粉などを塗しておき、当たったら跡がつくようにしておいて勝敗をわかりやすくもしていた。

 しっかり切られて白線を付けられるか、突きで丸く跡が付けば一本である。


「はい、二人ずつ揃って!」


 体育の時間の先生は隣のクラスの女の教師だった。この時間、担任の水代先生は男子の柔道を見ている。

 普段は二人組にあぶれる事が多いけれど、今日の私は、クラスの内外から万能委員長と呼ばれる夜野やのさんと組になっていた。

 夜野さんは一昨日の教室の事件の時に、皆がパニックに陥る中で率先して事態対決をしようとしていたぐらい出来る人だった。ちなみに、性格もよいし、身長も私より高いし、スタイルが良くて、胸が……私よりもかなり大きい。


 というか、全体的に私だと勝てない。


”まぁ、ナナエは無いからね”


(どこが? とは私は聞き直さないですよ?)


 イナンナ様の声を聞き流しつつ、先生の声に耳を向ける。


「中段に構えてから、払って袈裟、交代で四回やりましょう」


 まずは、型の練習。

 腰の位置でお互いに薙刀を構えた状態で、攻め手が穂先を相手の穂先に合わせて回転させることで相手の薙刀を外に払い、相手がバランスを崩したところで上から大きく袈裟懸けに切りつける組み合わせだった。

 もちろん受ける側は、態勢を立て直してから薙刀を斜め上に掲げて防御の姿勢をとる必要がある。


 クルッと払って上からパン。攻守交替して払ってパン。


 薙刀は突きや薙ぎが主流だが、威力を重視して剣道のように上段から叩きつけることも手段としてはあった。でも、上段から叩きつける時には上体ががら空きになる為、突きを警戒しなければならず、突きを打たせずに叩きつける為の払いだった。


 女子で体育を真面目にやっている生徒は正直少なく、相手の穂先に当てもせずにクルッと自分の薙刀を回してから上から振りかぶる人や、のんびりと上から優しく叩きつける人が多いのはいつもの光景だった。けれど、夜野さんはいつも生真面目なので、彼女と組んだ時だけはまともにやらないと本気で叩かれることになる。


 ……はずなのだが、今日はどうも夜野さんの当たりも弱く感じた。


 それから数種類型をやった後で、五分休憩に入る。


「一昨日あの後、足稲山で意識不明で倒れていたって聞いたから手加減したのだけれど」


 誰にも構われずに壁際で一人いる私に声を掛けてきたのは、その夜野さんだった。


「……とりあえず、体は何ともないって言われました」


 そう返したけれど、私の言葉が足りなかったのか微妙な間が流れる。


「そう、それなら良かった」


 と、私の顔を見る夜野さん。


 とりあえず、これは今日、私が学校に来てから初めての会話だった。

 今日は朝からクラスの誰もが私に声をかけてこなかった。

 事件の犯人だと思っているのか、それとも半信半疑程度なのかはわからないけれど、多分そんな感じなんだろう。

 そんな中、初めて声をかけてきたのはやっぱりと言うか夜野さんだったわけで。


 硬くなっている私の顔に、夜野さんも顔を寄せてくる。


「……聞いているわよ」


 ギクッ

 何の話かな? それとも、夜野さんはどこまでの情報知ってるんだろう?


「あの事件は、魔法を使う凶悪犯の仕業だって」


 その声は耳打ちするように静かに私に話しかけている。


 ああ、ほんとにその筋書きなんだ。と思ったのだけれど、


「ある筋からは、稲月さんが狙われていたとも聞いたわ」


 はい? え?


「何故あなたなのかはわからないけれど、その分だとあなた自身もわかっていないようね。

 魔法であなたを巻き込んで焼き殺せれば良し、失敗しても、クラスの生徒を疑心暗鬼にさせて、生徒同士に喧嘩をさせて間接的にあなたを殺そうって作戦だったそうよ。

 運よく目論見通りにはいかなかったわけだけれど、二段仕立ての良くできた作戦だと思うわ。

 事情を知らされていなかったら、今も私、あなたの事が犯人じゃないかと疑っていたでしょうしね」


 それは、予想よりもすごい筋書きになっていた。他に証拠とか確かな情報源があるなら確かにそれは信じられる話になるんだろう。

 なるのかな? 夜野さんが信じてるぐらいだし、多分なる。


「もうこの話はクラスの中に広まっているわ。だから安心して」


 と優しく笑顔を向ける夜野さん。そのまま表情は次第にすまなそうに変わる。


「多分、クラスの皆はあなたに危害を加える事は無いと思うわ。

 それと、今日のみんなの行動はね、あなたの傍にいると、巻き込まれて危険な目に遭うかもしれないから近寄るな。って事なのよ。

 不快に思うかもしれないけれど、このままだと誰も説明しなさそうだったから、みんなの代わりに謝罪しておくわね」


 ああ、そういう事だったんだ。


 状況がわかって納得するのと同時に、ああ、流石は夜野さんだと私は思う。

 皆が私を敬遠する中、夜野さんは率先して私に声を掛けてきたのだ。彼女は人がやらない事でも率先してやる。というか、なんでもやろうとして出来てしまう。そんなすごい人。


 私からしたら、何でもできる物語の主人公みたい。そんな憧れと言うか、煌びやかなイメージがある。


 そんな事を考えていたら、イナンナ様から脳内でツッコミが入る。


”あなたがよく言うわ”


(言いますよ、イナンナ様。私とは雲泥の差ですから)


”ほんとそうね”


「稲月さん、何か?」


「あ、ううん。なんでもない」


 頭の中でイナンナ様と会話をしていたら、夜野さんに変な顔をされた。

 うん、まだ人前でイナンナ様との会話をするのは難しい。

 夜野さんに態度を怪しまれないように取り繕わないと。


 でも、まずは言わないといけない事はこれだと私は思った。


「ありがとう、教えてくれて。

 あと、一昨日の時も迷惑かけたみたいでごめんね」


 クラスの状況とか、夜野さんに教えてもらわなかったら全然わからなかったしね。


「稲月さんが謝る必要はないわ。原因はあなたではないんだし。

 それに、私は出来る事をしたまでよ。努力して出来る事は全てするのが私のモットーなのだからね」


 夜野さんは強い意志の籠った視線をこちらに向けながらそう言った。

 さらりと努力をして出来る事はなんて言っているが、彼女は筆記も魔法の実技も体育も全て学年トップクラスの成績で、さらに今はクラス委員長。来年は生徒会会長も狙っているという噂もある。

 どれだけの努力をしているのだろう?


「すごいね、夜野さん」


 本心からそう口に出る。努力しても報われなかった私には眩しい。


「すごくなんてないわ。出来る限りの事をしているだけよ。

 前も言ったけれど、稲月さんも諦めたらだめよ? それに、進路もまだ決めていないんでしょ?」


 あー……夜野さんの口からちょっとこの場で聞きたくない言葉が出て来た。

 

”ナナエ、朝もあなたその事を考えていたわね? 進路って何? どこかに進むの?”


 そして、案の定と言うか、イナンナ様が食いついてくる。


(あー、その話は午後からクラスであるんで、その時までに教える事で良いですか、イナンナ様)


 逃げてない。私は逃げてないですよ? 決して、考えてたくないから後回しと言うわけではないです。


”その癖、やめなさい”


(いや、あの、これから練習試合なんでそっちに集中したいんですよ)


 酷い言い訳。


(あ、いや、でもこれ事実です)

 

 と、心の中で思い直した。言い訳だって事も全部筒抜けなんだよね、と一通り考えてから気づいたんだけれども。


「ちゃんと考えた方があなたの為よ」

”ちゃんと考えなさい、ナナエ”


 そして、夜野さんとイナンナ様からかけられた言葉は同じようなものだった。


 結局それには、うんとしか、返せなかった。考えてもどうすればいいかわからないし……


”後でちゃんと聞かせてもらうからね。覚悟しなさいよ、ナナエ”


 イナンナ様が頭の中にいるって事は、私はあがいても逃げられないんだよねと再認識したのでした。

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