問題点
「先輩!」
「あ、麻里奈さん」
僕が学校の校門をくぐると、麻里奈さんが話しかけてきた。
「先輩怒ってますか?」
「そりゃ‥‥‥まぁ‥‥‥」
「もう結菜先輩の悪口書いてほしくなかったら、私の言うこと聞いてくれません?」
「なにするの?」
「今日の放課後、ただ私とカラオケに行ってくれればいいです! 皆んなには内緒で」
「それは結菜さんに怒られちゃうから‥‥‥」
「別にいいんですよ? ずっと彼女さんが私に傷つけられてもいいなら、男なら全力で守るべきだと思いますけどね」
「分かった。結菜さん達がバイトに行ったら、校門で待ち合わせね」
「了解です」
イラっとした僕は、怪しいと分かりながらも、麻里奈さんの誘いに乗ってしまった。
※
そして放課後、結菜さん達が全員でバイトに向かった後、僕は校門に走った。
「ちゃんと来ましたね」
「うん。一緒にカラオケに行けば、もう悪口は言わないんだよね?」
「はい! 行きましょう!」
そして、二人でカラオケボックスに入ると、麻里奈さんは普通に歌い出した。
「なんでカラオケなの?」
「男の人とカラオケ行ってみたかったんです!」
本当にそれだけだろうか、男の人と来たかったなら、あえて僕を選ぶのは不自然な気が‥‥‥。
「先輩も一緒に歌いましょう!」
「あ、うん」
「隣に来てください」
「なんで?」
「デュエットするなら、隣で歌った方が気分上がるじゃないですか!」
「分かった、一曲だけね」
二人でデュエット曲を歌っている時、麻里奈さんは急によろけて倒れそうになり、それを反射的に助けようとして、麻里奈さんの腕を掴むが、倒れる力に引っ張られて、僕達はソファーに倒れてしまった。
「ご、ごめん!」
僕が離れようとすると、麻里奈さんは僕を力強く抱き寄せた。
「キャー!! 助けて!! やめて!!」
「え!?」
「はい、もう離れていいよ」
麻里奈さんから離れて唖然とする僕に、麻里奈さんは携帯で動画を見せ始めた。
「今のシーン、ばっちり撮れてるから、これをSNSに投稿する」
「最初からこのために?」
「当たり前じゃん。結菜先輩の彼氏がこんな男だって知ったら、ネットの皆んなはどう反応してくれるかな? それに結菜先輩は彼氏に裏切られて、どんな顔するんだろうね。 絶対笑えるよ!ほら見て、ここをタッチしたら投稿されちゃうよ? 土下座したらやめてあげてもいいけど」
悔しかったが、歯を食いしばりながら正座をした。
「マジでするの? 先輩の土下座とか傑作!」
「投稿しないでください」
「本当にしちゃったよ! ダッサ! あー、ごめん先輩、間違えて投稿しちゃった! んじゃ私帰るね〜、バイバーイ」
くそ‥‥‥やられた‥‥‥。
ソファーに座り、頭を抱えていると、僕の携帯が鳴った。
「もしもし‥‥‥」
「輝久!? 今どこ!?」
芽衣さんだ‥‥‥。
「どうしたんですか?」
「結菜が麻里奈の投稿を見て、店を飛び出して行ったの!! 今どこにいるの!!」
「学校の近くのカラオケです」
「それじゃ、あの動画は本当なの? 輝久、何考えてるの‥‥‥」
「はめられたんです。麻里奈さんが倒れそうになったのを助けようとしたら、いきなり抱きつかれて叫ばれました‥‥‥」
「そっか、疑ってごめん」
「大丈夫です」
「それより、早く結菜を見つけて! このままじゃ結菜、麻里奈になにするか分からない! 結菜がこれ以上問題起こしたら、皆んなで卒業できなくなっちゃう!!」
「い、急いで探します」
***
その頃結菜は、呑気に歩く麻里奈を見つけて声をかけていた。
「麻里奈さん」
「は!? メイド服着たままなにやってんの?」
「とりあえず、ここだと目立つので裏に行きましょう」
二人で路地裏に入ると、結菜は麻里奈を壁に追いあって逃げられないようにした。
「あの動画はなんですか?」
「見て分からないの? あんたの彼氏が私を襲ったの」
「輝久君がそんなことをしないことぐらい分かっています。なぜあんなことをするですか?」
「本当だよ? 結菜先輩、彼氏とどこまでしたんですか?」
「キスまでです」
「へー、んじゃ、彼女とやる前に私とやっちゃう変態彼氏ってことか。結菜先輩可哀想」
次の瞬間、結菜は麻里奈に向かって本気でビンタをしてしまった。
「嘘をついて人を傷つけたり、貶めたりするのはやめなさい!!」
「手出してんじゃねー!!」
麻里奈は結菜の顔を躊躇なく殴ったが、結菜は怯むことなく麻里奈を詰めよった。
「私のことが気にくわないなら、私のことだけ言いなさい」
「うるさい!!」
「そもそも、なぜ私が気にくわないんですか? 私は貴方になにもしてません!」
「出し物の手伝いしただけで愛梨に慕われて、ムカつくんだよ!」
「愛梨さんとは、もっと前からお友達です」
「愛梨はね、あんたらみたいな落ちこぼれと一緒にいちゃいけないの!! M組と仲良くしてたら愛梨がダメになっちゃう!」
「そういうことですか。貴方は友達想いなんですね。ですが、愛梨さんは貴方みたいな人は嫌いだと思いますよ」
「嫌われてもいい! 愛梨を守れたらそれでいい!」
「貴方のような人に守れたくないわね」
「愛梨‥‥‥」
沙里と芽衣と愛梨は、輝久と合流して携帯のGPSで結菜の元へ駆けつけた。
「今すぐ投稿を消しなさい」
「なんで? 愛梨のためなんだよ?」
「私はM組の皆さんが好きです」
愛梨のその言葉に、沙里は嬉しそうに愛梨を見つめた。
「そんなの愛梨じゃない、偽物だ!!」
「何をしているの!! 今すぐ捨てなさい!!」
麻里奈はカバンからカッターを取り出して愛梨に向けた。
「動かないで!!」
結菜が麻里奈の手を掴もうとすると、麻里奈は次にカッターを結菜に向けた。
その場に緊張が走り、輝久達は麻里奈を刺激しないように何も言わない。
「麻里奈さん、カッターを捨てなさい」
「今後愛梨に近づかないって誓って!」
「それはできません」
「結菜さん!!」
麻里奈は結菜に向かってカッターを振り下ろしたが、結菜はギリギリで避けることができた。
「今なら許します。心の傷なんていつか消えます。ですが、そのカッターで誰かを傷つけてしまったら、貴方は愛梨さんと授業を受けることもできなくなりますよ」
「麻里奈だっけ? やめときな? 結菜の手の傷、それ私がつけた傷なんだ。当時はなんとも思ってなかったけど、今になっては後悔してる」
「そうだよ、結菜も今なら許すって言ってるんだから、大人しくカッター捨てよ?」
沙里と芽衣の声は届かず、麻里奈はまたカッターを振った。
そのカッターは結菜の腕に当たり、メイド服は切れ、血が滲み出てしまった。
「沙里!!!!」
次の瞬間、沙里は走りだし、麻里奈に殴りかかった。
麻里奈は暴れて、沙里の腕にも血が滲み始めたが、沙里は気にせずに麻里奈を殴り続けた。
それからすぐに麻里奈は無抵抗になり、輝久がカッターを取り上げて、二人を落ち着かせるまでに時間はかからなかった。
***
「ごめんなさい‥‥‥」
「なにが」
「私、頭に血が上って‥‥‥」
「だからやめとけって言ったの。もう後悔してるじゃん」
「私はただ、愛梨が不幸にならないように‥‥‥」
「私は不幸なんかではありません。M組の皆さんとお友達になってから、楽しいことが沢山ありました」
「でも‥‥‥」
「ありがとうね」
「え?」
「貴方のしたことは間違えています。ですが、私を思ってしてくれたことなんですよね」
「うん‥‥‥」
「今日から私とお友達になりませんか?」
「なってくれるの?」
「もちろんです。結菜先輩と沙里に謝れますか?」
「うん‥‥‥二人ともごめんなさい」
「SNSの投稿を消して、全て嘘だったと説明してください。それなら許します。怪我のことはいいです」
「分かりました‥‥‥」
「私はシュークリーム奢ってくれたら許す」
「わ、分かりました」
「それじゃ、僕はグミ奢ってくれたら許します!」
「え? なんで輝久先輩も?」
「僕、女子生徒に酷いことした人になってるんですよ?」
すると結菜さんは、傷を押さえながらニッコリ笑った。
「そうですよ麻里奈さん、最後の晩餐ぐらい奢ってあげてください」
「は、はぁ‥‥‥」
「結菜さん!? 最後の晩餐ってなに!?」
いやいやいや、怖い怖い怖い。
そんなニッコリしながら近づいてこないで‥‥‥。
「麻里奈さんに抱きついたことも問題ですが、私に内緒で二人でカラオケに行ったこと‥‥‥完全に浮気です」
「それには事情が!」
「そんなの知りません。いつになったら輝久君の浮気癖は治るんですかね」
結菜さんは手についた血を、僕の頬をなぞるように指でつけてきた‥‥‥。
「う、浮気なんてしたこと‥‥‥あったかもしれないけど‥‥‥」
僕が芽衣さんを見ると、芽衣さんは素早く視線を逸らした。
「し、仕事に戻るね!」
そんな状況の中、沙里さんは麻里奈さんの横に座りながら、ニコニコして話しかけた。
「なんか、問題点がズレちゃったね」
「そ、そうですね。もしかして結菜先輩って怖い人ですか?」
「知らなかったの? 今回の結菜はマシな方だよ? 本当にやばいと、今頃麻里奈は結菜の言葉に殺されてるよ」
「言葉で死ぬんですか?」
「それくらいズバズバ言うし、しかもそれが何も言い返せない正論だったりするから怖いの」
「なるほど‥‥‥」
「てかさ、麻里奈って愛梨のこと好きなの?」
「好きというか、憧れですね」
「そうなんだ。でも、麻里奈が結菜の悪口言った理由は分かったけどさ、なんで他の生徒まで悪口言ってたの?」
「ただ、いじめる対象が欲しかっただけだと思います」
「そっかー、いじめる相手間違えたね」
「そうかもしれませんね」
その頃、僕は結菜さんに詰め寄られ逃げようとしていた。
「あ、愛梨さん助けっ」
「て、輝久先輩!?」
僕は振り返り様に躓き、愛梨さんの胸に顔を埋めてしまった。
「ご、ごめんなさい!!」
目の前には顔を赤くして胸を押さえる愛梨さん。
後ろには笑顔なのに殺気が凄い結菜さん。
そして僕は血迷い、結菜さんの胸を揉めば許してもらえると思い、胸に手を伸ばした。
「イテテテテテッ!!!!」
だが、結菜さんは笑顔のまま僕の腕を力強く掴んで被ねり始めた。
「さぁ、輝久君、私のお家に行きましょう」
「さ、沙里さん助けて!」
「麻里奈、今日は天気いいね」
「そ、そうですね」
「無視しないで!」
***
輝久は結菜に連れていかれ、その後M組の生徒は勝手に店を抜け出した連帯責任で、メイド喫茶を全部クビにされた。
***
その日の夜。
「今日は結菜さんの部屋なんですね。それだけでなんか安心です」
「ベッドに拘束されているのにですか?」
「うん、まぁ‥‥‥」
次の瞬間、結菜さんは何も言わずに軽く僕の首を締めてきた。
「結菜さん、く、苦しいです」
「カラオケは楽しかったですか?」
「楽しくなかったです」
「よかったですね。愛梨さんの胸に顔を埋めることができて」
「あれは、わざとじゃなくて‥‥‥」
「輝久君が他の女に触れるだけで死にたくなるんです。もしくは輝久君を殺して独り占めしちゃいたくなります。そんなに怯えないでください。輝久君だって、私に独り占めされるのは嬉しいですよね? 喜んでくれますよね? 死んでもずっと私の部屋に飾ってあげます。それならいつでもキスできますし、いつでも抱きつくことができます。とても素敵だと思いませんか?」
「結菜〜、タランチュラが暴れてうるさい〜」
「え!? どうしたんでしょう、今行きます」
枕を抱えた沙里さんが部屋に入ってきて、僕は助かった。
今回は本気で殺されると思って焦った‥‥‥。
***
結菜と沙里は、輝久を放置してタランチュラを眺めていた。
「暴れてないですよ?」
「さっきまでうるさかった‥‥‥お化けかも結菜! 一緒に寝て!」
「今日は輝久君が‥‥‥」
「やだ! 怖い!」
「しょうがないですね‥‥‥」
それは、悪くない輝久を助ける為の、沙里の優しい嘘だった。
沙里は自分を犠牲にするのではなく、誰も傷つかずに誰かを助けることを覚えたのだ。
そして輝久は、ベッドに拘束されたまま天井を眺めていた。
***
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