問題点

「先輩!」

「あ、麻里奈さん」


僕が学校の校門をくぐると、麻里奈さんが話しかけてきた。


「先輩怒ってますか?」

「そりゃ‥‥‥まぁ‥‥‥」

「もう結菜先輩の悪口書いてほしくなかったら、私の言うこと聞いてくれません?」

「なにするの?」

「今日の放課後、ただ私とカラオケに行ってくれればいいです! 皆んなには内緒で」

「それは結菜さんに怒られちゃうから‥‥‥」

「別にいいんですよ? ずっと彼女さんが私に傷つけられてもいいなら、男なら全力で守るべきだと思いますけどね」

「分かった。結菜さん達がバイトに行ったら、校門で待ち合わせね」

「了解です」


イラっとした僕は、怪しいと分かりながらも、麻里奈さんの誘いに乗ってしまった。





そして放課後、結菜さん達が全員でバイトに向かった後、僕は校門に走った。


「ちゃんと来ましたね」

「うん。一緒にカラオケに行けば、もう悪口は言わないんだよね?」

「はい! 行きましょう!」


そして、二人でカラオケボックスに入ると、麻里奈さんは普通に歌い出した。


「なんでカラオケなの?」

「男の人とカラオケ行ってみたかったんです!」


本当にそれだけだろうか、男の人と来たかったなら、あえて僕を選ぶのは不自然な気が‥‥‥。


「先輩も一緒に歌いましょう!」

「あ、うん」

「隣に来てください」

「なんで?」

「デュエットするなら、隣で歌った方が気分上がるじゃないですか!」

「分かった、一曲だけね」


二人でデュエット曲を歌っている時、麻里奈さんは急によろけて倒れそうになり、それを反射的に助けようとして、麻里奈さんの腕を掴むが、倒れる力に引っ張られて、僕達はソファーに倒れてしまった。


「ご、ごめん!」


僕が離れようとすると、麻里奈さんは僕を力強く抱き寄せた。


「キャー!! 助けて!! やめて!!」

「え!?」

「はい、もう離れていいよ」


麻里奈さんから離れて唖然とする僕に、麻里奈さんは携帯で動画を見せ始めた。


「今のシーン、ばっちり撮れてるから、これをSNSに投稿する」

「最初からこのために?」

「当たり前じゃん。結菜先輩の彼氏がこんな男だって知ったら、ネットの皆んなはどう反応してくれるかな? それに結菜先輩は彼氏に裏切られて、どんな顔するんだろうね。 絶対笑えるよ!ほら見て、ここをタッチしたら投稿されちゃうよ? 土下座したらやめてあげてもいいけど」


悔しかったが、歯を食いしばりながら正座をした。


「マジでするの? 先輩の土下座とか傑作!」

「投稿しないでください」

「本当にしちゃったよ! ダッサ! あー、ごめん先輩、間違えて投稿しちゃった! んじゃ私帰るね〜、バイバーイ」


くそ‥‥‥やられた‥‥‥。


ソファーに座り、頭を抱えていると、僕の携帯が鳴った。


「もしもし‥‥‥」

「輝久!? 今どこ!?」


芽衣さんだ‥‥‥。


「どうしたんですか?」

「結菜が麻里奈の投稿を見て、店を飛び出して行ったの!! 今どこにいるの!!」

「学校の近くのカラオケです」

「それじゃ、あの動画は本当なの? 輝久、何考えてるの‥‥‥」

「はめられたんです。麻里奈さんが倒れそうになったのを助けようとしたら、いきなり抱きつかれて叫ばれました‥‥‥」

「そっか、疑ってごめん」

「大丈夫です」

「それより、早く結菜を見つけて! このままじゃ結菜、麻里奈になにするか分からない! 結菜がこれ以上問題起こしたら、皆んなで卒業できなくなっちゃう!!」

「い、急いで探します」



***



その頃結菜は、呑気に歩く麻里奈を見つけて声をかけていた。


「麻里奈さん」

「は!? メイド服着たままなにやってんの?」

「とりあえず、ここだと目立つので裏に行きましょう」


二人で路地裏に入ると、結菜は麻里奈を壁に追いあって逃げられないようにした。


「あの動画はなんですか?」

「見て分からないの? あんたの彼氏が私を襲ったの」

「輝久君がそんなことをしないことぐらい分かっています。なぜあんなことをするですか?」

「本当だよ? 結菜先輩、彼氏とどこまでしたんですか?」

「キスまでです」

「へー、んじゃ、彼女とやる前に私とやっちゃう変態彼氏ってことか。結菜先輩可哀想」


次の瞬間、結菜は麻里奈に向かって本気でビンタをしてしまった。


「嘘をついて人を傷つけたり、貶めたりするのはやめなさい!!」

「手出してんじゃねー!!」


麻里奈は結菜の顔を躊躇なく殴ったが、結菜は怯むことなく麻里奈を詰めよった。


「私のことが気にくわないなら、私のことだけ言いなさい」

「うるさい!!」

「そもそも、なぜ私が気にくわないんですか? 私は貴方になにもしてません!」

「出し物の手伝いしただけで愛梨に慕われて、ムカつくんだよ!」

「愛梨さんとは、もっと前からお友達です」

「愛梨はね、あんたらみたいな落ちこぼれと一緒にいちゃいけないの!! M組と仲良くしてたら愛梨がダメになっちゃう!」

「そういうことですか。貴方は友達想いなんですね。ですが、愛梨さんは貴方みたいな人は嫌いだと思いますよ」

「嫌われてもいい! 愛梨を守れたらそれでいい!」

「貴方のような人に守れたくないわね」

「愛梨‥‥‥」


沙里と芽衣と愛梨は、輝久と合流して携帯のGPSで結菜の元へ駆けつけた。


「今すぐ投稿を消しなさい」

「なんで? 愛梨のためなんだよ?」

「私はM組の皆さんが好きです」


愛梨のその言葉に、沙里は嬉しそうに愛梨を見つめた。


「そんなの愛梨じゃない、偽物だ!!」

「何をしているの!! 今すぐ捨てなさい!!」


麻里奈はカバンからカッターを取り出して愛梨に向けた。


「動かないで!!」


結菜が麻里奈の手を掴もうとすると、麻里奈は次にカッターを結菜に向けた。

その場に緊張が走り、輝久達は麻里奈を刺激しないように何も言わない。


「麻里奈さん、カッターを捨てなさい」

「今後愛梨に近づかないって誓って!」

「それはできません」

「結菜さん!!」


麻里奈は結菜に向かってカッターを振り下ろしたが、結菜はギリギリで避けることができた。


「今なら許します。心の傷なんていつか消えます。ですが、そのカッターで誰かを傷つけてしまったら、貴方は愛梨さんと授業を受けることもできなくなりますよ」

「麻里奈だっけ? やめときな? 結菜の手の傷、それ私がつけた傷なんだ。当時はなんとも思ってなかったけど、今になっては後悔してる」

「そうだよ、結菜も今なら許すって言ってるんだから、大人しくカッター捨てよ?」


沙里と芽衣の声は届かず、麻里奈はまたカッターを振った。

そのカッターは結菜の腕に当たり、メイド服は切れ、血が滲み出てしまった。


「沙里!!!!」


次の瞬間、沙里は走りだし、麻里奈に殴りかかった。

麻里奈は暴れて、沙里の腕にも血が滲み始めたが、沙里は気にせずに麻里奈を殴り続けた。

それからすぐに麻里奈は無抵抗になり、輝久がカッターを取り上げて、二人を落ち着かせるまでに時間はかからなかった。



***



「ごめんなさい‥‥‥」

「なにが」

「私、頭に血が上って‥‥‥」

「だからやめとけって言ったの。もう後悔してるじゃん」

「私はただ、愛梨が不幸にならないように‥‥‥」

「私は不幸なんかではありません。M組の皆さんとお友達になってから、楽しいことが沢山ありました」

「でも‥‥‥」

「ありがとうね」

「え?」

「貴方のしたことは間違えています。ですが、私を思ってしてくれたことなんですよね」

「うん‥‥‥」

「今日から私とお友達になりませんか?」

「なってくれるの?」

「もちろんです。結菜先輩と沙里に謝れますか?」

「うん‥‥‥二人ともごめんなさい」

「SNSの投稿を消して、全て嘘だったと説明してください。それなら許します。怪我のことはいいです」

「分かりました‥‥‥」

「私はシュークリーム奢ってくれたら許す」

「わ、分かりました」

「それじゃ、僕はグミ奢ってくれたら許します!」

「え? なんで輝久先輩も?」

「僕、女子生徒に酷いことした人になってるんですよ?」


すると結菜さんは、傷を押さえながらニッコリ笑った。


「そうですよ麻里奈さん、最後の晩餐ぐらい奢ってあげてください」

「は、はぁ‥‥‥」

「結菜さん!? 最後の晩餐ってなに!?」


いやいやいや、怖い怖い怖い。

そんなニッコリしながら近づいてこないで‥‥‥。


「麻里奈さんに抱きついたことも問題ですが、私に内緒で二人でカラオケに行ったこと‥‥‥完全に浮気です」

「それには事情が!」

「そんなの知りません。いつになったら輝久君の浮気癖は治るんですかね」


結菜さんは手についた血を、僕の頬をなぞるように指でつけてきた‥‥‥。


「う、浮気なんてしたこと‥‥‥あったかもしれないけど‥‥‥」


僕が芽衣さんを見ると、芽衣さんは素早く視線を逸らした。


「し、仕事に戻るね!」


そんな状況の中、沙里さんは麻里奈さんの横に座りながら、ニコニコして話しかけた。


「なんか、問題点がズレちゃったね」

「そ、そうですね。もしかして結菜先輩って怖い人ですか?」

「知らなかったの? 今回の結菜はマシな方だよ? 本当にやばいと、今頃麻里奈は結菜の言葉に殺されてるよ」

「言葉で死ぬんですか?」

「それくらいズバズバ言うし、しかもそれが何も言い返せない正論だったりするから怖いの」

「なるほど‥‥‥」

「てかさ、麻里奈って愛梨のこと好きなの?」

「好きというか、憧れですね」

「そうなんだ。でも、麻里奈が結菜の悪口言った理由は分かったけどさ、なんで他の生徒まで悪口言ってたの?」

「ただ、いじめる対象が欲しかっただけだと思います」

「そっかー、いじめる相手間違えたね」

「そうかもしれませんね」


その頃、僕は結菜さんに詰め寄られ逃げようとしていた。


「あ、愛梨さん助けっ」

「て、輝久先輩!?」


僕は振り返り様に躓き、愛梨さんの胸に顔を埋めてしまった。


「ご、ごめんなさい!!」


目の前には顔を赤くして胸を押さえる愛梨さん。

後ろには笑顔なのに殺気が凄い結菜さん。


そして僕は血迷い、結菜さんの胸を揉めば許してもらえると思い、胸に手を伸ばした。


「イテテテテテッ!!!!」


だが、結菜さんは笑顔のまま僕の腕を力強く掴んで被ねり始めた。


「さぁ、輝久君、私のお家に行きましょう」

「さ、沙里さん助けて!」

「麻里奈、今日は天気いいね」

「そ、そうですね」

「無視しないで!」



***


輝久は結菜に連れていかれ、その後M組の生徒は勝手に店を抜け出した連帯責任で、メイド喫茶を全部クビにされた。



***



その日の夜。


「今日は結菜さんの部屋なんですね。それだけでなんか安心です」

「ベッドに拘束されているのにですか?」

「うん、まぁ‥‥‥」


次の瞬間、結菜さんは何も言わずに軽く僕の首を締めてきた。


「結菜さん、く、苦しいです」

「カラオケは楽しかったですか?」

「楽しくなかったです」

「よかったですね。愛梨さんの胸に顔を埋めることができて」

「あれは、わざとじゃなくて‥‥‥」

「輝久君が他の女に触れるだけで死にたくなるんです。もしくは輝久君を殺して独り占めしちゃいたくなります。そんなに怯えないでください。輝久君だって、私に独り占めされるのは嬉しいですよね? 喜んでくれますよね? 死んでもずっと私の部屋に飾ってあげます。それならいつでもキスできますし、いつでも抱きつくことができます。とても素敵だと思いませんか?」

「結菜〜、タランチュラが暴れてうるさい〜」

「え!? どうしたんでしょう、今行きます」


枕を抱えた沙里さんが部屋に入ってきて、僕は助かった。

今回は本気で殺されると思って焦った‥‥‥。



***



結菜と沙里は、輝久を放置してタランチュラを眺めていた。


「暴れてないですよ?」

「さっきまでうるさかった‥‥‥お化けかも結菜! 一緒に寝て!」

「今日は輝久君が‥‥‥」

「やだ! 怖い!」

「しょうがないですね‥‥‥」


それは、悪くない輝久を助ける為の、沙里の優しい嘘だった。

沙里は自分を犠牲にするのではなく、誰も傷つかずに誰かを助けることを覚えたのだ。

そして輝久は、ベッドに拘束されたまま天井を眺めていた。


***

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