追う鹿
「修学旅行だー!!」
「柚木さん! 駅では静かに!」
今日は遂に修学旅行初日。
柚木さんが莉子先生に注意されるところから始まった。
「おまたせ〜」
やっとやって来た美波さんの顔を見て驚いた。
「美波さん!? どうしたんですか、その目のクマ!」
「寝れなかったの」
「新幹線での移動中はちゃんと寝てくださいね」
「こういうのは移動中に皆んなで話したりするのが楽しいの! 寝るわけにはいかない!」
「ま、まぁ、無理しない程度に‥‥‥」
「さて、皆んないるわね? あと十分で新幹線来るから、トイレとか行きたい人は、いっトイレ」
今の寒くも古いギャグに全員が寒気を感じ、尿意を催して全員トイレに向かった。
全員トイレを済ませて、無事に新幹線に乗り込むと、結菜さんは沙里さんの鞄を見ながら言った。
「ずいぶん大きな鞄ですね」
「お菓子が多すぎて」
「武器も入ってるんですか?」
「お菓子を全部持って行きたかったから、修学旅行中は武器無し。あ、ポケットにカッターだけ入ってる」
「良かったです」
なにが良かったなのだろう。
旅行に武器って怖すぎだよ!
まぁ、沙里さんの過去を思うと、武器を持つことが精神的な安定に繋がるのかもしれないし、しょうがないかな。
そして新幹線が動き出した瞬間、美波さんは気持ちよさそうに眠りだしてしまい、僕達は修学旅行前に買ったお菓子を食べながら、たわいもない会話して奈良へ向かった。
それにしても、芽衣さんのバナナはいいとして、真菜さんはアボカドに醤油を垂らして、ちゃんとスプーンを使ってアボカドを食べてるけど、本当変な光景だ。
「みんな! こっち向いて!」
莉子先生が新幹線内での僕達を写真に撮った。
「あとこれ、皆んなにインスタントカメラを渡しておくから、自由に撮ってね!」
すると芽衣さんは、鞄からマジックペンを取り出して、寝ている美波さんの顔に落書きをし始めた。
「お姉ちゃんにバレたら怒られるよ?」
「こんな時に寝てるのが悪いの! まずは瞼に目を描いて」
芽衣さんと真菜さんは、美波さんの顔を見て必死に笑いを堪えている。
「次は鼻の下に髭描いちゃお」
「鼻毛の方が面白いよ」
「おっ、真菜もノッてきたね!」
美波さんの鼻に鼻毛を描いて、それを見ていた全員が吹き出しそうになったが、必死に堪えた。
「真菜、つ、次は?」
「前歯二本、黒くしちゃお」
「歯に描くのはさすがにヤバくない?」
「大丈夫大丈夫。ここまできたら、とことん落書きしちゃお!」
「んじゃ、真菜は上唇押さえてて」
「わかった」
そして、美波さんの頬にそばかすを書き、ヘアゴムで前髪をちょんまげにし、おでこにシワを追加して、芽衣さんは全員に呼びかけた。
「皆んな集まって!」
全員で、顔中落書きされた美波さんを囲むようにして写真を撮った。
それから眠り続ける美波さんをほっといて、皆んなでワイワイ会話している間に奈良に到着した。
「お姉ちゃん、奈良着いたよ」
「ん? んー! 結局寝ちゃった!」
美波さんが背伸びをしながら気持ちよさそうに目を覚ますと、全員が美波さんの顔を直視しないように、美波さんから顔を逸らした。
さっそく駅を出て、すぐにバスに乗り換えると、美波さんは不機嫌そうに言った。
「なんなの? 歩いてる時、皆んな私を見て笑うの! 奈良県民は失礼な人しかいないのか!」
「お、お姉ちゃん? 奈良県民は悪くないよ」
「んじゃなんで私を見て笑うの!?」
美波さんが真菜さんの方を向くと、真菜さんは凄い反射神経で美波さんから顔を逸らした。
「こっち見ないで」
「なんで?もしかして私の顔‥‥‥なんか付いてる!?」
「付いてるとか、そういうレベルじゃ‥‥‥」
美波さんはなにかを察したのか、僕達全員に視線を向けた。
すると、また全員が美波さんから顔を背けた。
「先生! そのデジカメで私の顔撮って!」
「え‥‥‥いや、充電が‥‥‥」
「そんなすぐ無くなるわけないじゃん! 撮って!」
「しょうがないわね。は、はーい、笑ってー」
「はい! 今撮ったの見せて!」
「は、はい」
美波さんは今撮ってもらった自分の顔を見て、真顔で黙り込んでしまった。
「お姉ちゃん? ごめんね?」
「真菜がやったの?」
「描いたのは芽衣ちゃん」
美波さんは芽衣さんを睨むが、芽衣さんは美波さんの顔を見て遂に笑ってしまった。
「そんな顔で睨まないでよ!」
「そんな顔って! お前がやったんだろうがー!!」
美波さんはバスの中で芽衣さんに掴みかかったが、莉子先生は焦って美波さんをなだめて落ち着かせた。
「先生のメイク落とし貸してあげるから落ち着いて!」
「早く貸して!」
美波さんはやっと落書きを落として、ずっと不機嫌そうな顔をしていた。
そんな美波さんに芽衣さんはバナナを差し出した。
「食べる?」
「食べない!!」
「ごめんって!」
「いいよ。修学旅行だし、今回だけ許してあげる」
「ありがとう!」
「やっぱりバナナちょうだい」
「いいよ! はい!」
「バカにしてんの!? バナナ無いじゃん!! 皮だけじゃん!! 輝久かよ!!」
「え?」
「やめてもらえます!?!?!?!?」
芽衣さんが周りを見渡すと、沙里さんがバナナを頬張っていた。
「沙里! なんで食べたの!?」
「美波いらないって言ったから」
「勝手に食べちゃダメでしょ!」
「んじゃこれあげる」
沙里さんは芽衣さんと美波さんに飴を渡し、二人がその飴を口に入れると、顔からどんどん汗が出てきて、急に大きな声を出し始めた。
「辛い!!」
「唐辛子キャンディーだよ。健康になる」
辛さのあまり、ヒーヒー言っている二人をよそに、僕は結菜さんとパンフレットを見ながら、二日目の予定を立てていた。
そんな中、一樹くんと柚木さんと鈴さんは、楽しそうに何かを話している。
それからしばらくバスに乗っていると、莉子先生が全員に言った。
「もうすぐ最初の目的地よ! 降りる準備して!」
「はーい!」
※
バスを降りてしばらく歩くと、奈良公園という場所に着き、そこには野生の鹿が沢山いた。
すると結菜さんが【鹿せんべい二百円】の看板を見つけて、嬉しそうに指を差した。
「ここで鹿せんべいをあげれるんですね!」
「そうです! 今から鹿せんべいをあげる体験をします!」
「二日目に来る予定でしたが問題ないですね! 輝久君! 早く買いに行きましょう!」
「うん! せんべい買いすぎないようにね」
「はい!」
結菜以外の全員は、二百円十枚入りのせんべいを買い、結菜さんは千円を払い、鹿せんべいを五十枚購入した。
***
皆んなが楽しそうに鹿せんべいをあげている光景を、莉子先生は微笑ましく思いながら写真を撮っていた。
***
結菜さんは鹿の可愛さに見惚れながら、ひたすら鹿せんべいを与えていたが、沢山せんべいを持っていたからか、気づくと結菜さんの周りには沢山の鹿が集まってしまっていた。
「輝久君! 見てください!」
「結菜さん人気者だ!」
鹿に囲まれて嬉しそうな結菜さん見て、思わず写真を撮ってしまった。
***
その頃一樹は、せんべいを差し出しても鹿に見向きもされずに落ち込んでいたが、柚木と真菜、芽衣と鈴は、お互いに写真を撮り合いながら鹿せんべいをあげて楽しんでいる。
その頃沙里は一人で、鹿と見つめ合いながら、鹿せんべいを自分で食べていた。
その横を美波と鹿が、ものすごい勢いスピードで通り過ぎていく。
「なんで私だけー!?」
美波は、何故か鹿に追いかけられているが、その光景も、莉子先生は笑顔で写真を撮っていた。
助けずに笑顔で写真を撮るなんて、軽くサイコパスに近い。
「助けてー!!」
すると、沙里が美波を追いかける鹿の前に立ちはだかった。
その瞬間鹿はピタっと止まって、つぶらな瞳で沙里を見つめる。
そして沙里は鹿を見つめながら鹿せんべいを齧ると、鹿は何故か怯えて逃げていってしまった。
「助かったよ沙里〜」
「鹿せんべいって癖になる味」
「鹿にもあげなよ」
「ダメ、鹿に人間様が上だということを教え込まないと」
「鹿に恨みでもあるの?」
「ないよ。でも、意外と鹿による怪我をする人が多いってネットに書いてた。だから被害を広げないために、人間様に従順な鹿に調教するの。それより美波」
「なに?」
「足」
さっき逃げていった鹿が戻ってきて、美波の靴にフンをしていた。
「ギャー!! なんで私だけこうなるのー!!!!」
美波が悲しんでいるのをよそに、莉子先生は言った。
「はーい、皆んな! 二十分になったら移動するわよー!」
柚木が鹿せんべいをあげ終えて、莉子先生に聞いた。
「次はどこ行くんですか?」
「次は一度、お昼ご飯を食べてから旅館に荷物を預けます! って、皆んな修学旅行のしおり見てないの?」
「まず、しおりなんて貰ってませんけど」
「え!? 渡してなかった!?」
全員無言で莉子先生を見ながら頷いた。
「あー、ごめん! 忘れてた! まぁ、どこに行くかはサプライズってことで楽しみましょ!」
なんかもう、心配でしかない。そう輝久は思いつつ、素直に修学旅行を楽しんでいた。
その後、和食のランチコースを食べて、旅館に荷物を預け、部屋に入る間もなくバスに乗り込んだ。
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